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7話 王太子からの呼び出し

◇◇◇◇


 王太子である長兄のレオニアスに呼び出されたのは、三日後の午前中だった。


 シトエンと朝食を一緒にして、「そういえば今日の予定は?」「医師団と情報交換をする予定です」なんて話をしていたら、執事長が恭しく一礼をして伝えてきたのだ。

『王太子殿下がお呼びでございます』と。


 そこでシトエンと一緒に長兄の執務室に来たのだけど……。

 なんか嫌な予感しかしない。


「サリュ王子殿下とシトエン王子妃の御到着です」

 扉の前で衛兵が槍を下げてとぶらいを告げると、返事はすぐだった。


「入れ」

 相変わらず抑揚のない声。この声音だけじゃ機嫌がいいか悪いかは全く分からない。まあ、昔からそんな感じの長兄だった。


「失礼します」

 がちゃりと室内から扉を侍従が開けてくれたので、俺はシトエンを伴って入室する。 


「あれ」

「まあ」


 俺とシトエンが同時に声を上げる。

 というのも、応接セットのソファには、王太子妃のユリアがいてお茶を飲んでいたからだ。


 てっきり長兄だけかと思ったのに、目が合うとユリアはにっこり微笑んでカップをソーサーに戻した。


「いらっしゃい。あの人はねぇ、もう少し時間がかかるみたい」


 言われて執務机に視線を向けると、長兄が紙になにやら文字を書きつけている最中だった。


 窓を背にして設置されている樫製の机。それは長兄が立太子して以来ずっと使ってきたものだ。飾り気などひとつもなく重厚。長兄もちぬしの性格によく似ている。質実剛健。そんな言葉が浮かぶ。


 長兄の年齢はラウルと同じ。


 ラウルはちょっと甘さが残る容姿をしているけれど、長兄は昔からよく砥がれた刃物に似た鋭さを秘めた容貌をしていた。


 母上に似て、幼い頃は美少年だったし今は美青年だ。年を取ったらきっと美爺ぃになるだろう。


 だけど次兄やラウルみたいなとっつきやすさはない。


「すまん、もう少し待て」

 長兄は顔もむけずにぶっきらぼうに言う。それにすぐに反応したのはユリアだ。


「さぁ。どうぞおかけになって」


 自分の目の前のソファをにこにこ顔で示す。


 俺にとっては義姉にあたるんだけど、俺より年が下だ。ただ、シトエンよりは上。今年23歳になるんだったか。そうか。19ぐらいで長兄と結婚したから、もう王太子妃になって4年が経つのか。そりゃ、この前会ったら甥っ子が「こども」になってて驚くはずだ。つい最近まで赤ちゃんだったのになぁ。


 そのユリアは、一見おっとりとした良家のお嬢様風美女なのだが、近隣の言語はもれなく話せる才女でもある。


 ただ……。なんというか。


 幼い頃からうちの母上の薫陶くんとうを受けて育っている。

 というのも、彼女は国内屈指の有力貴族だったタレーシアン公爵家のひとり娘だったのだが、ゆくゆくは長兄の妻に、と内々に話しが持ち上がったあたりで両親が事故死する。


 公然とは誰も言わないが、反対勢力に潰されたのではないか、と。

 本来であれば親族の誰かに引き取られて育てられるのだろうが、母上が強引に引き取り、手ずから育てたのだ。


 ちなみに俺はずっと寄宿舎育ちだ。

 ある日帰ってみたら、妹みたいな義姉がいてびっくりした。


 そんなわけで。

 俺より母上とかかわりあって育ったもんだから……。


 ときどきその。

 ほんわかと、変なんだ。


 シトエンは「実の姉妹のように仲良くさせてもらっている」というが、余計な影響を受けたらどうしようと密かに怯えている。


「王太子妃様もご一緒でしたか。でしたらお菓子か何かを持参すればよかったですね」


 シトエンをエスコートして座らせると、彼女は済まなそうに眉尻を下げた。


「お気になさらないで。それに〝王太子妃様〟なんて他人行儀なのはおよしになってね。ユリアと呼んで。ねぇ、サリュ王子?」


 おっとりとした口調でユリアはティーポットを手に取り、慣れた手つきでお茶をサーブしていく。


 恐縮して茶を受け取っていると、ユリアはちらりと碧眼を長兄に向けた。


「まぁ。まだかかりそうねぇ。では」


 こほん、とおもむろにユリアが咳払いする。なんだろうと思っていたら自信ありげに胸を張った。


「それでは私が厳選した王太子珠玉のジョークをここでいくつか披露……」

「終わった‼ この書類を陛下に届けるように! ユリア、終わったぞ!」


 ばんっと叩きつけるようにして書類を侍従に渡すと、猛ダッシュで長兄がソファに座る。


「あらあら」

「その前に、王太子のジョークが聞きたい!」

「ユリア、わたしにお茶を! わたしの分がない!」

「まあ、私ったら。はいはい」


 必死に前のめりになってユリアに詰め寄ったというのに長兄に邪魔された。ちっ。


 世界の七不思議のひとつに入るんじゃないかと思うのだが。

 どうやら長兄はユリアの前ではかなり冗談を言う男らしい。


 どうやら、とか、らしい、と憶測でものを言うのは。

 そんな素振りを家族の前では全くみせないからだ!


 この仏頂面で毎日過ごし、どちらかというと冷酷無比にさえ見える長兄がどんな冗談を言うのか。


 もうぜひ聞いてみたいのだが。


 ことごとく長兄ほんにんが邪魔をする。誠に悔しい。俺だって聞きたいのに。


 だけど、長兄がユリアにだけ冗談を言う理由は、なんとなーくだけど分かる気がする。


 こんなほんわかのんびりした感じでふるまっているが、ユリアは幼い頃に両親を失い、その後も正式な婚約者となるまで何度か危ない目に遭っていたと聞く。


 周囲は敵ばかり。愛していた両親は自分のせいで死んだのかもしれない。

 そんなユリアを少しでも和ませようとしたんじゃないかな、と思うのは。


 俺の勘繰かんぐり過ぎだろうか。


「それでは失礼いたします」


 侍従がどこか笑いを堪えながら書類を持って退室する。それを見計らい、長兄は切り出した。


「先日はミハエラの警護、ご苦労だった」


 長兄は、ユリアがサーブしたお茶を珍しく無作法にがぶりと飲んで喉を潤す。やれやれと言いたげな顔だ。


「あちらの王太子からもくれぐれもよろしくと手紙が来ていた」

「それはどうも」


 次兄の嫁さんも凛とした美丈夫なんだよなぁ。次期国王なだけあって、男装もまた似合うし。なんで王族って美男美女ぞろいなんだ。


 で。

 なんで俺だけもっさい熊男なんだか……。


「謝罪式に参加後、すぐに公務でしたし……。この数日、おふたりで少しはゆっくりできましたかしら?」


 ユリアがにこにこ顔でシトエンに話しかけている。


「そ……それが。サリュ王子が帰還された直後は、わたしが酔っぱらってしまって……とんだ醜態を……」


 シトエンが身体を小さくして真っ赤になっている。


「まあ」

「シトエンがか。サリュが、ではなく」


 ユリアも長兄も驚いているが、シトエンは余計に恐縮してしまっていた。


「気にすることないって。酔って醜態って……。あんなの入らないから」


 俺はそう言うのだが、シトエン的にはところどころ記憶があやふやな上に、俺より先に眠ってしまったのが申し訳なさすぎるらしい。


「きっとサリュ王子が戻られて安心なさったのねぇ」


 ユリアがおっとりと言う。長兄がちらりと俺を見る。なにも言わなかったが、「こんな弟がなぁ」と言いたげだ。俺がブスっとして見せると、ごほんと咳払いをする。


「それで、本日来てもらった内容だが、ルミナス王国王太子アリオスの件だ」


「王太子アリオス?」

「アリオス殿下……ですか?」


 俺とシトエンが同時に発した。

 そして顔を見合わせる。


 あいつとはこの前タニア王国で開催された謝罪式で顔を会わせたばかりだ。


 正直、あんまり関わり合いたくない。

 特に。

 暗殺関係も絡んでいる今は慎重になりたいところだ。


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