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隣国で婚約破棄された娘をもらったのだが、可愛すぎてどうしよう  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
2章

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17話 幕間:モネとロゼ

◇◇◇◇


「ねぇ、お姉ちゃん」

 腰ベルトにナイフを数本仕込みながら、ちらりとロゼは姉に視線を送る。


 モネは防刃代わりのベストを着こみ、紐で固定しているところだった。

 そうすると、姉の豊かな胸は潰され、身長も相まって体格だけ見るとまるで青年のようだ。その上からロゼと揃いの黒装束に身を包む。長く美しい髪は団子にして頭の後ろで留め、外れないように黒布で上から縛っていた。


「なあに、ロゼ」

 右腕を幾度か動かしている。


 傷が開かないように幾重にも包帯を巻いたうえ、薄い竹板をあてている。動きをチェックしているのだろう。


「……やめない? 上にはさ、ほら……。さすがティドロスの冬熊でしたー、ぜんぜん隙がありませんーって言ってさ」


 わざとおどけて言う。モネは、ふふふ、と愉快そうに笑った。


「そうね。じゃあロゼは山道を降りなさい。あなたの足ならまだ荷馬車に間に合うわよ」

「……そうじゃ……なくて」


 ロゼはうつむき、口を尖らせた。

 ぷん、と耳元を飛ぶ羽虫を手で追いやる。


 確かに、ロゼが走れば、シトエンの衣装一式を乗せた仲間の荷馬車には追いつくだろう。


 だが、それに合流するのは、自分だけじゃなく姉もなのだ。ひとりで合流しても意味がない。


「ロゼはちゃんと建物内部や温泉の様子、警備の配置を探ってお姉ちゃんに教えてくれたわ。もうあなたの仕事はおしまいなのよ?」


 姉には、サリュを誘惑したことは黙っている。

 実際、失敗に終わったし、姉から頼まれたのはあくまで『警備と浴場のチェック』だったのだから。


 むすっとしたまま黙っていると、モネが手を伸ばし、ロゼの頭から黒い覆い布を外した。


「あ……」

「髪の毛が出てる。ほら、後ろを向いて」


 てっきり、『降りろ』と言われるのかと思ったが違うらしい。ほっとしてロゼは大人しくモネに背中を向けた。


 ここは、サリュやシトエンが宿泊している屋敷のすぐ側。木々が多く、岩場が影を作ってくれているところだ。


 モネやロゼからは屋敷の様子は見えるが、向こうからはほぼわからないという最高の立地だった。


「大丈夫よ。この任務が終われば、私もあなたも自由」


 髪の毛を結い直し、もう一度黒布で頭を覆ってやりながら、モネは歌うようにそんなことを言う。


「自由……」

 ロゼは呟く。


 自分自身は自由というものがどんなものかわからない。

 物心ついた時から、ロゼは〝清掃人〟たちの中にいた。


 命令が下れば、それに従うものだというのは当然だと思っていた。

 もちろん、幼いころは任務から外され、相手を油断させる道具として使われるか、技を仕込まれるかのどっちかだ。


 暗殺や閨房術を駆使して任務を遂行していたのは姉だった。


『お母様がいなくても、こうやって生活ができるのは、お父様のおかげよ』


 姉はそう言っていたが、ロゼは父親のことをクソだと思っていた。


 自分の手を汚さず、子どもを使役するなど。そして我が子が死んでもなんとも思っていない男など、父でもなんでもない。ただの害毒だと。


 ロゼは、姉にこの仕事から離れてほしかった。


 何故ならモネは、ひとりのときに、遠くを見ながら泣いているからだ。


 こんな仕事などしたくないのだ。

 それなのに、続けなくてはならない理由。


 それは自分だということが、さらにロゼの心を重くする。


 自分が妹という立場でなければ。

 姉なら。

 いや、兄なら。


 サリュのように太い腕を持ち、大きな身体と強靭な筋肉があれば。

 姉を守れるのに。


 だけど、自分は女だ。

 そしてモネの妹だった。


 どうしようもないことを嘆いても仕方ない。

 だから言ったのだ。


『お姉ちゃん。あたしもう、こんなところ嫌だ。一緒に抜けよう』

 と。


 姉が欲している言葉を口にした。

 その時の姉の表情を、ロゼは一生忘れないだろう。


 彼女は。

 心底嬉しそうに笑ったのだ。


『そうね。お姉ちゃんも……ほんの少しだけそう思っていたの。お父様に相談してみましょう』


 結果、モネとロゼには〝最後の指令〟が下った。


 シトエン暗殺。


 そうきたか、とロゼは地団太踏んだ。

 上は、自分たちを外に出すことなど考えていない。ここから出るには死ぬしかないのだ。


 シトエン暗殺が失敗したことは清掃人たちの中では有名だった。

 選りすぐりの清掃人が送り込まれたというのに、作戦は失敗。さすがティドロスの冬熊とその騎士団だとのうわさはすぐに回った。


 そのサリュが溺愛しているシトエンを殺せ。


 できるわけがない、とロゼは姉に訴えた。


『あたしが間違っていた。お姉ちゃん、このまま組織の中にいよう』


 そして隙をうかがい、逃げ出すのだ。

 そう言ったのに、姉は千載一遇のチャンスだとばかりに意気込んだ。目を輝かせた。


『大丈夫。お姉ちゃんに任せていればいいから』


 あとから仲間に聞いたことだが。

 任務に失敗しても、姉が死ねば妹は放出すると上は確約したらしい。


(お姉ちゃんが焦ってる……)

 その理由に、ロゼは気づいている。


 もうすぐ、ロゼ自身も閨房関係の仕事につかざるを得ないからだ。


 モネは誰よりロゼがその仕事に就くことを嫌った。

 本来ならロゼとて色仕掛けをつかった仕事をする年齢に達していた。それをモネが拒否し続けていたのだ。

 モネは、ロゼに『無垢であること』を願った。願い続けた。

 だが、このままここに居続ければ、いずれその仕事を妹がしなければならない。

 モネは必死になっていた。


(こんなことでも……あたしは、お姉ちゃんの足手まといだ……)


 俯くロゼを、背後から優しくモネは抱きしめた。


「心配することない。お姉ちゃんがちゃんとやるから」

「でも……。でも、あのシトエンって人、いい人だよ」


 姉の腕を振り払い、ロゼは姉を見上げる。


「お姉ちゃんを真剣に看病してくれたし、サリュって男も悪い奴じゃない」


 清掃人の仕事は、暗殺だけではない。

 要人の護衛もある。

 貴族や王族。

 それらの身代わりになったり身辺警護にあたったりするのだが、身分が高ければそれだけ気位も高い。モネもロゼも何度ゴミのように扱われたか。


 だが、シトエンは違った。

 接触するためにわざとモネは自らの身体に刃を入れたのだが、それによって発した熱で動けなくなっても親身になって看病してくれた。汗を拭き、衣服を着替えさせ、嘔吐物さえ処理したのだ。


 正直、驚いた。こんな貴族がいるのか、と。


 サリュについてもそうだ。

 閨房関係の仕事についてはいなかったが、ロゼはよく男に声をかけられた。なんなら手を出そうともされたのだが。


 サリュはまったく興味を示さない。彼の眼中にあるのは正妻のみだ。

 こんな貴族や王族を見るのも初めてだった。


「……どっちが……間違っているの?」


 ロゼは真剣に姉に尋ねる。


 自分たち姉妹に良くしてくれる人なのか。

 それとも、自分たちを何不自由なく育ててくれたが、人を殺せと命じる人なのか。


「……お姉ちゃんが、やるから」

 モネはロゼを抱きしめる。


「いままでちょっと失敗したけど、今回は大丈夫」

 優しく背中を撫でられる。


 ロゼは知っている。

 本当なら、受傷後、体力が回復して『一緒に過ごす最後ですから』と一緒にベッドで過ごしたとき、姉はシトエンを殺すべきだったことを。


 再び出会い、『ロゼは王子様に屋敷内を案内してもらったら』と促した後、侍女ともども殺すべきだったことを。


 だけど。

 姉は殺せなかったのだ。殺したくなかったのだ。


 シトエンを。


「今回は、絶対遂行するから」

 モネはロゼの首元に顔を埋め、背中を優しく撫でた。


「自由になろうね」

「……うん」

 抱きしめ返して頷く。


 ロゼは、モネにこそ自由になってほしかった。


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