8話 武闘会ではいけませんか
「謝罪式の礼に、とのことでな。公式訪問を打診されている」
「礼って……。もう謝罪式で片付いたでしょうに。これじゃあきりがない。何度会うつもりだ」
シトエンがなにか言うより先に俺が口を挟む。
ふと彼女の視線を感じるが意識して長兄と向かい合う。
シトエンは優しいから。
きっと「公務ですから会いましょう」と言うに違いない。それに嫁に来た立場で「拒否」や「否」は口にしにくい。そういうことは俺がしっかり前に出ねば。
「うちとルミナス王国は隣国同士。かつ、ルミナスの北にはタニア王国がある。むこうはうちとシトエンの母国に挟まれた形にあるからな。念には念を入れて礼を尽くしたいのだろう。これ以上こじらせたくはないという気持ちはわかる」
長兄はソファの背に上半身を預け、長い脚を組んだ。
「うちとしてはまあ……。断ってもいいとは思っている。昨日陛下に確認したが、わたしに任せるとの仰せだ」
「ですが、この訪問はルミナス一国の判断ではないのかもしれません。ルミナス王国はなんといっても『カラバン連合王国』の枠組みの中におります。タニア王国との仲は謝罪式で修繕されました。ですが、ティドロスはどうでしょう。わたしはルミナス王国を離れ、ティドロスに嫁ぎました。その経緯のことで……なにか言いがかりをつけるのでは、とカラバン連合王国は思っているのかもしれません。その圧力のもと、訪問を打診しているのではありませんか?」
シトエンは慎重に言葉を紡ぐ。
アリオス王太子が一方的に婚約破棄をしたことでタニア王はご立腹だった。
その怒りをとくための謝罪式だったが。
今度はティドロスが「うちの嫁に昔、ひどいことをしてくれたらしいな」と言いがかりでもつけると思っているのだろうか。
「念には念を入れて、次は『カラバン連合王国』に脅威を及ぼすかもしれないティドロス王国へ訪問したい。そういうことであれば訪問を拒否するのは……その」
シトエンは顎を引き、長兄とユリアを交互に見た。
「もしわたしを慮ってくださっているのなら大丈夫です。あれは過去のこと。なにしろ」
そこで言葉を切ると、シトエンは俺を見て、そっと手を握った。
「いま、わたしはサリュ王子の隣でこんなに幸せなんですから」
目元を赤くして微笑むんだが……っ。
超絶かわいいぃぃぃぃぃ!!!!
長兄の前じゃなければ、「俺も! 俺もシトエンの隣で幸せだ!」と叫んで抱きしめたい!
「サリュ、顔」
声は堪えたものの、表情には出ていたらしい。長兄に冷ややかに指摘された。やべぇ。
「だけど……ねぇ、あなた?」
ユリアが心配そうに眉根を寄せて長兄を見、そしてシトエンに向き合う。
「訪問はアリオス王太子だけではなく、宰相閣下と……それからメイル・ハーティという娘も一緒に来るらしいの」
「メイル!」
「メイル嬢ですか!」
またシトエンとかぶる。
「え。あいつら正式に婚約したんですか?」
そういえば謝罪式で『王太子妃教育を受けている』とは言っていたが。
「まだだ。ただ、こうやって連れて来るということは婚約も結婚も間近なのは確実だ。かの国にいるわたしの密偵からは、国王もアリオス王太子の熱意にほだされていると聞く。メイルとかいう娘も最近は真面目に妃教育を受けているらしい」
「お待ちください、兄上! だったら話は別だ! シトエンには絶対会わせない!」
シトエンに関する根も葉もない悪評を流した張本人になんで会わせないといけないんだ!
「それもひとつの方法だとは思う。王太子同士で、ということでわたしとユリアが接待してもいい」
「ええ、お任せください」
ぽん、とユリアが胸を叩く。
「こう見えてもお義母さまの教育を受けております。性悪小娘のひとりやふたり」
はっきりと〝性悪小娘〟と言い切ったユリアを見てシトエンは目を丸くしていたが。
そのあと、くすくすと笑い始める。
「案じてくださり、本当にありがとうございます。ですがユリア様。わたしもお義母さまの義娘で、そしてユリア様の義妹です」
ユリアを真似て、シトエンもぽんと胸を叩いた。
「性悪小娘のひとりやふたり。いまさらなんでもないことです」
「あらまぁ」
今度はユリアが目を丸くし、それから笑い始める。
俺と長兄も目を見合わせ、なんとなく苦笑いした。やっぱりティドロス王家の女は強い。
それに。
懐が広い。
「ご配慮をいただき、本当にありがとうございます。ですがわたしもティドロス王家のひとりとして務めを果たしたく思います。王太子殿下の良いようにご返事を」
シトエンは笑みを浮かべたまま長兄に告げる。
長兄は深く頷いたあと、俺を見た。
「わかった。ではルミナス王国にはそのように返事をしよう。だが、サリュ。シトエンに無理だけはさせるな」
「もちろんです」
俺も勢いよく首を縦に振る。
「先も伝えたように、先方は王太子とその恋人が来る。こちらもわたしとユリアが接待を仕切ることになる。サリュ、お前には警護を頼みたい」
「わかりました」
「現在、シトエンが賊に狙われていることもあるが……どうも、わたしがルミナスに放っている密偵が気になることを伝えてきた」
「気になること?」
オウム返しすると、長兄は形の良い眉を寄せる。
「メイル周辺がきな臭い。不慮の事故が続き、大けがまでは至っていないが、誰かに狙われているのかもと噂になっているそうだ」
「そりゃあ狙われるでしょうよ」
つい口に出してしまって、「サリュ王子」とシトエンにたしなめられるが……。
性格悪いからなぁ、あいつ。
「わたしぃ、天然だってよく言われるんですぅ」とか言うタイプの女だ。
悪意と無邪気を取り間違えているような。そんな女だから、そりゃあ「実はシトエンは悪女ではなかったです」と露呈した今、消したいやつらは山といるのではないだろうか。
「まあ……それだけではなく、まだ外国に出すには不安要素が多いのかもしれん。だから宰相までついて来るんだろうが」
面倒なことだ、とはさすがに長兄は口にしなかった。えらいなあ。三男の俺ならはっきり言うところだ。
「警備のことは一任するが、お前の騎士団だけで足りなければわたしの近衛隊も預ける」
「いざとなったら、メイルは捨てていいですか? シトエン最優先で」
「ダメだ、と言いたいが、ことと場合による。シトエンは最優先事項だ」
そんな、とシトエンは狼狽えているが、ユリアも「最優先♪最優先♪」とにこにこしている。
「あとは舞踏会を開く予定だ」
「……なんですって?」
「舞踏会だ。ファーストダンスはわたしとユリアになるが、次は向こうの王太子とお前たちになる。練習しておくように」
舞 踏 会 …… 。
警護や警備、格闘や馬術ならある程度の自信はあるが。
舞 踏 会 !!!!!
俺にとってはリスクしかねぇ!
「お前が不得手なのはわかっている。だからダンスの種類は選ばせてやろう」
「……では武闘会ではいけませんか。それなら多少心得が」
湿度最大限の雨雲のようなため息を長兄は漏らしたが。
ぷーっと吹き出したのはユリアだった。
「舞踏会と武闘会! まあ、やっぱりサリュ王子は王太子殿下の弟ねぇ! あ、シトエンさま!」
「は、はい⁉」
「舞踏会といえば王太子殿下の絶品ジョークが!」
「ごほん! げほん‼ 話はこれで終了だ!」
「聞きたい! 兄上の冗談を聞きたい!」
「サリュ! お前は今日からシトエンとヴェニーズワルツの練習をしろ! わたしたちはワルツを踊る! 以上、解散!」




