17話 メイルが来たらろくでもねぇ‼
「婚約は近いのか?」
慌ただしく庭に出て行く一行を見送り、俺はお茶を飲みながらやれやれとアリオス王太子を見る。
「最近父上からは内諾をいただけた。あとは正式に大臣たちに認めてもらえるかどうかだ」
慎重にアリオス王太子が話す。
「まあ、なんとかなるだろう。ああやって努力してるんだからな。ティドロス語はなんとかなりそうじゃないか」
「もともとカラバン共通語は話せたからな。あとはティドロス語を、と。その期待に応えてくれたメイルには感謝している。その……サリュ王子」
「うん?」
ちょうどお茶を飲み込んだところで、首を傾げた。アリオス王太子はカップを包むように持ち、両手を温めながら俺を真っ直ぐに見ていた。
「自分でも厚かましいとは思うのだが……今後とも仲良くしてほしい」
「それは……もちろんだ」
心底仲良くできるかどうかはわからんが、お互い王族だ。国のためなら我慢するところは我慢せねば。
「このあと、レオニアス王太子とも親交を深めようとは思っているが、なによりわたしはサリュ王子、君を信頼している。その言葉も、態度も、剣技も。君は本当に裏表がない」
力強い言葉に、俺はゆっくりと奴を観察する。
この言葉。
俺に向けてはいるんだが……。
宰相に聞かせているように感じる。
「ありがたい言葉だ。俺も謝罪式でのアリオス王太子を見て印象が変わった。貴殿はやればできる男なのだな、と。お互い国のことがある。こちらこそ」
言葉を選びながら、まあ……向こうがこっちを褒めてくれてるんだ。こっちもそれなりに褒め返すと……。
アリオス王太子はほっとしたように。
まるで生徒が教師に誉め言葉を期待するような表情を宰相に向けた。
「サリュ王子の寛容さは素晴らしい。そう思わないか、宰相」
「ええ、まったくこの宰相感服いたしました。武勇だけではなく、すべてに対して広く受け入れるその心意気」
宰相は深々と俺に対して首を垂れる。
「これでティドロスとルミナスの次代も安泰。末永くどうぞよろしくお願いいたします」
「なにをいう。こちらこそ」
宰相に俺も頭を下げながら、なんか結婚するみたいだなと思っていたら、庭に散策に行っていたシトエンたちが帰ってきた。
「すっごい素敵なお庭! もっと見たかったんだけど、シトエン様が『もう戻ろう』って」
少しだけつまらなそうに鼻を鳴らす。シトエンは「ごめんなさいね」と言うが……。
それは、メイルというよりラウルやロゼ、モネに対してのようだ。
「アリオス王太子、あたしたちの新居にも池を作ろうね!」
メイルはご機嫌でソファに座るが、あとに続いて入ってきたラウルとロゼ、モネは疲労困憊だ。……短時間でなにがあったんだ……。賊に襲われた時ぐらい疲れているぞ、お前ら……。
ラウルたちはそのままのろのろと再び壁に待機する。
ひとしきりメイルは庭について語ると、今度はその大きな目をテーブルに向けた。
「シトエンさま! このマカロンきれい!」
メイルはケーキスタンドに盛られたマカロンを指差して華やいだ声を上げる。こいつ、本当に頭と口が直結してるんじゃなかろうか。
「では取り分けましょうか」
シトエンはにこにこしながら取り分け皿に分け、アリオス王太子や宰相の前にも差し出した。
用意したのは、シトエンが気に入っている王都の菓子屋だ。
何度かふたりでお忍びで行き、イートインスペースで食べたり、持ち帰り用に買ったりした。
ちなみに初めてのデートもこの店だったんだが……
俺の下調べが悪かったばかりに、休店日だったんだよなぁ。あのときはシトエンに申し訳ないことをしたと落ち込んだ。
「おいしー!」
メイルが頬に手を当てて騒いでいる。
彼女が食べたのはマカロン。
俺の前にはブルーベリーのタルト。アリオス王太子には生クリームと木苺のジャムがふんだんに載せられたカップケーキを。宰相には「あまり甘いものはお好きではありませんでしたね」とスコーンにバターを添えて出していた。
素晴らしい……。もううちの嫁、どこに出しても恥ずかしくないぐらい素晴らしい……。
「覚えていてくださったとは……。恐悦至極。ありがとうございます」
宰相が深く一礼したのち、優雅な手つきでスコーンにナイフを入れ、バターを添えてひとくち。
「美味です。それに、ティドロスの菓子というのは我が国にないほど、優雅で繊細なのですね。王太子殿下のカップケーキも愛らしいし、サリュ王子殿下のタルトなどまるで工芸品のようだ」
「喜んでいただいてなによりです。だが、俺はルミナスのあの……チョコレートのケーキ、好きですよ。表面が黒光りしてて甘くないやつ」
「チョコトルテだな。あれに岩塩を少しだけのせるとまた彩もあっていいんだ。今度用意しよう。ぜひ観光を兼ねてきてくれ、シトエンも連れて」
アリオス王太子が嬉しそうに言う。
「これ、あたしも国に持って帰りたい! マカロンなら日持ちするでしょう?」
メイルがシトエンに尋ね、シトエンは少し首を傾げた。
「多分大丈夫だと思うのですが……。この屋敷で作っているわけではなく、王都のお菓子屋さんから取り寄せているので、帰国されるまでに聞いてみますね」
「王都のお菓子屋さん?」
きょとんとした顔のメイルに、シトエンが続けた。
「最初、わたしがとても気に入って……。そのことを知ったサリュ王子が『一緒に食べに行こう』と誘ってくださって……。その。初めてデートしたお店で……」
どんどんシトエンの顔が真っ赤になり、声が消えていく。
照れている……っ。シトエンが俺との思い出を語りながら照れている!
その照れ方が……!
見たかメイル! これが真の『可愛さ』だ!!! お前とは大違いだろう!
アリオス王太子は「おやおや」と微笑み、宰相まで「これはこれは」と口元を緩ませた。
見ろ――――!!
このふたりの反応がすべてを物語っている!!!
「いいなあ!」
それなのにメイルは急に大声を張り出した。
「な、なにが!」
驚きすぎて反射で尋ねてしまった……。いかん。無視したらよかった。
「あたしも王都でデートしたい! そんなのしたことないもの! ねぇ、アリオス王太子、あたしたちもそのお菓子屋さんに行きましょう?」
立ち上がり、アリオス王太子の前に座り込んで手を握っているが……。
いや、アリオス王太子。戸惑う気持ちはわかる。
庭に出るんじゃないからな……。
「メイル。いまは遊びに来ているわけじゃない。もっと落ち着いてから……」
「だってこのところずっと閉じこもっていたのよ! もういや!」
またボロボロ泣き始めて……。
部屋の中には微妙な空気が流れ始める。
アリオス王太子がなんとか代替案を出し、シトエンも他に気を引くものがないかどうか話しかけるのだが、わんわん泣くばかり。
最終的に、シトエンがしょぼんと、
「わたしがお菓子のことなんて持ちだしたぱっかりに……」
と言うもんだから、くそったれめ、と俺は立ち上がる。
「いまから長兄に相談に行ってくる。だが、あんまり期待はするな、あと警備はルミナスも請け負ってもらうからな」
アリオス王太子がほっと息をつく。俺は舌打ちしたい気分だったが、これ以上シトエンが『自分のせい』と思ってはかなわない。
「申し訳ない。夕食会までには戻るからあとはお願いできるか」
シトエンにお願いすると、「もちろんです」と言ってくれた。
「ラウル、行くぞ。なんだっけ、えーっと。ロロとモンモンは待機! シトエンの警備を続けろ!」
あー、もう‼ やっぱりメイルが来たらろくでもねぇ!




