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38話 名誉団員

しょぼん、と肩を落としていたら、ラウルが苦笑しながらおれから離れる。


 代わりにすごい勢いで駆け寄ってきたのはシトエンだ。

 なんとなく抱き着いて来るのかと思いきや。


 彼女は背中に回りこむ。

 伸ばしたおれの腕はどうしたらいいんだ……。


「プロテクターつけてるから、大丈夫だとおもいますよ」


 ラウルは言いながら、持て余したおれの腕をそっと下してくれる。いい奴だ。


「タオル!」


 だけどシトエンはきつい声を発する。ラウルが「持ってない」とばかりに肩を竦めると、驚いたことに、彼女は亀裂の入ったドレスを引きちぎった。タオルの代わりにするらしい。


 そのままおれの背中に回り込み、なんかしているが、うめき声しか聞こえない。


「これ、どうやったら抜けるの!」

 どうやら、ナイフを引き抜こうとしているらしい。


「ラウル」


 おれがそっと声をかけると、心得たとばかりにラウルが背後に回ってくれる。

 そのころには、警備の騎士たちがいろいろやってきて、おっかなびっくりにこちらの様子を窺っていた。


「ちょうどいい。壁を作れ。会場からこっちが見えないように」

 おれが指示をする。


 こんな、新郎が背中にナイフを突き立てていて、新婦がそれにとりついているなんて……。


 どんなナイフ入刀だよ。


「サリュ王子。服のボタン外しててください。ナイフ抜くと同時に、血を押さえるのでっ」


 シトエンが意気込んでるけど……。

 いや、これたぶん、そんなに傷、深くないよ?


 ちらりと視線だけラウルに向ける。ラウルも苦笑いしているが、シトエンに歯向かう気はないらしい。


「はい。ボタンとります」


 おれも大人しく指示に従う。というか、上着より、プロテクター脱ぐ方が面倒くさいな。


「抜きますよ」


 ラウルが言い、なんか背後でシトエンが構えている。血が噴いたら、布で押さえる気らしい。


 がたがたと何回か背中が揺れ、「よいしょ」とラウルが小刀を抜いた。


 それに合わせておれは上着を脱ぐ。

 そのあと、シャツ脱いで、プロテクターを脱いでいると、じれったそうにシトエンが地団太踏んでいるから、めちゃくちゃ焦る。何人かの騎士が見かねて手伝ってくれて、ようやく上半身裸になった。


「……よかった……」

 途端に、ざす、となんか音がするから慌てて振り返る。


 シトエンが地面に座り込み、自分で千切ちぎったドレスの切れ端を握りしめて震えていた。


「そんなに傷、ひどくないでしょう?」


 おれは笑う。


 一応そりゃ、身を挺する限りはこちらもどれぐらいの傷になるかぐらいは想像している。切っ先が二センチ入ったかどうか。痛いのは痛いが、激痛じゃないし、圧迫していれば血も止まるだろう。


 それなのに、シトエンはおれを睨みつけ、手を伸ばして、ばしり、と脚を殴りつけた。


「笑い事じゃない!」

「はい、すいません」


 殊勝な顔で謝る。まあ……。そりゃ、怖かっただろうし。だけどシトエンは許してくれなかった。


「前も言ったでしょう!! わたしを庇うとか、やめて!!」

「いや、だけど。じゃあ、見殺しにしろって? それは無理だ」


 おれは眉を下げる。


「目の前で好きな女が殺されようとしているのに、なにもせずに逃げろって? そんなのできない」

「自分の身は自分で守るし!」


 シトエンが必死になって怒鳴るが。

 なんかこう……。


 場が、微妙な雰囲気になる。

 いや、それは無理だろう、と。


「どうしてできないっておもうのよ!」


 むっ、とシトエンが口を尖らせて立ち上がった。ぽろり、と目に溜まっていた涙が落ち、なんだかすごく勝気な顔になっている。


「うーん……。あの、この国で一番安全なのは団長の側なんですから、そこでずっと守られていたらどうです?」


 ラウルが愛想笑いを浮かべて言うが、ぎり、と睨まれて口を閉じた。すげえ。ひと睨みで黙らせた。


「そうして、わたしの代わりに怪我するんですか、こうやって!? 冗談じゃない」

 シトエンがおれに燃えるような眼を向けて来る。


「わたしのことはわたしがします! もう、こんなことしないって、約束して!」


「じゃあ、シトエンも、おれに約束して」

 おれは腕を組み、小さな彼女と目が合うように腰を屈める。


「約束? どんな、ですか」

 シトエンが眉根を寄せる。


「おれの教える護身術をちゃんと覚える、って」


 そういうと、彼女は、ぱっと顔をほころばせた。


「ええ! ええ、もちろん、覚えます!」

「だけど、おれが『もうこれで大丈夫』って言うまでは、おれの側を離れないで」


「……ん?」

 困惑したように首を傾げる彼女に、おれは口をへの字に曲げた。


「理由はわからんが、どうもシトエンは命を狙われているらしい。加害者があっさりと手を引くとは思えないし……。これからも狙われるだろう。だから、自分で自分の身を守れるんなら、それに越したことはない。だけどね」


 おれは子どもに言い聞かせるように、言葉を和らげる。


「一日ちょっとだけ、おれが護身術を教えたところで、シトエンが護身術を使えるようになるとは思えない。ここにいる騎士たちだって、何年も、何十年も訓練して、いまのこの技術があるんだ。シトエンだってそうだろう? その医療知識って、一夜漬けで手に入れたのか?」


 シトエンはおずおずと首を横に振った。


「だから、おれが『もうシトエンひとりでも大丈夫』ってところまで護身術を教えてやるから。覚えるまでは、おれの手の届くところに居てくれ。安心できないから。わかった?」


 念を押すと、彼女はしぶしぶという風に首を縦に振る。


「ならよかった。では、明日からうちの騎士団の見習い、ってことでみんなよろしく」


 おれは腰を伸ばし、壁を作っている騎士たちに声をかける。途端に、どっと笑いが沸いた。


「あ!! それ、いいんじゃないですか!」

 ラウルが急に大声を上げる。


「なに。どれ」

 おれが尋ねる。


「服ですよ!! 今から参加者のお見送りをするのに……。団長は団服をどうにかしたらいいですけど……。シトエン様は予備のドレスなんてないでしょう? 破っちゃってるし」


 言われて、おれはまじまじとシトエンを見た。

 もう。

 見るも無残。


「彼女も、うちの団服を着ればいいんですよ。嫁入りと同時に、うちの騎士団の名誉団員になった、ってことで!!」


 ラウルの言葉に、「乗った!」と、おれは指を鳴らした。


「誰か、予備の団服もってこい!」

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