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17話 謎の病

◇◇◇◇


 それから三日後のこと。

 シトエン嬢と並んでソファに座っていると、ドアノックに続き、ヴァンデルが壮年の男を伴って入室してきた。


 おれが立ち上がり、続いてシトエン嬢も並ぶ。


「おい。本当に顔色がいいな」


 言いたいことはいろいろあった。

 道中大変だった、とか、とにかく用件はなんだ、おれたちはすぐ帰りたい、とか。また賊が襲ってきてはかなわん、とか。


 だけど。

 ヴァンデルの姿を見て、口をついて出たのはそれだった。


 並んでいる男がまた、よく日に焼けて浅黒いからだろうか。

 ヴァンデルの血色の良い肌が際立っている。


 それだけじゃなく、髪の色つやもいい。体格自体は変わっていないのに、全体的に雰囲気が明るくなった。以前は、『吸血伯爵』の名にふさわしい退廃的な雰囲気をまとっていたのに、今ではこざっぱりとした好青年だ。もう少ししたら『健康伯爵』になるだろう。


「そうなんだ。身体が軽い」


 ヴァンデルはシトエン嬢の前まで進む。

 片膝をつき、恭しく彼女の手の甲にキスを落とすと、ゆるりと笑った。


「すべてあなたのおかげですよ。なんだか新しい身体を手に入れたようだ」


「ヴァンデル様の努力のたまものです。ひょっとして、好き嫌いをなくされたのでは?」


 シトエン嬢がにこりと笑う。ヴァンデルは立ち上がり、肩を竦めた。まるでいたずらがばれたような顔をしている。


「腕の良いコックを雇ったのです。それで、調理に工夫を」

「こどもか」


 おれが呆れると、じろりと睨まれた。


「お前みたいな莫迦ばか舌じゃない。素材の味に敏感なんだ」


 はいはい、とおざなりに返事をすると、やつはひとつ鼻を鳴らす。おれはそんな奴をひと睨みし、腕を組んだ。


「申し訳ないが、さっさと用件を言ってくれ。なんだかきな臭くなってきたから、早く王都に戻りたい」


 率直に言うと、シトエン嬢が「王子」とたしなめる。

 だけど、いくら彼女の頼みと言えど、これは譲れない。


 桃のソフトカクテルぐらいなら、まだ間違いで済んだかもしれない。執事が姿を消したのも、単純にあの腰抜けイートンが見間違っていたのかもしれない。


 だが、カフェで襲い掛かってきたのは、偶然で済まされない。

 あのウェイターは結局自死し、何も語らなかったという。


 宿泊先の領主の夜会や食事会はすべてキャンセルしたかったが、シトエン嬢が頑なにそれを拒否した。


 関係性が悪くなるし、大事おおごとにしたくない、という。

 確かに、「宿は貸せ、その代わり誰にも会わん」というのは高慢であり、外聞が悪すぎる。


 そこで、入場者はおれの騎士団が確実にチェックをし、一切の武器携帯を認めなかった。

 訝る貴族連中には、おれが「可愛い嫁に何かあっては大変」と言うと、みな、苦笑しながらも許してくれた。


 愛しい妻を思う夫の暴走。

 そんな噂の方が、まだ可愛げがあるというものだ。


 警護もかねてだが、とにかくおれがシトエン嬢から離れない姿を見て、貴族たちは目を細め、口々に言う。


 陛下も妃殿下を大層大切になさっておりますからな、と。

 おれは父親似だから、余計にそうなのだろう、と勝手に納得してくれた。


 なんとか三日、そうやってやり過ごし、ようやくヴァンデルの伯爵領にやってきたのだ。


「ラウルから聞いた。なんだか変な雲行きだな」


 ヴァンデルが眉根を寄せる。

 ラウルから直接聞いたということは、まだシトエン嬢が襲われたということは噂にも昇っていないのだろう。ほっとした。


「申し訳ない。本来であれば屋敷でゆっくりしてもらってから、本題に入ろうと思ったが……。何かあってはぼくの手に負えん。こちらも、前置き無しにしよう」


 そう言って、ヴァンデルは隣に無言で待機している男を紹介した。


「マーダー卿だ」

「初めまして、殿下。妃殿下」


 正確にはまだシトエン嬢は妃殿下ではないのだが、マーダー卿は最大限の敬意を払ってシトエン嬢にも礼をしてくれた。


「座ろうか」 


 ヴァンデルに促され、おれとシトエン嬢。ヴァンデルとマーダー卿に別れて座る。

 見計らったように執事がお茶をサーブして立ち去るのを確認し、ヴァンデルは口を開いた。


「うちは、ご存じのように隣国ミラ皇国とのさかいに領を持つ。だからまあ、王都では、あまりみかけない身分の者がいるわけだ」


 背もたれに上半身を預け、ヴァンデルは言う。シトエン嬢が不思議そうに首を傾げたが、おれは奴が言わんとすることになんとなく気づいた。


「ああ、亡命者か」


 理由があり、他国からうちに移住してくる者がいる。まあ、正規の手続きを踏んでくれれば問題はないんだが。


「わたしもミラ皇国からの亡命者です。ヴァンデル様のお口添えと、陛下のお許しを得て、そのまま男爵を名乗らせていただいております」


 どうりで、顔立ちがどことなく異国風だと思った。おまけに、名ばかり貴族じゃないのだろう。上半身だけではなく背中の筋肉もすごい。


 へえ、異国の騎士か、となんだか珍獣を見た気分だが、あっちはあっちで、おれのことを、ちらちら見て来る。『ティドロスの冬熊かあ』と言った感じだろう。まあ、おあいこだ。


「マーダー卿には亡命者の居住区管理も任せているんだが」

 ティーカップを持ち上げ、口に含んだら、ヴァンデルが声を潜める。


「最近そこで、謎の病が発生してな」



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