3話 家令を呼べぇぇぇぇ!!!!
「ありがとうございます、ロゼちゃん、モネさん。イートンもよろしくお願いしますね」
そしてシトエンは俺に向かい合い、そっと手を握った。
「ありがとうございます、サリュ王子」
この笑顔……。
あー………。至福……。この笑顔を間近でみられるこの至福。
帰ってきた……。俺はいま、公務を終えて帰ってきたんだ……。
「あ‼ そうだ、シトエン!」
「はい?」
きょとんとした顔で首を傾げるシトエンに、俺は勢い込んで言う。
「温泉の件、ラウルに頼んでおいたから! あとでシトエンの都合を教えてくれ!」
「わかりました」
シトエンは嬉しそうに頷く。
「よかったね、シトエンさま!」
「早速ご旅行で着用なさっては?」
「そ、そそそそそそそそそそんな……っ!」
ロゼがシトエンの顔を覗き込んで笑い、モネもにこにこしているが。
シトエンだけが頭から湯気を噴き上げそうなほど真っ赤になっている。
「なんだ?」
きゃっきゃと笑いあう三人を示し、イートンにこっそり尋ねる。
「お嬢様からは温泉の件を聞いておりましたので、それに合わせて季節もののお召し物をいくつか新調しようという話になりました。つい先ほど仕立て屋が帰ったところなんです」
「ああ。さっき立て込んでいる、とか言ってたやつか」
なんだ旅行用の服を選んでいたんだな。
「支払いは俺がするぞ。気に入ったものはあったのか、シトエン」
笑顔でそう声をかけたのに。
さらにシトエンは顔というか全身まで真っ赤になる。最早火を噴く勢いだ。
「どうしたシトエン!」
「今日はさ、お召し物というかランジェリー買ったの!」
「ロロロロロロ、ロゼちゃんっ! 声が大きいっ」
ロゼが元気よく答え、シトエンが盛大に焦っているが。
俺は一時的に機能停止した。
ランジェリー。
ランジェリー、とは。
……いや、ここで「ランジェリーって?」と聞かなかったことを褒めてくれ、ラウル! 俺は成長したぞ! というか、知っているぞ! 下着だろう!
シトエンが。
下着を買った。
俺との……温泉旅行用に……っ。
いかん、鼻血吹く!!!!
旅行を楽しみにしてくれたのが嬉しいのもあるが……!
なにより、脳内のシトエンがすでにランジェリーを着て俺を誘っている‼ 温泉にいざなっている!!!
「お嬢様の悩みは深く長かったため、私は姉妹に付き添いをお願いして別用件を済ませていたのですが……。お嬢様、決まりました?」
イートンが尋ねると、シトエンは、あわわわわと狼狽えたあと、真っ赤なままこっくりと頷いた。
家令を呼べぇぇぇぇ!!!!!!
シトエンが気に入ったものならそれはすべて購入する!!!!
今年度のシトエンにかかわる予算額を予備費から引っ張ってきて計上しろ!!!
「シトエンさまが楽しそうに選んでるから、あたしも新しいの欲しくなっちゃった! レースとかふりふりの、あまあまなやつ、選ぼっかな!」
「ロゼちゃんにはきっと似合いますよ」
うんうんとシトエンが真剣に頷いている。
「シトエンさまは選ばなかったけどさぁ、あのちょっときわどい系、めっちゃ似合うとおもったのになぁ」
き わ ど い 系 だと⁉
なにがどうきわどいんだっ!
どうなったやつだ、ロゼ!
「と、とととととととととんでもない! ああいう大人っぽいのはモネさんにこそお似合いに……」
「確かに私はああいうの好きですけど、シトエン妃にもお似合いかと」
「……その、サイズ的に……。モネさんはその……」
シトエンが言いにくそうに口ごもる。
……ああ。まあ。モネ……、な。
「ああ。ではサイズ違いを持って来てもらいましょうか?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえ!!!!」
すぐにでも業者を追いかけそうなモネをシトエンが必死に止める。
「シトエンさまが購入された商品、とってもラブリーだしさ。絶対次の旅行で着たほうがいいよ! 気分も盛り上がるじゃん」
嬉しそうにロゼが言う。
いったいどんなものをシトエンは購入したのか……っ。いかん、想像しただけで血圧が上がりそうだ! 嬉しすぎて頭痛がしてきた‼
「いやでもあの……。ちょっとまだその心の準備が……っ」
なんてこった――――――――!!!!
心の準備がいるようなやつなのか――――――!!!!!
「ぜんっぜん問題ないよ、シトエンさま! 似合うって!」
「そうですよ。自信をお持ちになってください。気に入ったものを堂々と身に着けるのが一番大切なんですから」
ロゼ、モネ!! もっと励ませ!!!
俺が手に汗を握っていると、ちらりとシトエンがこちらを見る。
な、なんだ⁉ 俺はなにを求められている⁉
なんか声掛けをしたほうがいいのか、俺も!
『今回買った下着だけでよかった? 店の在庫全部買う?』とか……。
いや、ただのバカだろ、これは!
『新しい下着を買ったシトエンを見てみたい』とか?
本音すぎんだろう!!
これじゃあただのどスケベだしっ!
「ってかさ。別にサリュ王子のために買うんじゃないし。やだやだ。やらしー目してる」
あわあわと狼狽えていたら、ささっとシトエンの前にロゼが立ちふさがる。
「そうですよ、シトエン妃。ランジェリーも服もアクセサリーも、自分をより美しく飾るためのものです。男性の目線や趣向なんて気にする必要はありません」
シトエンの隣に立つモネがきっぱりと言い切る。
「ときどきいるよねー。勘違いして『おれのために選んでくれた』とか『おれのために見せてるんだろ』とか言うやつ」
ふん、と鼻息荒くロゼが言う。
「このかわいい服を着こなすためにスタイル維持をしてるんであって、お前のためじゃねぇ、っつーの」
「男だって自己満足で筋肉鍛えてる人がいるのに、なんで女性だけ減量や化粧をしたら『恋人のため』とか言われるんだか」
あー……。ロゼとモネの台詞がぐっさぐっさ刺さる……。
戦場……ここは戦場だったのか……。
公務が終了して自分の屋敷に戻ってみれば常在戦場……。
「いやあの、サリュ王子……」
「お嬢様。本日は予定外なことが続いておりまして、このあとのことが滞ってございます。そろそろ」
シトエンが俺になにか声をかけようとしたが、イートンがさささっと進み出た。そのままシトエンの肩を掴み、くるりと回れ右をさせる。
「それではサリュ王子。のちほど夕食の場で」
「行こ、行こー」
「シトエン妃。ささ、お早く」
玄関ホールにひとり残された俺のところに、不思議そうな顔で執事長がやってきたのはそれから数分後だ。
「おや、ぼっちゃん。ここにいらっしゃったんですか? 夕食準備の前に旅装をお解きになってもらわなくては。さ、早く早く。あとでなんだか大きな荷物も届くようですし、わたしは忙しいんです」
……きっとここにラウルがいたら慰めてくれたのに。
そんなことを思いながら、俺は執事長に促されて歩き出した。
 




