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24話 王子特権

「誰かわかるやつはおらんのか」


 おれが途方に暮れていると、ひとりの騎士が妻帯者の騎士をふたり連れて来る。ひとりの騎士は「うちの妻は軽いですからなぁ」と言い、もうひとりの騎士は、顔をしかめた。


「今日一日は無理では? うちの妻、三日は寝込みますよ」

 そういうものか、とおれは一堂に命じた。


「ここで天幕を張る。今日は野宿だ。街道を封鎖しろ。王子命令だ」


 おれは生まれて初めて、王子特権というものを使用した。あの店で使えなかったんだ。ここで使わねばどこで使う。


「天幕だ!」「野営の準備を!」


 騎士たちがそこかしこで声を上げる。

 うん。いきいきしているな。さっきの「ツキノモノとは」というときとはえらい違いだ。


「ラウル! 誰かを今日の宿泊地の領主へ飛ばせ。姫の体調が悪くて動けない。ついては、護衛を数人分けてくれ、と」


「承知」

 ラウルはすぐに手配に向かう。


 いやあ、あいつ、有能だわ。早いとこ嫁、来ないかな、誰か。

 おれはまた馬車に戻る。


 ドアを開け、大きな体を屈めて中に入ると、イートンがシトエン嬢の隣に座り、腰のあたりを撫でてやっていた。本人は脂汗を浮かべている。可哀そうに、よほど痛いのだろう。桃色の唇が引き絞られ、小さく震えている。


「ここで野営をします。もうすぐ天幕を張りますからそっちに移動してもらって……」


 シトエン嬢に小声で話しかけた。


「野営!? 野宿のじゅくってことですか!」

 だが、反応したのはイートンだ。素っ頓狂な声を上げる。


「まあ、有体ありていにいえばそうだが……」

「そんな……っ。そんなところにお嬢様を!」


「だが、宿泊地は遠く、宿は治安が悪い」


 宿と言っていたが、あれは多分 街娼がいしょうが使うやつだ。まさかそんなところに姫君を連れて行くわけにはいくまい。


「野営って……」


 イートンがしつこい。その語尾には、天幕を組み立てる大きな音がかぶさって来る。


「冬場、我々はほぼ屋外で活動している。天幕を張るのも問題ないし、装備はすべてそろっている。警護もぬかりない」

 つい口調がぶっきらぼうになる。


「ですが、屋外に変わりはないのでしょう!?」

「のっぱらで寝るわけじゃない」


 どんなものを想像しているのか知らないが、イートンはやけにこだわる。


「劣悪な環境でお嬢様を……」

「なにが劣悪か」

 つい言葉がとがる。


「イートン、やめて」

 振り絞るようにシトエン嬢が割って入った。


「ご厚意感謝します」


 必死に笑顔を作ろうとするシトエン嬢がいたわしい。

 ぶるり、とその薄い肩が震えるから、おれは飛び跳ねた。


「寒いのですか!?」


 季節的には若干暑さを感じるぐらいだが、貧血だって寒さを感じると聞く。

 おれはよく知らないが、ツキノモノとやらは、身体から血が出て行くわけだろう?

 だとしたら、貧血と一緒で冷えるのではなかろうか。


「おい、なにか布! あと、天幕内に焼石を用意しろ!」


 馬車を飛び出して声を張ると、騎士の一人がよくわからん布を持ってきた。


「これ、なんだ」

「なんかこう、敷布の代わりにするみたいですよ」


 騎士自体もよくわからないものらしい。

 今回、野営の予定はないが、なにがあるかわからない。準備をしておくに越したことはない、と用意していたらしいのだが。


 女連れだから、と装備や食器なんかも、飾り布や可愛らしいモビールなんかも持ってきたのだそうだ。


 知らなかった。部下がシトエン嬢に気を遣っている……。


「じゃあ、これ借りるぞ」

 びろーんと、両手で持って広げてみると、彼女をくるんでも十分な大きさだ。


「はい。どうぞ」

 騎士はあっさりとまた持ち場に戻って行った。


 もうすぐメインの天幕自体は立ち上がるようだ。そこかしこで、ロープを打ち付ける音がする。慣れたもんだ、早い早い。横幕も引き、中に絨毯だのなんだのを敷けばあのイートンも納得するだろう。


 おれはまた馬車に取って返す。


「もう、天幕が立ち上がるので。横になって休めますよ」

「もう!?」

 イートンが目を丸くしている。


「やっぱり、そんな質素で野蛮なところには……」


 窓に貼り付き、必死に確認しようとしているので、この隙に、とシトエン嬢に布を被せ、くるんだ。馬車の中は座席と座席が向かい合い、その間に通路がある。


 おれの体格的に、背を伸ばしてまっすぐ立ち上がることはできない。

だから、通路に両膝立ちになったまま、シトエン嬢を横抱きにした。そのまま膝立ちで扉の方まで後退していたら。


「あ、あ……、あのっ」

 消え入りそうな声でシトエン嬢が声を上げる。


「はい?」


 なんだろう、と視線を下し、腕の中の彼女を見ると、真っ赤になって顔をおれの胸に押し付けている。


「ご、ごめんなさい。汚してしまって……。あの、王子も汚れるかもしれないので……」


 恥じ入る彼女が、なにを言っているのかわからなかった。

 なんだ、ときょろきょろと視線を巡らせ、ああ、なるほど、と気づく。


 馬車の座席。そこに赤い染みがある。

 服を通してツキノモノが漏れ出してしまったのだろう。


「もう少ししたら自分で動けますから。あの……、王子も汚れたら」

「そんなことより、おれはあなたが心配ですよ」


 よいしょ、と馬車を出て、ようやく足を延ばして彼女を抱えなおす。


「こうやって布でくるめば、他人からはわかりません」


 できるだけさりげなく言うと、彼女は真っ赤になったまま頷いた。


「とにかく、もっと早く広いところでゆっくりしてください」

 そう言ってから、歩き出す。


「天幕、入れるか?」

「こちら、問題ないです。寝台を作りましたのでどうぞ」


 騎士が手を上げる。

 もう外側は完璧に出来上がっていた。


「まあ! 大きな……、建物? え、これがテント……?」

 背後でイートンが声を張り上げている。


「イートン! シトエン嬢の荷物を持って早く来い!」


 おれが命じると、彼女は慌てて馬車の裏側に駆け寄り、括りつけている革製鞄にとりついた。



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