34話 大丈夫だ、ロゼ! モネもシトエンも俺が守ってやる!
ロゼの訴えを最後まで聞かずに、俺はロゼの腕をつかんで走り出した。
「どこにいる⁉」
ばさりと天幕をめくって外に出た。
まだ日があるはずなのに、領主館から噴き出す煙で視界が悪い。その中を影絵のように幾人もの騎士や使用人たちが動いていた。
「病人に仕立て上げて担架に乗せた! それを清掃人たちが運んでる! お姉ちゃんもその中にいる! あっち方向に行くはず!」
「手引きしたんじゃないだろうな!」
ラウルが背後から怒鳴る。
「してない! お姉ちゃん、脅されてる! あ、あたしを……! あたしの存在を死んだままにしたかったから、逆らえてない!」
そうだ。こいつらは死んだことになっている。
ということは清掃人だってモネの存在に気づいて驚いているぐらいだろう。モネも生存の事実を自分でとどめたいはずだ。自分の命に代えてでも。
「おねいちゃん……」
しぼりだすような泣き声。
走りながらも隣を見た。ロゼは嗚咽を漏らし、涙で顔をぐちゃくちゃにしながら必死で走っている。
「大丈夫だ、ロゼ! モネもシトエンも俺が守ってやる!」
あいつの頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと撫でてやる。ロゼが顔を上げて俺を見上げる。だから盛大に笑ってやった。
「だからもう泣くな。な?」
「……うん」
ロゼはぐすりと洟をすすると、丸めた手でごしごしと目をこすった。おかげでもう……顔が迷彩模様だよ。ハンカチでも渡してやろうかと思ったら、ロゼが決然とした顔で俺に告げた。
「あたし、上から見てシトエンさまとお姉ちゃんを探す!」
「「う、上?」」
なんとなくラウルと声がそろう。
ロゼはそんな俺たちに構うことなく、たたっと向きを変えて走り出す。
そして庭木のひとつにとりつくと、あっという間に上の方まで昇る。
あっけにとられている俺たちの前で、太めの枝を両手でつかんでぶらさがると、数度前後に身体を揺らした。そして勢いよく飛び出す。
「ひぃ!」
「ロゼ!」
青い顔の俺達とは逆に、ロゼは次々と木を渡って進んでいく。
「猿ですね……」
「モモンガかもしれん」
ラウルと俺はロゼを追って走る。
樹上移動のほうが断然早いようだ。俺の隣を必死に走っていた時とはまるで動きが違う。
「あそこ!」
ロゼが急に声を張る。
俺は前を見た。
ぼんやりと。
薄靄の向こうに確かに男たちが担架を運んでいるのが見えた。
俺は速度を上げる。いる。あれだ。あそこにシトエンがいる! シトエンの匂いがする!
きらりと視界の隅でなにかが光る。
途端に、担架が傾いて片方の男たち数人が転倒した。
「お姉ちゃん!」
ロゼが叫ぶ。あいつがナイフを投げたのか!
「お姉ちゃん! シトエンさまを!」
「あとは任せろ、ロゼ!」
頭上に告げ、走る。目を凝らす。神経を集中させる。
いた!
傾いた担架から布にくるまれたなにかが動いている。あれがそうだ!
ぷはっと息をするように顔が出る! やっぱりシトエンだ!!!
だがすぐにその小柄な身体を見知らぬ男が担ぎ上げる。
ブチン、と頭の中で何かが切れる音がした。たぶん、理性だとかリミッターだとか。そんなものだったと思う。
思うが。
なにより感じたのは怒りだ。
うちのシトエンになにしやがる!!!!!!!
汚ぇ手でさわんじゃねええええええ!!!!!
この怪力の俺が、毎日どんだけ慎重にシトエンにふれていると思ってんだ!!!! どんだけ清潔に気を遣ってるのか知ってんのか、お前ら!!!!!
ってかさっき落とした時に怪我させてねぇだろうな!?!?!?
俺の大事な嫁を粗末に扱いおって…………!
許せん許せん許せん許せん許せん!!!!!!!
それらが頭の中でない交ぜになって……。
気づけば咆哮として喉をほとばしる。
「だ、団長! クマ化が……!」
「うるせぇ、ラウル!!!!!」
怒鳴りつけた語尾に。
聞き間違えようもない澄んだ声が混じった。
「サリュ王子!」
シトエンだ!!!!!!!
カッと見開いた俺の目に、シトエンの顔がズームアップされる。
瞳が……潤んでいる。
紫水晶みたいな瞳が濡れている。
それすなわち……!!!
泣 い て い る !!!!!!!!
シトエンが泣いている!!!!!!!!
シトエンを、あいつらが泣かせた!!!!!!!
「貴様らぁあああああああああああああああ!」
しゅん、と鞘から剣が走り出る。あまりの加速に刃が抜き出る瞬間、火花が散った。
「貴様ら、まとめて斬首だ!!!!!!」
怒声は風圧を伴って、賊の身体にのしかかる。
一瞬、動きを止めたものの、シトエンを担ぎ上げた男の反応は早い。
すぐに俺に背を向けて走り出す。
それに触発されてほかの男たちも隠し持っていたナイフを手に持ち、俺を迎え打とうと構えるが。
邪魔だあああああああああ!!!!!
一番に飛び出してきた男を袈裟かけに切り伏せ、蹴り飛ばす。
その後ろからとびかかってきた男を左にかわし、右足を軸足にして蹴りを叩きこむ。体勢が崩れ、前のめりになるところを一刀に切り伏せる。
次の男はひるんだ。動きを止めた。だから迷わず間合いに飛び込み、突きを放つ。
剣を引き抜くために男を蹴りつけた。血しぶきがあがるのを右によけ、足を前に出す。
シトエンを担いだ男はすぐそこだ。
10歩先……!
いや、もう少しかっ!
足を速めたとき、俺の右耳すぐをなにかがかすめた。チリっと火にあぶられたような痛みがみみたぶに走る。
「がはっ!」
シトエンを担いだ男の背にナイフが突き立ち、男はよろめいた。
ロゼか⁉ いや、持ち手がついたナイフだからモネか!
よくやった! が、明らかにお前、俺も狙っただろ!!!! 耳、ちょっとだけ斬れたぞ⁉
「シトエン!」
「サリュ王子!」
男の速度が明らかに落ちた。シトエンの名を呼ぶと、潤んだ声が聞こえる! とっさにまた頭に血が上る! こいつら……! 泣かせやがって……!
「すぐに……」
助けるから! そう続けようとした俺の声は、勢いよく近づく蹄の音につぶされた。
薄靄の中、いきなり現れたのは騎乗の男。
騎士じゃないのはその服装からわかる。ひょっとして執事かなにかに変装して紛れ込んでいたのだろうか。上着こそ着ていないが、サスペンダーでつるしたズボンは執事のそれだ。
「いやあもう、ほんと」
馬上の男はあきれたように笑う。
声、というより……男の瞳に既視感があった。
虎目石に似た瞳。
平凡な。どちらかといえばどこにでもいそうな風貌のこの男なのに、やけに特徴的なこの目。
「ジル修道士……というか、清掃人の頭領か?」
俺は手首を振って剣の血を飛ばした。
「そうそう。ってかねぇ、君。冬熊通り越して、まるで悪魔だねぇ」
言いながら男は手綱を操ってシトエンを担ぐ男に近づく。
「黙れ、この野郎」
「おお、こわ。じゃあね」
頭領はシトエンだけをつかみ取る。
「おい!!!!」
怒鳴るが、頭領はシトエンを前鞍に乗せて馬首を巡らした。
そのまま馬を走らせた。
チカチカと光るものがそのあとを追う。ロゼがナイフを投げているが届いていないのだろう。
「ラウル、馬!!!!!!」
「すぐに!」




