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2話 王太子がお呼びでございます

「どうかされました?」

「ど、どうもしませんっ」


 きょとんとした顔で尋ねられて慌てて首を横に振る。その動きが面白かったのか、ふふふふ、とシトエンは口元を隠して笑った。


「笑うとかわいい……っ」


 しまった、心の声が漏れたっ!

 あわわわわ、と盛大に狼狽えていたら、シトエンが目を真ん丸に見開いたまま、耳まで真っ赤になってキルトケットにもぐりこんでしまった。


「ご……ごめんなさい。寝起きで化粧もしてなくて……。みっともない顔でしたよね」


 くぐもった声が聞こえて来たので焦る。

 な、なんでっ! ほめたのに……っ。


 あ、そうか!

 寝起きの顔はそうでもないけど「笑うとかわいい」って意味にとらえたってこと⁉


「ち、ちちちちち、違う、シトエン!」

 よいしょ、とキルトケットをめくって俺ももぐりこむ。


「ひゃあ!」


 キルトケットの中では、シトエンが息を止めて水にもぐりこんだみたいな恰好で丸まっていて。


 俺がいきなり入ってきたからびっくりして声を上げたのだけど、俺は構わずに言い切る。


「言い間違えた! シトエンは笑っても可愛いし、いつでも可愛い‼」

 断言する。


 シトエンはしばらく硬直していたものの、やっぱり頬を桃色に染めたまま今度は照れたように笑った。


「サリュ王子は、いつ見てもカッコいいですよ」


 キルトケットにふたりでもぐりこんでいるからだけじゃなく、体中が熱くなる。


 俺は腕をシトエンに伸ばす。その動きは自分でもイヤになるぐらいぎこちなかったのだけど、シトエンは逃げもイヤな顔もせずに待っていてくれた。


 シトエンの腰を捕らえ、引き寄せる。

 腕に囲うと、久しぶりに彼女の香りがした。甘く、すっきりとした香り。不思議とこの香りは冬の辺境を思い出させる。


 なぜだろう、とさらにシトエンを引き寄せ、その首元に顔を埋める。深く息を吸うと、くすぐったいのかシトエンが少しだけ甘えたような声を漏らした。


「ああ……、そうだ」

 呟く。


 水仙だ。

 あの香りに似ている。


 茎も葉も細いのに、雪を割って冬の終わりを告げる。

 その水仙を見るたび、俺も団員たちも嬉しくなるのだ。『任務明けだ。春は近い』と。


「なんですか?」

 シトエンがわずかに身を離し、俺の顔を覗き込む。


 キルトケットが室内の光を遮っているから、彼女の顔や体の輪郭が淡くとろけている。


「まだ、ただいまを言ってなかった、と思って」

 俺が笑うと、シトエンもほほ笑んだ。


「そうでしたか?」

 そう言ってシトエンはまた俺に少し近づき、額にキスをしてくれる。


 すぐ側には彼女の白い喉がある。気づけば口づけをし、シトエンの腰を抱きしめた。


「あ」


 驚きを含んだ声がシトエンの口から漏れるのを聞きながら、俺は彼女の喉から鎖骨、胸元にキスを落とし続ける。


「あ……、あの……。……っん。サリュ王子」


 戸惑ったような、だけど甘さを含んだ声に、どんどん俺の腕も身体も熱くなる。

 シトエンのナイトウェアの肩口に指をかけ、引き下ろそうとした時。


「おはようございます、坊ちゃま。シトエン奥様」


 コンコンコン、と律義に三回ノックが鳴り、これまた久しぶりに聞く執事長の声が扉越しに聞こえて来た。


「……サリュ王子。執事長ですよ」


 俺が返事をしないからだろう。くすくすとシトエンが俺を呼ぶ。


「おはようございます、坊ちゃま。シトエン奥様」


 更に執事長の声が追い打ちをかけるが、俺はシトエンの胸に顔を押し付けたまま動かない。動くものか! 聞こえないっ。俺は聞こえていないぞ!!!


「お は よ う ご ざ い ま す !」


 だが、一息ごとに発声した執事長が俺を追い詰める。いやだ! 俺は寝室を出ないんだ!


「団長! 起きてください! このあとのすべてが滞るんですからっ!」


 くそ! ラウルまで来てやがった! なんだよ、お前! まずは計算合わせてから来いよ! ……あ。これ夢の話か……。


「サリュ王子、起きましょう、ね?」

 シトエンが笑っている。


「………くそっ」

 つい舌打ちしてキルトケットを跳ね上げる。


「なんだよ! 昨日深夜に帰って来たんだぞ!」

 それでも反撃を試みると、扉越しに執事長が応じた。


「王太子殿下がお呼びでございます。シトエン奥様とともに来るように、とのことでございました」


「王太子が?」

 思わず俺とシトエンは顔を見合わせた。


 俺だけならともかく。

 シトエンも一緒とはどういうことだ?


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