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5話 こんなことぐらいでは、傷つかない!

 だが、それが合図になったらしい。

 商人の恰好をした盗賊たちは、大きな布袋を担いで一目散に逃げだした。


 藪に飛び込む者。どこからか引っ張り出した馬に乗り、駆ける者。崖下へと転がるように落ちて行った者。


 奴らはてんでバラバラに逃げるものだから、団員たちが戸惑った。


「ありゃ……。団長……。え、どれを追います?」

 騎士が抜刀したまま、まごまごしている。


 普通は数人が殿しんがりというか犠牲で残って、あとはまとまって逃げるもんだが……。

 なんだ、こいつら。そもそも集団じゃないのか?


「まあ、逃げたんだしいいだろ。それより被害者を救出しよう。賊の荷馬車をどかせろ」


 こういっちゃ冷たい気もするが、所詮は他国の賊だ。頭がどこにいるか、とか巣窟はどこか、なんて俺の知ったこっちゃない。


 俺が指示すると、団員たちは剣を鞘にしまい、声を掛け合った。


「救助だ!」

「被害者を保護しろ!」

「荷馬車の馬を外せ!」


 その声にようやくルミナス王国の騎士たちも、気が抜けたらしい。へろへろと地面に座り込む。


 その様子に苦笑いしながら、俺は馬を失った幌馬車に近づいた。

 さっき、賊のひとりがここに手を突っ込んでいるように見えたのもあるが、この幌馬車の商人たちというか……。被害者があまりにいない。


 みんな、幌の中に逃げ込んで縮こまっているのだろうか。


 俺の団員たちが藪や山の木立の方に向かって「もう大丈夫だ。出て来い」と声をかけている間に、幌の後ろ幕をめくった。


 荷台自体は滑り台みたいに斜めになっている。


 外観からもわかっていたが、内部はかなり広い。ただ、幌が荷台全体を覆っているから外より暗かった。


 こんな大荷物を売りさばくぐらいだから、ルートを持ったそれなりの商人なのだろう。だが、荷はほぼ空だ。 


 盗まれたか、売れたのか。幌の最後尾にロープや荷物保護の大布が落下しているだけだが。 


「……誰か、いるのか?」

 そっと声をかける。


 というのも、淡い香水の香りと、逆に濃い血の臭いがしたからだ。

 斜めになった荷台に手をつき、上の方を見る。


 いた。

 ちょうど最前部。

 女がふたりいる。


 シトエンと年の変わらなそうなグラマラスな娘が、童顔の……十代後半ぐらいかな。そんな娘を抱きかかえ、こちらを睨みつけていた。


 その、腕の中の十代の娘と目が合う。


「いやああ! 姉さま!」


 途端に悲鳴を上げられ、仰天した。


 え、俺今日ひげ剃ったよな⁉ ひげ、ないよな⁉


 昔、辺境警備を終えて宮廷に帰った時、ひげもじゃだったもんで淑女に泣かれ、臭い、とまで罵られたのを思い出す。もうトラウマものだよ、あれ。


「さがりなさい! この子には指一本ふれさせないわよ!」

 綺麗なタニア語で威嚇された。


 荷台が斜めになっているからだろう。滑り落ちないように片手で幌の柱を掴み、片手で十代の娘を抱えた女が怒鳴る。さっき「姉さま」と呼ばれていたから、姉なんだろう。


 その娘の右腕。小刻みに震えていると思えば、幌の柱を掴んでいる手から血がとめどなく流れていた。


「怪我しているのか? 大丈夫か?」


 タニアの商人なんだろうか。

 できるだけ優しく声をかけたのに、妹の方が姉にしがみついてわんわん泣き始めた。


 ……へこむ。激しくへこむ。


「助けに来たんだ。落ち着けって。俺はティドロスの……」

「来るなら噛みついてやる!」


 姉は姉でがんがんに喚いてきた。

 こりゃだめだ。

 困惑していたら、ばさりと幌をめくってラウルが入ってきた。


「なにしてんですか、団長」

「いや、被害者……。お、そうだ。お前団服だな」


 ちょいと幌をめくり、近くにいた団員を数人幌の中に引き込んだ。


「な? みんな制服着てるだろう? ティドロス王国の騎士団だ。たまたま遭遇したから加勢したんだ」


 俺がラウルを含めた騎士数人の上着を指差して姉妹に説明する。

 俺自身はめんどくさいから団服を着ていなかったんだが、それが悪かったに違いない。


 きっとそうだ。


 顔がいかつい、とか、身体が無駄にでかすぎる、とか、雰囲気が洒脱じゃない、とかそんなんじゃなくて、単純に団服ユニフォームを着てなかったから、きっと姉妹に警戒されたんだろう。うん、そう思うことにする。


「……ティドロスの……騎士の方ですか」

 ようやく姉が声から険を取る。


「タニア人ですか?」

 小声でラウルが俺に尋ねるから曖昧に頷いた。


「みたいだな。初めからタニア語を話していたし……」


 よく見れば、姉妹はタニア独自の服を着ている。

 胸の下あたりに切り替えがあって、スカートは膨らませずにすとんとしている。ワンピースに近いんだけど、独特なのは布地の柄だ。幾何学模様を組み合わせ、色や刺繍に凝ったもの。


「姉さま!」

 急に妹の方が悲鳴を上げたと思ったら、ふたりして荷台からずり落ちてきた。


 慌てて騎士たちと受け止める。

 間近で見ると、姉の傷が酷い。


 おまけに失神しているのか、妹の方は立ち上がったが、姉はぐったりと俺の腕の中で動かない。


「これ、やばいな」

 血が止まっていない。


「姉さま、あたしを庇って……」

 妹の方が俺の腕にしがみついて、またわんわん泣き始める。


 だが、こっちもよく見ると傷を負っている。

 とくに背中。

 背を向けて逃げるところを切られたのか、傷は浅いが血が出ている。なにより服がやぶれてえらいこっちゃ。


「おい」


 誰か上着、と声をかける前に、さりげなくラウルが自分の上着を脱いで妹の肩に羽織らせた。


 ……いや、ほんとこの男いい奴なんだよ。

 それなのにまだ嫁が見つからないんだよなぁ……。なんでだろう。


「とりあえず外に出ましょう」

 ラウルに促され、それもそうだと思った。


 なにも男ばっかり幌の薄暗い中でぎゅうぎゅうに立っていることもない。

 騎士のひとりが大きく幌を上げてくれたから、腰をかがめることもなく、姉の方を抱きかかえて外に出た。


 当初この場所に来た時は、随分暗いと感じたが、幌の中にいたせいか、いまだ十分明度がある。


 ラウルが騎士数人に呼びかけて外套を地面に広げさせた。

 その上に、姉を寝かせる。

 すぐさま妹の方が駆け寄り、尻をぺたりと地面につけてすすり泣きを始めた。


「傷を縛って止血するか?」

 ラウルに尋ねると、若干困ったように首を傾げた。


「それが正しいことかどうかわかりません。シトエン妃にお伺いしてみては?」


 それもそうだ。

 シトエンは医学に明るい。


 これは内緒だが、本人曰く、前世で医師だったのだそうだ。確かに、シトエンはタニア王国でもルミナス王国でも医学を学んだ形跡がないのに、その造詣は深い。タニア王国にはもともと輪廻転生の思想があるし……。なんかその辺も作用しているんだろう。


 ただ……。


「まだ賊がいるかもしれないところなのに……。シトエンを、か?」

 馬車からおろして連れてきて大丈夫か、と多少不安ではある。


 そのとき、わっと妹の方がさらに声を上げて泣き始めた。

 周囲の騎士たちも一瞬手を止め、気の毒そうな視線を向けている。中には近づき、なにか慰めの言葉をかけている奴もいた。


「……仕方ない。十分な護衛をつけてシトエンをここに。傷を診てもらいたい、と伝えてくれ」


 ため息交じりにラウルに伝える。

 ラウルは頷いて自分の愛馬の手綱を取り、素早くまたがると来た道を駆けて行った。まあ、これでなんとかなるだろう。あとは……。


「おい、この娘たちの連れはどうなっている?」

 近くにいる団員に声をかけて尋ねる。


 たぶん、商売人なのだろうが、ふたりだけで行商に出たわけではあるまい。


 それにしては幌馬車が大きすぎるし、なによりふたりの身なりが良すぎる。明るいところに出て気がついたが、姉の腕には黄金のバックルが。妹の首には翡翠のペンダントがある。


 街に出て商売をしている、というよりは、大勢の使用人を抱えている大店の娘といったところだろう。


 それなのに、ともまわりの使用人が見当たらないのはどういうことだ。賊に襲われてみんな死んだのか?


「それが、近くを探して呼びかけてみたんですが反応はありません。死体も」

 ひょい、と肩を竦める。


「さっさと主人を置いて逃げたか、崖に蹴落とされたか、ですねぇ」

「あるいは、賊と共謀していたか、だ」


 呟き、俺は泣きじゃくる妹の方に近づいた。 


 地面に膝をつき、顔を覗き込むと、小さな悲鳴を上げて横たわる姉にしがみつく。


 傷つかない。

 これぐらいじゃ傷つかないぞ、俺……っ!

 だけどラウル! 早く帰って来てくれ!


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