4話 シトエン、飲んでる?
◇◇◇◇
「あー……、やれやれ」
ベッドにダイブして思わず呟く。
基本、野営は問題ないし、枕が変わろうが地面で寝ようがどこでも眠れるんだけど、それでも慣れた自分のベッドは格別だ。うれしい。
うつ伏せになったまま、足だけ振ってスリッパを脱ぐ。
護衛中は、いつでも動けるように夜間もシャツにトラウザーズ姿だけど、寝間着だからストレスフリー。
はー……、と深く息を吐いて首を横にねじると。
隣にあるのはもう一人分の枕。
シトエンはまだ寝室に来られないらしい。
寝室どころか、夕食の席にも「まだ業務が押している。サリュ王子お先に」と連絡がきて、ひとりで喰った。
風呂に入り、「まあ、それでも寝室では会えるだろう」と考えていたけど。
今日はきっと忙しい日だったに違いない。
一緒に夕飯食ったり、しゃべったりできないことは寂しいが、仕方ない。
シトエンはシトエンの仕事があるのだ。ただでさえ、俺の行事に合わせることが多いのに、これ以上無理は言えない。
だけど。
ゆっくりしてほしいなぁ、と思う。
シトエンはいつも頑張りすぎる。予定がなければ公務をいれちゃうし、休日も俺に合わせて動くから。
ラウルに頼んでいる温泉旅行。
せめてあの日だけでもなにもかも忘れてのんびりしてほしいな。
そんな風に考えて仰向けになり、唐突に思い出す。
シトエンが下着を買った、という事実を。
思わずガバリと起き上がる。
勝負下着!!!!
……なのか? いやどうなんだ! ってかどんなやつなんだ!!
正確にいうとランジェリーってどんなのだ⁉ なんか勝手に俺がエロいの考えているけど違うのか⁉ これ、ラウルに確認したらあきれられるやつ⁉
「あ……あの。まだ起きてますか?」
妄想逞しくいろいろ想像していたら、コンコンコンと控えめにノックが響いた。
いかん、シトエンだ!
「あ! どうぞ!」
意味もなくベッドの上に座り直して、下着に関する妄想を散らせる。
ついでに顔の表情も引き締めた。すぐにロゼが『エロ熊』とかディスるからな。
「すみません。諸々滞ってしまって……。遅くなりました」
ノースリーブの白いネグリジェを着たシトエンが、扉を開けて入ってくる。
後ろ手に扉を閉めると、ててててと小走りに駆けよってくるのだが。
あれ?と思ったのは、その足取りが。
なんというか、ちょっとふらついている。
てててて、という走り方も右に「てて」左に「てて」って感じで……。
「シトエン?」
どうした、と尋ねようとしたら、ベッドに両手をつき、中腰になってぐいと俺に顔を近づけてきた。
ふわりと鼻先をかすめたのは、シトエンの甘い香水の香りと。
アルコールだ。
「シトエン、飲んでる?」
タニア語で尋ねてみた。
珍しいな。
社交の場ではおつきあい程度にカクテルやスパークリングワインを飲んだりしているのを見かけるけど、俺はともかくシトエンが屋敷でアルコールを口にするなんて。
「ロゼちゃんやモネさんが言うことはもっともです」
俺の目をみつめ、シトエンもタニア語で言う。
……急にどうした。なにがどうもっともなんだ?
よく見ると目のふちがほんのり赤いし、頬も上気したような感じだ。
結構酒を飲んだのか? ってかシトエン、酒、弱いのか?
「ロゼとモネ?」
戸惑いながら尋ね返すと、ぶん、と大きく首を縦に振る。
ほわりとまた酒精の匂いがした。
「シトエン、飲んでる、よな?」
「勢いをつけるためにっ!」
なんの?と尋ねる前に、シトエンは、「よいしょ」と言ってベッドに上がる。
勢いに押されて俺は上半身をのけぞらせるが、シトエンはまったくかまわない。
向かい合う形で座る。
「その。わたしも自分が好きなアクセサリーを身につけますし、その場その場に相応しい服装を自分好みで選びます」
ふしゃわしい……って。
ふしゃわしいって――――!!!!
世界一可愛い「ふしゃわしい」をいただきました――――!!!
なに、シトエンって酔っぱらっても可愛いのかよ!
なんだよ、もう! もっと早く知っていたら……っ!
一緒に飲もうって誘えばよかった!
「聞いておられます? サリュ王子」
めっと言いたげにシトエンが言う。
「聞いてる聞いてる聞いてる聞いてる」
聞き逃すはずないだろう! ひとつ残らず聞いている!
「なので、決して誰かのために選んでいるとか、媚びるためとかそんなんじゃないんですけど」
ふんふんと頷きながらも、いかんいかん。何の話だろうと脳内を高速回転させる。
ロゼとモネが言うことはもっとも、で……。
自分が好きなアクセサリーや服装を選ぶ……?
あ、あれか!
『ってかさ。別にサリュ王子のために買うんじゃないし』
ロゼの冷ややかな声と視線。
シトエンはその話をしようとしているのか?
「いや、うん! そりゃそうだよ。俺だって俺がラクな服着てるし!」
慌てて言う。
「そりゃ最近はシトエンに好かれるように髪型やひげは気にしてるけど。基本的に……」
「そうなんです!」
「うおっ⁉」
真向かいに座っていたシトエンが急に前のめりに上半身を倒してくるから、反射的にその両肩を掴む。
やべえ……。シトエン、ぐらんぐらんしてる。
「え……。あの、シトエンどれぐらい酒飲んだ……?」
「ちょっとらけです、ちょっとらけ!」
ちょっとらけ、ね……。
あれだな。あとでメイド長かイートンに量を確認しよう。
そんなことを考えていたら、シトエンがだいぶん姿勢を保持できるようになったので、そっと手を離した。
大丈夫かな、とそれでも顔をのぞきこむと。
ふいっと視線を外して、口を尖らせる。
「わたしも自分好みの服を選びますが、それでも好きな人……その……サリュ王子に『似あっている』って思ってほしいじゃないですか」
好きな人、それすなわち俺だという図式に、がふん、と脳天に一撃を食らったような衝撃を受けた。
しかも……っ!
俺に似合っていると思ってほしいとか……!!!!!
「シトエンはなにを着ても似合うし!」
つい熱弁を振るう。
「婚約式の時からいままでずーっと思っている! シトエンはなに着ても似合うし、どんな髪型でも、どんなアクセサリーをつけても素晴らしい!!」
「そ……その。サリュ王子も。軍服の時もこうやってラフな時もカッコいいです」
頬を染めて、てれてれしているシトエンが…………っ!!
くっそ可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!
いいのか! これが人間でいいのか!!! 天使……いや、神ではないのか!!!
この可愛さ、あどけなさ、可憐さはすでに神の領域と全人類が認めるべきだ!!!




