21話 謝罪式
◇◇◇◇
三日後。
俺たちはふたたびタニア王宮内にいた。
モネ・ロゼの見立ててくれた衣装とアクセサリーをつけたシトエンをエスコートし、長い廊下を歩く。
「シトエン、大丈夫か?」
顔を近づけ、そっと声をかける。
俺の腕を取ったシトエンはやわらかく笑みを浮かべて頷く。
「わたしはもう。むしろサリュ王子は大丈夫ですか?」
シトエンが、俺の右肩をそっと撫でる。もちろん、と頷いた。
「あれぐらいなんてことはない。肉喰ったら治る」
なぁ、と背後のラウルに声をかけると、奴は呆れたように無言で肩を竦ませた。
「わたしを庇って……。本当に申し訳ありません」
シトエンがまたしょぼんとするから慌てる。
彼女が目を醒まし、俺がシトエンを庇って負傷したと聞いた直後は、すごい勢いで傷を確認しながら激怒したものの……。
そのあとは、ずっとこんな感じだ。
本当になんでもないし、なんならこの襲撃騒ぎでその前後のことがうやむやになって、俺としてはラッキーぐらいだ。
ただ、襲撃者はそろそろ特定せねばならん。
結婚前からシトエンを狙っている奴らと同じなんだろうが……。やけにしつこい。いい加減諦めてほしいものだ。
「こちらでございます」
先を歩いていた侍従が扉の前で足を止め、俺たちに向かって頭を下げる。
例の謁見室だ。
「ティドロス王国サリュ王子、シトエン妃」
衛兵が訪いの声を上げ、扉が開く。ちらりと視線を向けると、ラウルはここで待機するようだ。
シトエンを連れて中に入る。
中もこの前と同じだ。
最奥に壇が用意され、今日は御簾が下されていた。
そこに並ぶのはやはり椅子だけ。テーブルとかは用意されておらず、黒クルミの床材には絨毯も敷物もなかった。
「お久しぶりです」
シトエンが足を止め、会釈をする。
立ち上がる気配に顔を向けると、アリオス王太子だ。文官らしき連れの者は立ったまま控えていた。
「久しぶりだな、シトエン。遠路はるばる迷惑をかける」
ジャケットのボタンを留めながら、アリオス王太子が目を伏せた。
おや、と思ったのは確かだ。
俺とシトエンの結婚式で出会ったときと、随分雰囲気が違う。
あの時は、周囲の空気を読まないいけすかない男だと思ったが、いまは自分の立場を自覚し、己がなしたことを本当に悔いているように見えた。表情やたたずまいもそうだ。
浮ついた、どこか毛先ばっかり気にするような軽薄な男だったのに、年相応の服装と髪型をして、場にふさわしいふるまいをしている。
「こちらこそ。このような場を用意してくださったこと……なんと申し上げればいいのか」
シトエンが言葉を濁した。
そうだよなぁ。
ざまぁって言うのも変だし、ありがとうというのももっとおかしい。
「今更遅いのだが……。自分の犯した愚かさについて本当に詫びたい。王太子という身分を深く考えておらず、国を危うくし、民に苦労をかけるところだった。タニア王に随分と口添えをしてくれたとか。こちらこそ、言葉がない」
アリオス王太子の言葉に、顔をシトエンに向ける。
「そうだったのか?」
随分とまた優しいことで。放っておけばいいのに。
「民が巻き添えにあうのはやはり違うと思いますし……」
シトエンが長い睫を伏せた。
今日はいつものティドロスやルミナスでの服装ではない。
タニアの民族衣装だ。
パニエもなにも入れていないから、スカート部分がすとん、としている。おまけに襟ぐりも、うちやルミナスほど開いていないから、どちらかというと清楚な少女のような風情だ。これじゃあ、ますます美女と野獣だな、と少し落ち込む。
「サリュ王子にもご足労いただき誠に申し訳ない」
アリオス王太子が俺に対して頭を下げる。うお、こいつやっぱり変ったわ。
「いや、なんのなんの。お互いの国のことだ」
そう応じると、アリオスは顔を上げ、ちらりと周囲に視線を走らせた。なんだろうと思っていると、一歩俺に近づく。
「サリュ王子……」
「はい?」
小声なので、俺も声を潜めたのだが。
「タニア王のご入室です」
衛兵が声を上げる。
慌てて俺とシトエン。それからアリオス王太子が椅子にかける。文官は壁で待機らしい。
シトエンが頭を下げるので、俺も倣う。ついでにいえばアリオス王太子も見様見真似だ。
その中を、タニア王と数人の貴族が入室する足音がした。
タニア王はまっすぐ壇上に向かい、座ったようだった。
「一同、おもてを」
言われて顔を上げるが、今日は御簾を上げるつもりはないらしい。
タニア王は御簾の中だ。
謝罪されるとしても、顔も見たくないということのようだ。
「ルミナス王国王太子、なにやら予に申したいことがあるとのことだが?」
平坦な声に、アリオス王太子は立ち上がる。そしてその場に片膝ついて頭を下げた。
「畏れ多いことでございますが、タニア王国国王陛下とシトエン妃に正式に謝罪いたしたく」
「許すゆえ、申せ。シトエン。ここへ」
御簾の中からシトエンを手招いている様子だ。
シトエンは返事をし、足音もなく御簾の前に控える貴族たちの側に近づいた。
貴族たちは一斉に頭を垂れた。
背は小さいのに、貴族たちを従えた様はまさに王族の風情だ。
もともと竜紋は王族でも限られた人間にしか施されていない。
シトエンはそれだけでこの国ではかなり特別な存在なんだと気づかされた。
「失礼いたします」
アリオス王太子はシトエンと壇上にいるタニア王の前まで進み出ると、また片膝をついて頭を下げる。そのまま、殊勝な態度で語り始めた。
自分がいかにシトエンに対して無礼を働いたか、竜紋を持つ尊い方をお授け頂いたのに無知のためタニア王にも不快な態度を取ったこと。そのために国を危うくし、民を混乱に巻き込もうとしていること。
すべて自分が悪く、その非を誠心誠意詫びたい。
そのようなことを語る。
その声や表情にはひとつも嘘がなかった。
虚飾もなければ、誰かのせいにするような卑怯さもなかった。
単純な熊頭だ、と、うちの王太子には笑われそうだが、俺はちょっと心を打たれさえした。
俺が王なら、「もういいよ」と御簾から飛び出していくかと思うほどだ。
「どうか、寛大なお心でお許しください」
アリオス王太子は頭を下げたままそう締めくくった。
「シトエン」
タニア王が声をかける。
「はい、陛下」
「先日、ルミナス王国の宰相が親書を持参し、同じように謝罪をして帰って行った。今日、このように王太子も来て謝罪をしておるが……。いかがいたす」
「わたしにとってはもう、昔のことです。いまはティドロス王国で幸せに暮らしておりますので……」
シトエンが壇上に向かって頭を下げる。
「陛下、どうぞ広いお心をお示しくださいませ」
「うむ」
タニア王は唸ると、ひとつ息を吐いた。
「シトエンとその夫サリュ王子に免じて許そう。書状を用意する。国に持ち帰るがよい」
「ありがとうございます……っ」
アリオス王太子が一息に言ったあと、しばらく肩を小刻みに震わせた。
ほっとした。そんな表情だ。




