13話 アリオスとメイルの到着
◇◇◇◇
十日後。
俺とシトエンは屋敷のポーチで馬車の到着を待っていた。
朝から降り続けていた雨は昼を過ぎてようやく止んだようだ。晴天とまではいかないが、薄く雲のかかった空は青く、射す陽は透明度が高い。風が雨雲と共に湿気も飛ばしたのか、心なしか一足早く秋の匂いがした。
「寒くないか、シトエン」
俺はこれぐらいがちょうどいいのだけど、ここ数日に比べれば若干肌寒いかも。まだまだ夏だと思っていたけど、徐々に季節は移り変わっていくんだなぁ。
「大丈夫です。空が高いですね。秋空が近づいているんでしょうか。サリュ王子からいただいたガラスのイヤリングをつけるのはまた来年ですね」
残念そうに呟いたあと、シトエンは目を細め、馬車廻しのあたりに視線を向けた。
ポーチの真上部分には屋根があるから空を仰ぎ見ることはできない。
俺はしばらくそんな彼女を見つめていたけど。
「本当に無理していないか? 王太子夫妻との夕食会に参加するだけでもいんだぞ?」
腰を屈め、隣に立つシトエンに改めて尋ねる。
なにしろ今から来るのはアリオス王太子だけではない。メイルもだ。
シトエンが婚約破棄された原因であり、なんというか無自覚暴言女なのだ。
「心配してくださってありがとうございます」
シトエンは笑う。
今日の彼女はパフスリーブの桃色をしたドレスだ。
ウエストがすこし高めにとられていて、Aラインに広がるスカートと、レース生地の袖がシトエンにとても似合っている。俺が贈ったイヤリングをこの夏何度も彼女はつけてくれたけど、もう時期があわないのだろう。代わりに真珠のイヤリングとネックレスが彼女に花を添えていた。
「サリュ王子がいてくださったらわたしは百人力です!」
両方の拳を握り、いたずらっぽく笑うシトエン。
……やられた……。
手が付けられないぐらい無双に可愛い……。
「でもね、なんかあったらすぐ合図してね、シトエンさま」
背後から、俺とシトエンの間を割り込むように身体をねじ込んできたのはロゼだ。
いつもとは違い、男装姿だからちょっと二度見する。
化粧でそばかすをかいてるもんだから……。一瞬、どこのガキが紛れ込んだと思った。
ツインテにしている髪は束ねて制帽の中に詰め込んでいるせいで、なんか……上部分がまるくなってキャスケットみたいになっている。まあこれはこれで見習いっぽくていい。
事実こいつが着用している服は騎士見習いの制服だ。
役割的にはラウルの従者。年齢的にも違和感がないし、元気溌剌でラウルに時々怒られているのも演技なんだかなんなんだか。
実はラウルだけじゃなく団員たちの中にもロゼやモネを厳しい目で見るやつが多い。
それは仕方ないと思うし、受け入れてくれていること自体すごいと思う。
モネもロゼも状況はわかっているから変に刺激することもないし、淡々としているのだけど。
今回の男装。
これが意外なきっかけになった。
特にロゼ。
この従者姿で必死にちょこちょこラウルの後ろをついて回り、それらしく仕事をこなしていると、これはロゼが男装しているだけだと理解しつつも『久しぶりに入ったやる気ある若手(少年)』に見えてしまうらしい。
非常にウケがよく、ロゼは男子を扱うかのようにあしらわれていて、女子姿でウロウロしているより断然人気だ。……本人は不服そうだが……。
「無理は禁物ですから」
シトエンの斜め後ろにぴたりと寄り添っているモネもそっと口添えしている。
以前シトエンを温泉で襲った時も、『線の細い男』だと俺は勘違いしたが、こいつの男装は最早完璧だ。
あのデカい胸はどこにいったと驚くが、俺の騎士団の団服をそつなく着こなし、長く豊かな髪は首の後ろで丸めて留めている。
それが……なんというか、こんな長髪の男、本当にいそうなんだよなぁ。
そのせいで、団員たちも普通に雑用を命じるし、力仕事なんかもふっているようだ。会話してその声音で「そうだ、こいつ女だった」と思い出した、と団員のひとりがラウルに苦笑いしたりしている。
いまは小脇に抱えているが、馬車が到着したらこいつも官帽を目深にかぶる予定だ。さっき実際にかぶっているところをみたが、意外に顔の上半分は隠れる。これなら見とがめられることはないだろう。
「はい! そのときはどうぞよろしくお願いしますね、ロゼちゃん。モネさん」
微笑みかけられ、ロゼどころかモネまでデレている……。
すごい。最終的に一番強いのはシトエンではなかろうか……。
そんなことを考えていたら、遠くの方で鉄扉が開く音がし、次第に馬蹄と車輪の音が近づいてきた。
執事たち数人がポーチから階段を降りて行き、ラウルもそれに続く。ロゼとモネは一旦後ろのほうに待機した。
王太子アリオス御一行の到着だ。
彼らが王宮にやってきたのは数時間前だ。
まずは王宮の陛下に挨拶をし、それから俺の屋敷に来ることになっていた。
俺の屋敷も王城内にあるから、散歩がてらにだらだらと歩いて来てもらってもよかったのだが、雨があがった直後ということと、やはり「メイルが狙われているかもしれない」ということもあり、移動は馬車を使用してもらうようにお願いした。
門扉からは二頭立て馬車を先頭に、三台の馬車と数十人の騎馬が続く。
先頭の馬車は緩やかに速度を落とし、馬車廻しの定位置で止まった。
なんというか……。
もうアリオスという男に似合いの馬車だな。
馬は白馬。
しかも、なんかよくわからん角みたいなのつけられてて、変なお誕生日会みたいになっている。馬装も随分装飾的だ。俺が馬なら己の姿に絶望する。馬車本体も白と銀が基調になっていて……。
質実剛健なうちとは大違いだ。
下手したら陛下なんて戦車かと思うようなものを選ぶからな。
執事のひとりが足のせ台を置き、ラウルが馬車の扉を開く。
最初に下りてきたのはアリオス王太子だ。
この時期らしいすっきりとした軍服も……白だ。
お前、雪山にでも行くつもりか。
それともこいつの所属は実は海軍なんだろうか。まあ、どっちでもいい。色男は何着ても似合う。俺が指摘したら「やっかみ」ととられるだろうしな。
踏み台を降りてから、馬車に手を差し伸べてエスコート。
出てきたのはメイルだ。
「変わんねぇなあ」
つい声に出てしまった。隣でもシトエンが苦笑いしている。
アリオス王太子とはつい最近、謝罪式であったからあれだけど。
メイル。
久しぶりにみたけど、あのまんまだわ。変わったのは髪の長さぐらいか? めっちゃ縦ロールはいってんじゃん。
襟ぐりが大きくあいていて、スカート部分はというと、ぶわっと広がっている。リボンやレースが多用されていて……まあ、若々しいデザインといえば若々しいんだろうが……。
動く時に邪魔になんねぇのかな、あれ。
「なにあの胸元のでっかいピンクダイヤ。ダサっ」
「若いのにねぇ」
ロゼとモネの声が背後から聞こえてきて、改めてよく見ると……。
確かにメイルの胸元には大粒のダイヤ……ピンクなのかな……? が飾られていた。
……なんというか、モネロゼの言わんとしていることはわかる。
年に不釣り合いなんだよなぁ……あのデカさ。




