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10話 女子だけの夜

◇◇◇◇


 だけど、だ。

 だけど……。


 俺としては、まぁ二日もすればシトエンがゆっくりできるだろうと考えていた。


 伊達に辺境や騎士団同士の小競り合いで他人の傷をみてきたわけじゃない。シトエンほどではないが、勘と経験でだいたいの治りはわかる。


 モネが熱や痛みに苦しむのは二日。

 そのあとシトエンは自分の寝室で眠れるだろう、と。


 もちろん、寝室は俺と別だが、なんかこう理由を付けて彼女の部屋に行ければいいとおもっていたよ。


 そう考えていたのに……。


「なんでまだ隣室あっちにいるんだ、シトエンは!」


 きぃと叫びたい気分で怒鳴る。壁一枚隔てた向こうは、モネとロゼの治療部屋。

 そこからは、さっきからキャッキャと楽し気な声が聞こえて来ていた。


「いいじゃないですか。シトエン妃にも同じ年頃のお友達ができて。イートンが調理場にとられている今、話し相手も必要ですしね」


 ラウルが呆れながら帳面に羽根ペンを走らせていた。今回の経費計算らしい。宿泊場所や食事なんかはルミナスが当然用意してくれるが、道中必要なものを買ったり準備したりしたのも記録しておいて、あとで請求するんだそうだ。いやだなぁ……。あの夢、正夢にならないだろうな。153ダリン合わなかったらどうしよう。


「イートンこそいつまでいるんだ、調理場に」

「なんかいきいきしてますよね。料理もうまいし」


 ぱちぱちと算盤を弾いていたラウルだが、壁越しに聞こえてきた笑い声に顔を上げる。


 つい一時間ほど前、シトエンに済まなそうに頼まれたのを思い出した。


『あの……。今日、みんなで泊まるのが最後になるだろうからって、ベッドを並べて寝ようって言ってるんですが……』


『王子さま、ベッドくっつけて、ベッド!』


 俺の怪力をなんだとおもっておるんだ、あのガキは!!!!!!


 ぶん殴ってやろうかと思ったが、シトエンがこそっと、『少し仲を深めて聞いておきたいこともあるんです。いいですか?』とか言うから。


 ……まあ、なんかあるんだろう、シトエン的に。


「しかし、元気になってよかったですね、あの姉妹」


 団服を脱いだラウルは、シャツにトラウザーズという、奴にしては結構ラフな姿だ。

 椅子にもたれ、背もたれに片腕を回して俺を見る。


「どこまで我々と一緒に移動するおつもりです?」

「ん? タニア王国の国境まででいいだろう。まさか、王宮まで連れて行くわけにはいかないしな」


「でしたらいいですけど」

「なに」


「気を付けてくださいね、団長」

「なんだよ」


「あの妹の方、あれ団長を狙ってますよ」


 きっぱり言われて、ぽかんと口を開けてしまう。


「んなわけあるかよ」

 思わず笑った。


「ガキじゃないか」

「ガキだと本人が思っていたらいいんですけど、そうじゃないでしょう。それに、あの姉の方あれもねぇ……」


 ラウルがため息を発したとき、「ひゃあ! な、ななななななんですかっ」というシトエンの声が聞こえてきて、反射的に立ち上がる。


 咄嗟にラウルと共に壁に近づくと……。


「シトエンさまの肌、すべすべ! なにこれ、なにこれ!」

「ひゃああああっ、くすぐったいですっ、ロゼちゃん!」

「身体も小さくって。抱き枕サイズみたいで……」


「ちょ、ちょちょちょちょちょ……モネさん、離れてくだ……むふう」

「姉さま! シトエンさまが姉さまの胸で窒息してしまいますっ」

「あらあら♡」


 聞こえてくる声に、俺はわなわなと震えた。


「隣でなにをやっているんだあああああああ!!!! ラウル!!!!!」

「女子会でしょ」


「俺のシトエンが喰われてしまう‼ あの肉食獣どもに!」

「女子でしょ」


 呆れたようにラウルが答えるが、なんて奴だ本当に。危機意識を持て、危機意識を!

 そんなんだから、まだ嫁が来ないんだ、お前は!


 だいたい、シトエンも仲を深めてって……。なんの仲を深めようとしているんだ!


「わたしはその……きょうだいがいないものですから、あれですが……。おふたりは、本当に仲がいいんですねぇ」


 ようやくキャッキャと騒ぐ声が収まり、シトエンの声が聞こえてきた。


 俺は壁に張り付き、耳を澄ます。ラウルは呆れてまた、帳面の前に戻って行った。算盤は静かに弾けよ。


「ふたりっきりですもの。ねえ、姉さま」

「そうねぇ」


「お商売はおふたりでずっと続けてこられたんですか? どなたかご親族の人がお手伝いとか?」

「母は妹が幼いころに他界しました。経営は父が行っていたのですが、少々込み入ったことがございまして……。五年ほど前からは私とロゼと。それから、今回裏切ったエバンズが中心になって切り盛りしておりました」


「十年ほど前というと……。まだモネさんは17歳ぐらいでは? 大変だったでしょう」


「ですが……シトエン様。巷にはそのようなこと、ありふれているのです。それに私は妹を路頭に迷わせるわけにはいきませんし」

「あたしも、姉さまをひとりにするわけにはいかないし?」

「まあ、この子ったら」


 そのあと笑い声が続き、それから数秒だけ沈黙が落ちる。


「あの……。それこそ、世間知らずのわたしがこんなことを言って気を悪くなさったら申し訳ないのですけど」


 シトエンがそっと声を発した。


「もし、お力になれることがあればなんでも相談してくださいね」

「これ以上、シトエン様にお願いすることなんて……」


「知り合ったというのも、なにかのご縁です。縁というのは、結んだり切ったりできるものだとわたしは父に教わりました。良い縁は結び、悪縁は断ち切る。そうして、縁をつないだり切ったりしながら生きていくのだ、と」


「では、シトエン様はアリオス王太子との縁を切って、サリュ王子とご縁を結ばれましたのね?」

「そ……それは……そう……ですね」

「きゃあ! シトエンさま、真っ赤!」


 ロゼのはしゃいだ声と、シトエンが「ち、違いますよ、ロゼちゃん!」と焦る声。

 そして笑い声が続いたのだが。


 ぼそり、と。

 モネの呟きが聞こえた。


「ですが引きちぎれない腐れ縁というのもあるのです」

「え……?」


 シトエンが問い返したようだ。


「なんでもありませんわ。それよりシトエン様。本当に肌がすべすべ♡」

「ねー! 思うよねぇ、特にここなんか……」

「ひゃあっ! モネさん、ロゼちゃん! ど、どどどどどこをさわって……っ」


「でえええええい! もう許さんっ!」


 俺は怒鳴りつけ、部屋を飛び出す。

 そのまま隣の部屋に飛び込むと、「きゃあ!」と盛大な叫び声がベッドから上がった。


 女子三人が団子になっているのだけど。

 ずんずんとそこに進み、真ん中にいるシトエンを引っ張り出して横抱きにする。


「強制回収する!」

「王子さま、さいてー!」

「なんて横暴な!」


「なんとでもいえ! 本日シトエンはイートンと寝ることとする! 王子命令発布だ! ラウル! イートンを調理室から引きずり出せ!」



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