30話 おめでとう、親友。心からの祝福を
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次の日。
晴れ渡る王都でおれとシトエン嬢の結婚式が催された。
聖堂での式は滞りなく終了し、その後、王都を馬車でパレード。
想像以上の国民が祝福に来てくれていて、シトエン嬢は感激してずっと泣きっぱなしだった。
……まあ、最初の婚約の時が最悪だったろうし。
よしよしと頭を撫でているところを、おもいっきり国民にみられて、指笛を吹かれるやら、ひやかされるやら……。
その後、今度は衣装を変えて宮廷内で開催される披露宴に移動したのだが……。
「大丈夫ですか? シトエン嬢、疲れてない?」
つい尋ねてしまう。
男のおれは、なんだかんだ言いながら、衣装を着替えるといっても、簡単なもんだ。せいぜい、ジャケットを変えてフラワーホールの花をシトエン嬢のドレスの色に変えるぐらい。
だけど、彼女の場合、髪型からアクセサリーから、ドレス本体を含め、総ざらえだ。
彼女の着替えとおれの着替え時間はまったく違っていて、おれはその間、水飲んだり、パン喰ったり、王太子にからかわれたり、次兄に母上より泣かれたりして、休憩ができるんだけど。
シトエン嬢は違うもんなぁ、とまじまじと彼女を見た。
場所は、披露宴会場の入り口。
おれとシトエン嬢は、ここで入場する招待客に挨拶をするため、ふたり並んで立たされていた。
今の彼女はクリーム色のドレスを着ていた。靴と髪飾りは紅色で、それはおれのフラワーホールに挿した花と同じ色だ。ざくろ石をつないだネックレスは、タニア王から贈られたものらしく、まあ、これを使うために、ドレスと他の小物を合わせたわけだ。
さっき、タニア王にはご挨拶したが、いたくお気に召したようで、『シトエンに似合うと思っていた』とご機嫌だった。
まあ、彼女は何を着ても似合うんだけどね。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
シトエン嬢が微笑む。
うお……。可愛い。
どうしよう、可愛い。今日からおれの嫁なんだけど、可愛い。
「それより、もう‶嬢〟はいりません」
くつくつと笑われた。ああ、そうだ。つい口癖で。
「えー……。大丈夫? シトエン……嬢」
言い直そうと思ったのに、やっぱりくっつけてしまう。なんか、物足らない気になるんだよなぁ。
「タニア語のときは、普通にシトエン、とおっしゃるのに」
可笑し気に、今度は声をたてて笑うから、こっちは苦笑いだ。
「あれは、敬称がよくわからないからそう言っているだけで……。心の中で‶嬢〟とはつけているんですよ?」
「あら、そうだったんですか」
ふふふ、と嬉しそうに笑っている。
もう、超可愛いんだけど。どうしたらいいでしょう。
「シーン伯爵ご子息、ヴァンデル様」
廊下の奥で呼び声がかかる。おお、客が来る、というか。
……ヴァンデルか……。
しゃっきりしなくてもいいか、と思ったものの、近づいて来るとひとりじゃない。マーダー卿も同じだった。これはいかん。今はこっちも軍服だしな、と、きっちりと起立の姿勢をとる。
ふたりはおれたちの前で足を止め、ちゃんとした礼をする。
「おめでとう、親友。心からの祝福を」
それから、ヴァンデルが嘘臭い笑顔を浮かべ、両腕を広げて近づいてきた。うげー、いやだいやだ、と思いながらも、仕方なくハグをすると。
こいつ、やっぱり頬にキスするから、横っ腹に膝蹴りを打ち付けてやる。
「はは、やめろよ。恥ずかしがり屋だな」
「ふざけると、殺すぞ」
ようやくおれから離れたやつに吐き捨て。
それから、おれはため息が出た。
「お前、会うたびに健康になるな。どんだけ喰わず嫌いだったんだ」
いまや、退廃的な雰囲気を持っていた『吸血伯爵』なんて見る影もない。どこからどう見ても頑強そうで好青年な伯爵の跡取り息子だ。
「令嬢のおかげだ。いや、もう、令嬢じゃあ、ございませんな。シトエン妃。本当に、ありがとうございます」
腹立つことに、シトエン嬢……、じゃない、シトエンには、こいつ、礼儀正しく頭を下げるんだよ。
「ヴァンデル様の努力のたまものでございます」
シトエンがにこにこ応じている。やさしー。なにそれ。
「いや、こいつあれだよ。今まで努力してなかったから、こんなことになってたんだからな」
「これも、運命のひとつだよな。シトエン妃との出会い。結局お前は、まわりまわって、ぼくの運命の男だった、と」
「やめろ、って! それ!」
「このたびはおめでとうございます。王子ご夫妻の幸せを心からお祈り申し上げます」
意味のないじゃれあいをしていたら、マーダー卿が言祝ぎを述べてくれて、おれとヴァンデルは少し反省した。
「ありがとう、マーダー卿。その後、どうですか」
場を仕切り直すつもりで咳払いし、そう尋ねると、彼は深く頷いてくれた。
「現在、居住区の者には定期的に健康をチェックするようにしています。特にカリスを多く食べる者には」
「健康診断ですね。すばらしい」
シトエンが華やいだ声を上げる。マーダー卿は、ぴくぴくと口の端を少しだけ震わせた。どうやら彼なりに照れているらしい。褒められたのが嬉しかったようだ。
「この病に関しては、ミラ皇国も困っているんじゃないかと思ってな。現在、情報提供を行っている」
ヴァンデルがおれとシトエンを交互に見て話をする。
「お人よしだな。情報をただでくれてやるのか?」
おれは唸る。「はは」とヴァンデルが乾いた笑い声をあげた。
「それ相応のものを、ぼくは狙っているよ」
おいおい、なんか目が怖いよ。
「その結果をご報告できるのが楽しみですな」
吸血伯爵とマーダー卿が嬉し気に語り合うのを、おれとシトエン嬢は、ひきつった笑みで見やる。こわいこわい。なんか企んでる、このふたり。
その時、時間を測っていた侍従たちが会場から姿を現し、「どうぞ中へ」とヴァンデルたちに声をかけた。
中ではおれの両親である国王陛下夫妻と、兄である王太子夫妻が接待をしてくれているはずだ。影ながら次兄であり、隣国の王配も。……まあ、この次兄の頑張りが非常にすごいんだが。
「それではまた、後ほど。ああ、シーン伯爵領では、部下が現在祝いの鐘を鳴らしております」
マーダー卿が深々と頭を下げてくれる。おお、なんか嬉しい。おれは、リーゴを思い出した。彼、元気だろうか。嫁さんと仲良くやれよ。
「そうだ。あいつらをさっき見たぞ。つぎ、来るはずだ」
会場内に入りながら、ヴァンデルが言う。
「なに。だれ?」
おれが尋ねると、「アリオス王太子と女」。それだけ言い、意味ありげに笑って会場内に姿を消してしまった。




