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22話 アリオス王太子の忠告

「誰ぞ。歓談の場を用意せよ。この者たちをもてなせ」


 がたり、と椅子が揺れる音がし、壇上からタニア王が降りて来る。シトエンや他の貴族たちが頭を下げるから、慌てて俺も頭を下げた。見ちゃいかんのか、こういうのも。


 そうして、タニア王が退室され、扉がぱたりと閉まる音を硬直して聞く。


「それでは茶の用意をさせていただきます。準備が整うまでこの場でお待ちを」

 貴族のひとりがそう告げ、部屋を出て行った。


 やれやれ、だ。

 俺はただ座っていただけだが、なんか身体中のあっちこっちが凝った。


「お前たちは至急このことを国に告げよ」


 アリオス王太子の声に顔を向けると、立ち上がって壁際で待機している文官に指示していた。


「お疲れさまでした。これで公務は終了ですね」

 シトエンが近づいてきて微笑んでくれる。


「ああ、そうだな。明日、この国を発つか? それともまだしばらく……」

「いえ。もう会いたい人には会えましたし……。予定通り、今日は実家に立ち寄って、明日ティドロスに向かいましょう」


 首を横に振るシトエンを見て、無理してないかなと心配する。

 すぐまた帰ってこれるということはないのだ。少しぐらいゆっくりしてもいいのに。


「王太子殿下が用意してくださっているというプール付きの別荘も楽しみですしね」

 頬をピンクにしてシトエンが言う。


 忘れてた――――― !!!!!!!

 シトエンの水着!!!!

 最速だ……。最速で向かう!!!!


「シトエン」


 俺が旅程を頭の中でくみ上げていたら、なれなれしくアリオス王太子が声をかけてきた。


「はい?」

「少しその襟元が気になるんだが……。一度侍女に直してもらってはどうか?」


 さりげなくアリオス王太子がシトエンの襟元に触れる。


 ちょ……っ! お前、なにすんだっ!

 つかみかかってやろうと思ったが、確かにほつれのような……。糸くずのようなものがついている。そんなのあったか……?


「まあ……。教えてくださり、ありがとうございます。サリュ王子、失礼いたします」

 慌ててシトエンが部屋を出ていく。


 ぱたり、と。

 扉が閉まる音がした。


 部屋の中には俺とアリオス王太子だけが残される。


 あっちは立っているし、俺は座っているし……。一応合わせた方がいいのかと、よっこらしょと立ち上がった。


「メイル嬢は息災か?」

 なんとなく手持無沙汰なので尋ねてみた。別にどっちでもいい。というか根拠はないがあの娘は元気な気がする。


「ああ。妃教育の最中だ」

「それは……大変だな」


 周囲が、とは言わずに飲み込む。


 くすり、と。

 笑い声がしてびっくりして顔を向ける。アリオス王太子が笑っていた。


「いや、想像していることはわかる。家庭教師たちは頭を抱えているが……。だが、わたしのためにメイルは頑張ってくれているのだ。わたしも頑張らねばならぬ」


「言っちゃなんだが……」

 がりがりと頭を掻き、俺は口をへの字に曲げて見せた。


「こんな騒ぎを起こしたのはあの娘だろうに。察するに、アリオス王太子は嘘を吹き込まれたのでは?」


 シトエンの身体には竜紋がある。


 竜紋は尊いものだから、一般に眼に触れるようなことはない。だからこそ、その形や色、ありさまは人の想像を掻き立てる。良くも悪くも、だ。


 シトエンの身体には全身ウロコのように刺青があり、それはぞっとするようなものだ。


 アリオス王太子にそう吹き込み、嫌悪感をかき立てさせたのはメイルだと思っている。


「だがそれを信じたのはわたしだ。すべて自分の不徳のいたすところ」


 きっぱりと言い切るアリオス王太子。

 俺の目を見て話すその感じからは、以前のような甘ったれたところはなかった。


「それに……仕方なかろう。もうわたしは惚れてしまったのだ、メイルに」

 アリオス王太子は笑い、肩を竦める。


「この気持ちは、サリュ王子にもわかってもらえると思うが」

「惚れたんなら、仕方ねぇな」


 俺が返すと、珍しくアリオス王太子は声をたてて愉快そうに身体を揺らした。


「君やシトエンと出会い、わたしは多くのことを学んだ。申し訳ないこともしたし、本来ならば謝っても許してもらえぬこともしでかした。だか、君たちの寛容な心に感謝している。そして、それに応えられる自分でありたい」


「そうか。頑張ろうぜ、お互い」


 アリオス王太子は頷いたが、すぐに笑顔を消し、俺に顔を近づけた。


「さっき、シトエンの襟もとに糸くずをつけて退席を促した。すぐに戻って来るだろう。単刀直入に言う」


「え……? な?」


「シトエンが暗殺集団に命を狙われている」

「………は?」


「わたしも出来る限りのことをするが、まだ力が足らぬ。いまはこれしか言えない。奴らの腕は確かだ、十分に気をつけろ」

「シトエン妃、ご入室!」


 衛兵の声が響くと同時にアリオス王太子は身体を離した。


「お待たせいたしました。もうすぐ茶室の準備もできるようですよ」

 シトエンがにこやかな笑みを浮かべて入ってきた。


「あ……、そう……か」

 声を出し、できるだけさりげなさを装うので精いっぱいだ。


 暗殺集団? 気を付けろ?


 だが、なんで……。

 なんで王太子がそのことを知っている?


「王太子殿下」


 いろいろ問い詰めたいのに。

 アリオス王太子は戻ってきた自国の文官に呼ばれて席を外し、そしてそのあとの茶会でもふたりで話す機会は全くなく、別れてしまった。

 


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