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12話 大切な誰かと過ごす未来

◇◇◇◇


 次の日の夜。


「なんとか形になりましたね!」

 曲が終わり、シトエンと共に一礼をしたら、ラウルが涙ぐみそうな声で言う。


「ギリじゃない? ギリ」

「及第点……かしらねぇ」


 ロゼとモネは辛辣だが、人前には出せるレベルにはなったらしい。


 ようやく二足歩行坂道ダッシュ熊から、玉乗り熊になり、ヒトへと進化したようだ。


 昨晩の地獄のようなレッスンから本日の鬼レベルの指導が今後も続くのかと怯えたがなんとかこれで解放されそうだ。


 明日からは本腰を入れてルミナスの奴らが来た時の警備について動き出さないとやばいしな。いつまでも踊っているわけにはいかん。


「ではここで休憩しましょうか。……イートン大丈夫?」


 シトエンが俺に断りをいれ、ピアノへと駆け寄る。イートンは両指を震わせ「お……折れるかと……」と呻いている。


 すまん。ずっと弾きっぱなしだったもんな……。


「すみません、イートンを手伝ってお茶の準備に参ります」


 シトエンがイートンを支えながら済まなそうに柳眉を下げる。ロゼがぴしりと挙手した。


「あたしも行きます!」


 そう言って反対側からイートンを支え、三人で退室する。

 ぱたり、と扉が閉まる音を最後に、広間にはここ二日では信じられないぐらいの静寂が訪れた。


「サリュ王子」


 不意に呼びかけられ、顔を向けるとモネだ。ヒールをはいているというのに音もなく近づいてくる。反射的にラウルが佩剣に手をやるから苦笑した。


「なんだ」

「ダンスで重要なのは女性をいかにリードするかよ。コツは堂々と。エレガントに」


 お。予想外にアドバイスをくれた。目を丸くすると、舌打ちされた。


「サリュ王子のためではないわ。シトエン妃が恥をかくのはかわいそうだからよ」

「なるほど。ありがとう」


 笑って礼を言ったのに更に舌打ちされる。なんだよもう。


「明日からは警備の打ち合わせ?」


 モネが腕を組む。無駄にでかい胸が強調されるんだが、まあ人目もないしいいか。


「ああ。お前たちには引き続きシトエンの警護を頼みたいんだが……顔が割れているだろう? 念のため男装してもらえるか?」


 話かけながらラウルに目を向けると、あいつも大きく頷いた。


「君らの持ち物であるバックルとネックレスを流通させて、『拷問死した』とは噂を流してはいる。今のところ組織だって君たちが死んだと思っているんだろうけどね、一応」


「私もロゼもそれは構わないわ。紛れるのは慣れているもの」


 淡々と言うモネに、俺は切り出した。


「言いたくないんならそれでかまわんが……。お前たちが所属していた組織は、なぜシトエンをここまで執拗に狙う?」


 やっぱり竜紋のせいだろうか。そう予測していたのに。

 驚いたことにモネはきっぱりと首を横に振った。


「理由なんて知らない。私達は上から命じられたことをただ実行するだけだもの」

「仲間が死に続けてもか?」


 シトエンをつけ狙うやつらを俺たちは撃破してきた。

 そのたびに当然だが組織の人員は減る。本来であればもう見切りをつけたいんじゃないのか?


「……頭領かしらも一度は相談したみたいよ」

「依頼主にか?」


 モネはそこでしばらく空白を置き、また口を開く。


「だけど再開されたわ。頭領の命令は絶対。組織にいる限り、私たちに否はない」

「そこまで執拗に狙う理由を、お前たちは本当に知らないのか?」

「知らないわ」


 決然としたモネの態度に嘘はないように見える。


「君たちのバックルとネックレスは持ち主を変えながら街を移動している。このままいくと君たちの古巣に戻るのかな」


 ラウルが問う。モネは軽く首を右に傾け、ゆっくりと瞬きをした。


「そうなるんじゃないかしら。あのバックルと翡翠は頭領にとって特別だもの」

「特別。どんな風に?」


「知らないわ。だけどいつもは他人に見せるのも嫌がっていた。自分だけが見たり触ったりしていたわね。シトエン妃暗殺のため、頭領が私とロゼに『ずっと身につけておくように』と言うので驚いたもの」


 どういうことだ。

 無言でラウルと目を見交わす。


「もともと、私とロゼの……母の遺品なの」

「ん⁉」


 思考がぶっとぶかと思った。

 モネとロゼの母の遺品が、あのバックルとネックレス。


 で、それを組織の頭領は大事にしている。

 どういう人間関係に……⁉


「任務後、私とロゼは解放されることになっていたわ。そのため、頭領は遺品として私たちにくれたのだと思ってたんだけど……」


 モネの言いぶりでは違うということか。


「頭領はあのバックルとネックレスに執着している。それは確かよ。だから追えばたどり着ける」


 モネは俺とラウルを交互に見ると、大きく頷いた。


「そうか。教えてくれてありがとうな」

「礼なんていらない」


 気味悪そうに吐き捨てられる。


 ……こいつの視線ってなんか黒歴史を刺激するんだよ……。

 あの年、冬の辺境から戻った俺に浴びせられた「くさい」「こわい」「むさい」の暴言オンパレード。


「その……サリュ王子」


 そういや初恋の女にも汚物をみるような目で見られたっけ、とぼんやりと思い出していたら、モネが言いにくそうに口を開いた。


「なんだ」

「ロゼのことだけど」

「ロゼ?」


 なんだどうした、と繰り返す。モネはぐっと唇を引き結んだあと、息を吐くように言葉を続けた。


「あの子は幼い頃から組織にいたの。その……だから男に対して偏見があるというか……『男とはこんなものなんだろう』というようなどこか軽蔑したところがあるのよ」


「あるな! 軽蔑っていうか俺を根本からバカにしてるだろう、あいつ!」


 食い気味に頷く。モネはさらに大きくため息をついた。


「だからその……サリュ王子はある意味レアケースなんだと思うのね」

「ん? 俺が?」


「あの子にとって、サリュ王子とシトエン妃のふたりは……その、理想そのものなのではないかしら。思い描いていた、というか。決してないと思っていたものがちゃんと存在した、というか」


「……そう……なのか?」


 なんかよくわからん話が始まったぞ、とラウルに視線を向けると、こちらはこちらで苦い顔をしている。


「よくわかっているのならその辺ちゃんと指導してほしいんだけど」


「憧れているんだと思うのよ。その……良いモデルケースがいままであの子の周りにはなかったから。あんな風になりたいと思うのかもしれない」


 口早にモネは言い、悔しそうに唇を噛む。


「あんな風って?」

「シトエン妃のように自分も愛されたいと思っているの……かも」

 言いにくそうにモネが言うから俺は顔をしかめた。


「ませたことを。あいつはまだガキじゃないか。色恋なんて早い早い。まずは自分を磨け、そしてたくさん食って大きくなれ。まずはそれからだ。身長も肉も足らんぞ、あいつは」


 途端にラウルが大ため息をつき、モネが珍しく驚いたような顔をした。


 その後。

 こっちがびっくりしたのだが。


 モネは小さく吹き出して笑った。


「そうね。まだあの子は子どもなんだと思う。だから大事に育てて大きくしたいの」

 モネは柔らかく微笑んだまま俺に言う。


「大人になって、素敵な誰かの恋人にしてあげたい。幸せにしてやりたい」

「もちろんだ。それが大人の役目だ」


 俺が応じると、モネは口元に笑みの余韻を残したまま同意するようにゆっくり瞬きをする。


「それはロゼだけじゃない。お前もな」

「私?」 


 訝し気にモネが言うから、俺は彼女の顔を覗き込んだ。


「せっかく組織を逃げ出したんだ。違う未来をシトエンにもらったんだから、大切な誰かと幸せな生活を送れ。ロゼだけじゃなく、お前も誰かを愛して、誰かに愛されて幸せになれ」


 説教臭いかな、と思った。

 黙れ熊男、と吐き捨てられるかとちょっと考えたけど。


 予想に反して。

 モネは少しだけ頬を赤くして無言でふい、と顔をそむけた。

 その様子が照れているように見えたのだけど。


「そんなこと言っていいの? サリュ王子」

 すぐにいつものあの皮肉屋な顔で笑う。


「私の愛している人とは、シトエン妃しかいないわ。私が本気になれば……」

「待てぇい! それとこれとは話が違う!」


「申し訳ないわね。わざわざ譲ってくれるとは」

「誰が譲るか、このユキヒョウめ! ラウル、いますぐこいつを国外永久追放だ!」


「構いませんが、そうなるとシトエン妃が悲しまれるのでは?」


 呆れたようにラウルが言い、さらにモネが勝ち誇る。

 俺はうぎぎぎぎぎと歯がみをするしかなかった。


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