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4話 盗賊に遭遇

◇◇◇◇


 それから1か月後。

 ルミナス王国から正式な案内状と国内通行許可証が届けられ、俺とシトエン。それから俺の騎士団はタニア王国に向かった。


 タニア王国に向かうには、ルミナス王国を横断する形になるのだが、国境に入ったところで案内の騎士が待機してくれており、宿泊地まで同行してくれるため〝道に迷う〟とか、〝野宿する〟といった予定外のことは今のところ何も起こっていない。


 起こっていないが……。


「はああああああああああ……」

 大ため息をつき、馬上でがっくりと肩を落とす。


「しゃっきりしてくださいよ。王太子殿下からも『行きは公務』って言われたんでしょう?」


 ちらと顔を向けると、馬首を並べているラウルが呆れたようにこっちを見ていた。


「わかっている。わかっているけど……。結婚してこっち、こんなに一緒にいることもないのにさ。〝移動は別〟〝宿泊先の寝室は別〟って」


 ガラガラガラと車輪の音が派手に響く。

 徐々に山道に差し掛かっているから、道路の状態が悪い。シトエンとイートンを乗せた馬車の車輪の音がここまで聞こえてきた。


「公務が終わるまでは、寝室は別にしていろって王太子殿下からしかと申し付けられていますからね。ぼくの目が黒いうちは一緒にはしません」


 ならばこいつを殺してやろうか。


「一緒に馬車に乗ったらどうですか。それなら楽しくお話しながら移動できるでしょう。シトエン妃と」


 ラウルが言い、まるで同意したように奴の黒毛の馬が、ぶふふん、と鼻を鳴らして首を縦に振った。


「団長の愛馬ならぼくが曳いていきますよ」

「馬車は馬車でイートンがずっと喋ってんだよ。うるせえんだよ」


 当初、乗ってはみたものの、思いのほかずっとイートンがシトエンに話しかける。


『まあ、もうルミナスですよ、お嬢様!』、『懐かしいというか……思い出したら腹が立つ風景ですわね』と、ルミナス王国への恨みつらみをずっと吐き出している。


 まぁ、シトエンも思うところはあるのだろう。『辛い思いをさせましたね』とか、『そんなこともありました』と傾聴したり慰めたりするもんだから、イートンのひとり芝居状態だ。


「まぁでも……。王都を出てからこっち、順調でなによりですよ」

 うんうん、とラウルが頷く。俺も「まぁなぁ」と同意した。


 王都からルミナスに入るまで約5日。そこからルミナスの街道をずっと走り続けて5日。


 いま、先頭集団が入っていくのは、峠道だ。

 ここを抜けると、タニア王国の国境は目と鼻の先。


 夕陽が濃い橙色の光で周囲を染めながら、山へ沈んでいるところだ。

 蹄の音を鳴らしながら一行はルミナスの騎士を先頭に進んでいく。


「しかしあれですよね。ルミナスも太っ腹、というか」


 ラウルが先頭へと視線を向けながら肩を竦める。団服の飾緒が馬の動きに合わせて軽やかに揺れていた。


「街道からなにから、こうやって使わせてくれるんですから」

「それぐらい切羽詰まってんだろう。それに」


 俺はラウルとは逆に背後に視線を向けた。


 行列の中ほど。

 そこに馬車はある。騎馬隊に囲まれ、シトエンはそこにいるはずだ。まだイートンがなにか愚痴をいっているのかもしれない。


「なんだかんだ言いながらシトエンは2年間この国で暮らしたんだ。いまさら隠したところで」


 街道や道路は戦時では重要機密だ。

 他国の王族をこうやって堂々と国内に入れ、道路状況やその周辺を見せるのはあまりやりたくないことに違いない。


『道に迷うといけませんから』と、宿泊地まで毎回ルミナス王国の騎士が同行してくれるが、体のいい見張りだ。俺たちが横道をそれて国内を探らないよう気にはしているのだろう。


 だからわざと景気の良い都市部を通ったり、風光明媚な道を使ったりしているのだろうが……。


 それでも、商人たちの顔にはどこか不安の色が滲んでいる。

 小麦はすでに刈り取ったあとのようで、本来であれば収穫祭に向けて華やかな雰囲気があるであろう田園部でもやはり農民たちの顔に影はある。


 それは来るべき冬に対しての警戒なのかもしれない。


「そんなことよりさっさとシトエンに詫びを入れて、国民総出で冬支度をしたいってところじゃないか?」

 俺が言うと、ラウルは皮肉気に笑った。


「身から出た錆びでしょうに」


 それを言ってしまえば身もふたもないし、なんなら俺とシトエンは結婚しなかったのかもしれない。


 婚約破棄。

 さまざまな影響を及ぼしてはいるが……。

 アリオス王太子は、俺にとっては最高の選択をしてくれたわけだ。


「団長!」

 俺とラウルの馬が峠の坂道に蹄を入れたあたりで、前方から単騎、団員が駆けてきた。


「どうした!」

 血相を変えたその様子に、俺より先にラウルが警戒の声を出す。


「この先で商人の荷馬車が賊に襲われています! ルミナスの騎士が追い払おうと立ち向かっていますが……っ。いかがしますか⁉」


「とまれ! 全体、とまれ!」


 ラウルが馬首を巡らせて後方に向かって怒鳴る。どどっと重い馬蹄と音と馬のいななき、車輪が軋む音が響いた。


「いかがするもなにも」


 は、と俺は嗤う。


「冬の辺境でやってることと同じだよ。『賊は退治』。それ以外ねぇだろ?」

 首だけねじって背後を見やり、大声を張った。


「スレイマン班、ミーレイ班は馬車を護衛! それ以外は俺について来い! ルミナスの騎士に後れを取るな!」


 馬に拍車を当てると、意を汲んだように走り出す。

 周囲の騎士たちも抜刀して俺に続いた。


 どうっと木立が並ぶ小石の多い坂道を愛馬で駆けた。


 すぐに道に影が差し始める。

 日が落ちたわけじゃない。木々が濃く覆い茂り、夕陽を遮っているのだ。


 湾曲した道が見えてきた。右手は崖だ。手綱を左に曳き、さらに上へと馬の鼻を向けたころには罵声や怒号、悲鳴が聞こえてきた。


 さらに馬を走らせると、さっきまでの細い道が嘘のように広い場所が出てくる。

 上から来た馬車と下から来た馬車がかわせるようにここだけスペースをとっているのかもしれない。


 だが同時に、そこは薄暗い場所でもあった。

 ひょっとしたらだが、行商を装った盗賊が前から道を塞ぎ、この広場に誘導して襲うことが多発している場所だったのかもしれない。


 いま、そこには2台の幌馬車が互い違いのように止まり、その周辺で戦闘が始まっていた。


 下から降りてきたらしい幌馬車には馬がつながれ、いななきをあげて暴れまわっていたが、今から峠をのぼろうとしていた方の幌馬車には馬がいない。頸木だけが残されており、幌をつけた荷台が上を向いて停車している。


 商人らしき身なりの男たちが大刀を振り回してルミナス王国の騎士を追い払おうとしていたり、顎を上げたようにして停まっている幌に手を伸ばして何かを探ろうとしていた。


「ティドロス王国第三王子のサリュである! 不届き者を成敗いたす!」


 大声を張ると、その場にいた皆が一瞬だけ動きを止める。


 馬上の俺を見た。


 そのうちのひとりと目が合う。

 弾かれたように大刀を振り上げて向かってきた。


 馬上のまま、俺は鞭を持った左手を振り抜く。

 男が大刀を振り下ろすより先に、俺の鞭が男の手首を打った。


「ぎゃあ」と男は悲鳴を上げてのたうつ。


 馬から降りると同時に、鞭を放る。 

 途端に前から別のひげもじゃ男が抜刀して来た。


 しゃがんで一撃を躱し、立ち上がると同時に握った左拳を男の腹に打ち込んだ。拳に男の身体が乗る。ぐ、とさらに一歩踏み込み、前傾姿勢をとった。


 そのまま掛け声と共に腕を振り抜くと、男の身体は呆気なく背後に吹き飛び、仲間と共に地面に倒れ込んだ。


 唖然とばかりに俺を見上げている商人風の男を、隙あり、とばかりに回し蹴りして崖下に落とし、どん、と地面に足をつく。同時に両手をぱん、と打ち鳴らして嗤ってやった。


「さあ、次はどいつだ?」


「ふ……冬熊だ。冬眠できない狂い熊……っ。ティドロスの冬熊……っ!」


 怯えたように叫んだのは。

 ルミナス王国の騎士。

 

 ……えっと……。

 いや、俺とお前、今は仲間だから。大丈夫大丈夫、攻撃しないよ、お前じゃないよ、と思ったのに、目が合った途端「ひぃ!」と叫ばれて剣を構えられた。


 ……見境ない狂い熊じゃないから、俺。


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