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34話 さあ、あのふたりに挨拶に行こう【幕間】

(『シトエン嬢に施された竜紋を、ご覧になったのですか』か……)

 アリオスは意識を『現在』に引き戻し、心中で苦く笑う。


見たことはない。

 だが、アリオスはずっと、気持ち悪い女だと思っていた。思い込んでいた。


 視線を移動させる。

 披露宴の主役のひとりであるシトエン。

 ノースリーブのドレスからすらりと伸びる彼女の腕のどこにも、刺青なんてない。


 大きくひらいたデコルテには、鮮やかなざくろ石が輝くだけで、魚のようなうろこはどこにもみあたらない。


 喉にも、鎖骨にも、背中にも、腕にも。

 どこにも、うろこ模様の刺青などない。


『さくらの花弁はなびらほどの刺青が、ふたつ』

 宰相が言っていた。


 たぶんそれが、本当なのだ。


 ならば。

 自分が信じていたのは、なんだったのか。


「そういえば、あの姫は以前、どこかで婚約破棄になったのではなかったか」

 すぐ近くでそんな声が聞こえ、アリオスはどきり、と身体を硬直させた。


「そんな噂を聞いたことがあるな。正式な婚約はまだだったが……。国は離れたはずだ」


「なにゆえ、あのような美姫びきを」

「さあ。なにか醜聞でもあったのかな」


 ひそひそと聞こえる声。

 数か月前なら、アリオスは聞き流していただろう。


 悪いのはシトエン。


 メイル嬢に意地悪をし、未来の王太子妃であるという自覚を忘れて、公務もせず、屋敷に閉じこもっていた女。


 そんな醜聞のことだろうと思っていたに違いない。

 だが。


「醜聞、か。相手の男が……、ふふ。女好き、とか?」

「くく。そうだろう。女癖がわるく、見限られたのでは? ほら。タニア王は潔癖な方だ。竜紋を持つ娘を授けたのに、ないがしろにされれば……。なあ?」


 もはやアリオスはいたたまれなくなり、呼吸さえできない。


 父はきっと、これを聞かせたかったのだ。

 身をもって恥を知れ、と。


「王太子殿下ぁ」


 舌足らずな声で呼びかけられ、アリオスは我に返った。

 メイルがつまらなそうに口を尖らせ、上目遣いにこちらを見ている。


「誰かカラバン共通語が話せる人はいないんですか? つまらない」

「そうだな」


 アリオスは目を細め、彼女の頭を撫でてやる。


 外国語は不得意らしい。家庭教師をつけても全く上達していない。アリオスは別にそれでもいいと思っているが、宰相や外務大臣などは目を吊り上げて怒っている。


 可哀そうなメイル。わたしが妻に、と望んだばかりに苦労をかける。


 おまけに。


 お前は、どこまでこの醜聞にかかわっているのだろう。


 アリオスは、知りたくない。

 この娘は無垢なのだ、と信じたい。


「殿下。そのままでお聞きください」

 不意に背後から声をかけられた。


 ティドロス語でも、カラバン共通語でもない。


 ルアー語だった。しかも、古語のほうだ。いまでは聖書ぐらいにしか使われていない。


「シトエンを庭に連れ出してください。あとはこちらで」


 言われた通り、アリオスは身体を動かさなかった。ただ、瞳だけ右に移動させる。

 背後にいた人物は、執事の装いをしており、手には銀盆を持っていた。


 だが、あの顔には覚えがある。


(清掃人……)


 ルミナス王国でおもに暗殺を請け負う人間たちだ。

 アリオスは、宰相の言葉を思い出す。


『手は打ってございます』

『我が国のものにないのなら、誰のものにもならないようにすればよろしい』


 あれは、シトエンを暗殺する、ということなのだろうか。

 ごくり、とアリオスが生唾を飲み込むと、隣に居たメイルが不思議そうに首を傾げた。


「さっき、なにか話しかけられたんですか?」

 外国語がわからないメイルはきょとんとしている。


「なんでもない。さあ、そろそろ我々も、あのふたりに挨拶に行こうか」

 アリオスは笑顔を浮かべ、左ひじを彼女に差し出した。


「あのふたりなら、カラバン共通語で話してくれるよ」

「そうですね! シトエンさまは外国語がお得意ですもの。あたしに合わせてくださいますわ」


 満面の笑みを浮かべるメイルを連れ、ゆっくりとアリオスは、サリュとシトエンに近づいて行った。


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