18話 デート企画のために奔走
◇◇◇◇
もう何度目だ、というため息を吐き出し、俺はラウルが差し出すクリップボードにサインを書き込む。
「読みました⁉ ちゃんと!」
さすがにラウルもイライラしている。
「読んだよ、あれだろ? 明日借りる温室の貸出申請書だろ」
がりがりと頭を掻きまわし、壁に凭れた。
改めて書類に目を落とす。
それは、王家が王都に持つ別宅を使用する旨の申請書だ。王宮の総務部に提出し、それをもって明日、使用できることになっている。
昼間、メイルが「王都の菓子店でデートしたい!」と騒ぎ出したことで、俺を含めた警備部隊が右往左往の大騒ぎだ。
王太子に伺いを立てたところ、盛大にしかめっ面を作ったが「なんとか対処しろ」と命じられた。
そこで明日、『王都の菓子店でデート』イベントを実行するため、動き出したのだが……。
絶賛狙われ中のメイルを菓子店に連れて行くわけにはいかない。
確かに俺とシトエンはお忍びデートを何回かしているが、完全護衛つきだ。
イートインスペースもあるが、通りに面した席は全面ガラス張りだし、オープンテラスもあるんだが、人目が多すぎて警備が難しい。
シトエンはそういったことすべてわかってくれているから、助かるんだが……。
絶対にメイルは違うだろう?
オープンテラスに行く、と言いだしたり、屋内でも席は絶対窓側と言うだろうし……。
もちろんずらりとうちの騎士団をガラス面に整列させたり、オープンカフェの席を取り囲んでもいいんだが、それすなわちメイルが望むような『デート』ではないだろう。どちらかというと、監視されながら食ってる感じだ。
なので、菓子店近くの王家が持つ別宅を使用することにした。
地方から賓客を招いた時、王宮に泊まることができない従者や侍女を泊まらせるところだ。
王太子とその婚約者(予定)を招くには格が劣るが……。
あそこの温室は見事だ。
ここ数日雨だのなんだので夏とはいえ、少し涼しくなり始めている。天井部分の覆いを広げてガラス窓も全開にすればそれなりに雰囲気も出るだろう。
そこに店主を出張させて臨時に出店させる。
それで体裁を整えることにした。
そんな大枠が決まったのが五時。夕食会は七時から。王都と王城を馬で何度か往復し、
「あんた王子だったのか!」
と驚愕する店主に頼み込んで臨時出店を承諾させ、また屋敷に取って返して服を着替え、シトエンをエスコートして王太子の屋敷で夕食会。
その夕食会途中も何度かラウルに呼び出され、必要書類にサインしたり、読んだり。
「これが最後のサインになりますが……。当日までまだなにが起こるかわかりませんから、気を抜かずに」
ラウルの忠告を、ついついうんざりした顔で聞いてしまう。
見とがめられそうだから、会場を見渡す振りをして視線をそらした。
夕食自体は終了し、いまは長兄夫妻とアリオス王太子御一行の懇親会だ。
おもいおもいグラスを持ち、ソファに座ったり、俺のように立ったままで話をしている。
「ロゼとモネは?」
執事やメイドたちに混じってうちの団員が数人いるが、ロゼとモネの姿が見えない。
「なんかメイルが気に入りそうなので。意図的に今は離しています。そこからボロが出てもいやですからね」
「メイルが!」
素っ頓狂な声が出る。
見た目はいいが男装した女だぞ、あれは。誰にでも媚びうるやつだな。
「いまはほら、あそこにいますよ」
ラウルが視線だけすいっと動かす。さりげなさを装ってたどる。
会場と庭をつなぐガラスの観音扉。
その傍に確かに待機する従者のような姿が見えた。
「ぼくの目の届くところに置いてます」
「ん? そうなのか?」
サボんのかな、あいつら、と思っていたらラウルが睨む。
「団長はあのふたりを信用しているようですが、ぼくはまだ信じていませんからね。賊を手引きでもされたら大変でしょう」
「お前……疑うなぁ……」
「ぼくは団長みたいに不死身じゃないんで。何事も慎重なんです。じゃあこれで一度退席……」
しますね、と言おうとしたラウルは口を閉じる。
俺も動きを止めた。
というのも、観音扉の前にいたロゼとモネらしい影が、ふっと動き出したからだ。近くにいる騎士を促している様子もある。
そのまま庭に走り出した。
「ちょっと見てきます」
ラウルは言うなり、手近にいた騎士をひとり連れ、部屋を飛び出した。
他の騎士たちに指サインで待機指示を出していると、「サリュ王子」と声をかけられる。
平静を装って振り返ると、アリオス王太子がメイルをエスコートして近づいてきていた。
こいつら、さっきまで長兄夫妻と歓談してなかったっけ、とソファ席を見やると、いまはシトエンと宰相、長兄夫妻でなごやかに会話していた。アリオス王太子たちとはもう話が終わったんだろうか?
「サリュ王子、サリュ王子! 明日のデート計画は大丈夫?」
「できたできた。はいはい、大丈夫」
「やったー♪」
ニコニコ顔で俺の腕にとりついてくるメイルからぞんざいに腕を引き抜く。やめろ、離れろとはさすがに言えん。
そこで近くにいたウェイターを呼び寄せた。なにかグラスでも持ってたらくっついてこんだろう。
俺はショットグラスを取り上げ、目配せをしたらアリオス王太子も同じものを。メイルは足の長い……なんかわからんカクテルグラスの足を指でつまんだ。
「メイルのために申し訳ない。茶会からこっちゆっくりできていないのでは?」
アリオス王太子が声を落とすから苦笑いした。気にしてくれるな、と言ったが気が晴れる気配はない。
「そんじゃあさ、今度ルミナスに遊びに行ったとき、よろしく」
「もちろんだ。盛大にもてなさせていただく」
力強く言うから笑ってしまった。アリオス王太子もようやく身体から力を抜いたようだ。




