6話 俺は、夢を見たのだと思う
俺は、夢を見たのだと思う。
なにしろ視点が変なのだ。
俯瞰しているようだ。
眼下に広がるのは、見たことのない風景。
たぶん、庭……なんだろうか。見たことのない造形と様式だ。
芝生の生えた地面にはところどころベンチらしきものが置いてあり、同じような不思議な服装をした人間がひなたぼっこをしたり、談笑していた。
庭らしき場所のすぐ側には建物が幾棟も並ぶ。
正直、度肝を抜かれた。
いずれも高い。
あの壁はどうやって作られているんだ? レンガでもない、漆喰でもない。建材がわからない。なぜあの高さで倒壊しない?
しかも膨大な数の窓ガラスがはめられている。
建物の最上階には斜めになった黒い金属板がそびえたつ。鉄板……のようには見えない。黒光りしているが……なんだあれは。反射鏡を使ったなんらかの武器にも見える。
庭は質素なのに……どこかの王城なんだろうか。それを守る武器?
ふと声が聞こえて俺は視線を建物から動かす。
ベンチのひとつ。
そこには男と女がいた。
女は白く長い上着を着ている。白衣だろうか。首からは見たこともない細長いものをぶら下げていた。片方にはUの字型の金具がついていて、反対には丸い銀色の金具。アクセサリーには見えない。
女は足をぶらぶらさせて頬を膨らませていた。
なぜだか。
「シトエンだ」と思った。
理由なんてわからない。
シトエンのように白い肌も紫の瞳も銀色の髪もしていない。
白衣の女は、象牙色の肌に、黒髪黒瞳。尼僧のように短髪だ。
シトエンと似通っているのは年恰好だけだろう。
だけど。
あれは、シトエンだ。
その向かいにいる男。
その男の顔は……ぼやけている。
目を凝らしても、意識を集中させてもはっきりと顔を見ることができない。
ただとても長身で、肩幅が広い。そして筋肉質だった。
この男も不思議な服を着ていた。
ネイビーの半袖と長ズボン。胸ポケットには細長い棒らしきものを幾本か差し、左手首には驚くことに時計のようなものを巻いている。
本当に時計なのか……? あんな小型なものを見たことがない。
男が何か言う。
途端に女は弾かれたように笑った。
女は握った拳で軽く男の肩を小突く。男はされるがままだが、またなにか言ったらしく女は笑って……。
はた目から見れば、非常に微笑ましい風景なのだろうが。
煮えくり返るぐらい腹が立った。
腹が立つ、というのは違うかもしれない。
苛立つというか。
はっきりいえば嫉妬に似た何かだった。
奥歯を噛み締めてその感情を押し殺した時、きれいな音が聴こえてきた。
オルゴールに似ているが、不思議な音色だ。
女が白衣のポケットに手を入れ、四角いなにかを取り出して耳に当てた。表面がつるっとした……なんだろう。なにかの装置なのかもしれないが、それにしては薄い。器具が入っているようには見えない。ただの鉄の板に見える。
そしてそれに何事か話しかけ、立ち上がる。
あれは……なんの装置なんだろう。なにか聞こえるんだろうか。どうして耳にあてているんだ?
女は細長い板に話しかけながら、ちらりと男に視線を送る。
男は「大丈夫だから」とでも言いたげな仕草をした。
女は片手で手刀を立てて頭を下げると、白衣の裾を翻して小走りに駆ける。
一気に。
叫びたくなるほどの悲しみが胸に満ちた。
行くな! 戻ってこい!
何故だがわからないが、そっちに行っちゃいけない!
戻れ!
焦りのあとに襲ってきたのは。
もがきたくなるような喪失感。
目の前で大切な何かを奪われて、自分自身がぺしゃんこにされてしまったような。
そんな今までに感じたことのないほどの悲哀の感情の波にのまれた。
彼女がいなくなってしまう……。
それは明確な事実に思えた。
そしてその確定的ななにかのせいで。
息もできず、身動きもできず。
ただひたすら「悲しい」と「切ない」と。「悔しい」と「辛い」に思考が侵される。
俺は両耳を覆い、大声で喚き……。
「……っ!」
気づけばキルトケットをはねのけて飛び起きていた。
荒い息のままゆっくりと周囲を見回す。
寝室だ。
俺の屋敷の中。
早朝なのかもしれない。
カーテン越しに朝日が差し込んでいるのが分かった。
額に浮かんだ汗がこめかみを滑り、顎から落ちる。
「なんだあれ……」
呟く声が震えていて自分でもはっとする。
視線を落とすと、力いっぱい握った両こぶしが細かく震えていた。
「シトエン……っ」
言い知れない不安と恐怖に突き動かされ、隣を見る。
そして安堵の息が漏れた。
彼女はちゃんと俺の隣で眠っていた。
俺に背を向ける形で右を横にし、身体を少し丸めて。
すうすうと定期的に寝息を立てている。
俺はもう一度身体を横たえ、シトエンを背後から抱きしめる。
「う……ん? あれ、サリュ王子……?」
朝が弱いシトエン。
とろけたような声をもっと聴きたくて、更に腕に力を込める。
「どう……しました?」
「どうもしない。シトエンがいてよかった、と思って」
「わたしが、ですか?」
きょとんとした声は、すぐに俺を案じる色をにじませる。
「本当に……なにかありましたか?」
「昨日、シトエンが酔っぱらっただけ」
「…………はううううううう………っ。そ……そうでした……っ!」
身を縮めるシトエン。
俺は彼女を抱きしめたまま、くすくすと笑った。
あれは夢だ、と思いながら。
だって。
彼女は俺が守るんだ。
ずっとずっと。
この腕の中で。




