33話 ロゼの訴え
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野戦病院と化した別館を出て、俺が案内されたのは屋外のテントだ。
団員が言うには、領主館は半倒壊、別館は治療が必要な人間で占拠されているため、庭しか打ち合わせに使えない、とのことだ。
相変わらずうちの団はどこに行くにも野営用のテントを持参している。まあ、こういう時に役に立つからいいんだが……。野営訓練しすぎかな。こんな王子付きの騎士団、みたことないぞ。
ばさりと天幕をめくって中に入ると、ミーレイと打ち合わせをしていたラウルが目礼をした。
「じゃあ、自分は馬車の側で待機を」
ミーレイが俺にぺこりと頭を下げて出て行った。バサバサと天幕が動くたび、薄く靄がかった空気が移動する。爆発が起こった時よりマシだが……まだ視界は悪いし、盛大に焚火をしたあとのようなにおいが充満していてなんともいえない。
「シトエン妃の準備ができ次第、いつでも出発可能です」
ラウルが淡々とした声で言う。こういう時のこいつって、怒っているんだよなぁ。
外見上は普通を装いながら、ラウルに近づく。
そばには折り畳み式のテーブルがあり、地図が広げられている。この領から王都まで続く簡易版のものだ。ルートを決めあぐねていたのか、いろんな道順がそこには書き込まれていた。
そしてもう一枚。なんだかずらりと武器の名前が記され、隣に数字が書き込まれている。そしてその数字の隣には「+」マークがあり、また数字が書き加えられていたりした。
「これはうちが持っている在庫一覧。そこに、この領主屋敷で稼働可能な武器を加えています」
「どうりで。大砲とか投石機まであるはずだ。ってか、うちも持ってきてるのか、投石機」
「簡易的なやつですよ? 城攻めで使うやつじゃなくて、敵の隊列崩すやつです」
……なんかあれだよな。やっぱり俺が野営しすぎてうち、騎士団じゃなくなりつつあるような気がしてきた。
「移動中、敵襲があればこれらの武器で対応します」
「うむ」
「うちも移動には大砲ぐらい常備しますか?」
「いやあ……火薬がなぁ……。もう少し扱いやすけりゃいいんだけど」
ちょっと当たっただけでボカンと爆発されちゃたまらん。
「ですね。火薬については王妃様があらたに開発中とうかがっています」
「母上が⁉」
「最近もずっとなにやら火薬についてお調べになっておられるとか」
いずれうちの団で実験しそうでかなわんな……。
「で、さっき先発隊の近衛小隊から連絡がありました。アレイ地区にある王妃様の別荘が使用可能のようです。探索も終了した、と」
「アレイ地区なら王都との中間だし、いいな」
「ええ。今 か ら 出 発 す れ ば 日没前に別荘に入れます」
相変わらず口調は変えないが、「今から出発すれば」というところだけ、スタッカートでもついているように強調された。
「……約束の……2時間までまだ30分ほど、あるよな? ……はい、ごめんなさいっ」
なんとなく下手に出て見たが、鋭い視線を浴びせられて意味もなく謝った。
「団長とシトエン妃が、これ以上迷惑はかけられないというから、こっちは必死に策を練っているんですよ⁉」
イライラ度マックスのご様子で一喝された。ごもっともな内容なので身を小さくしているしかない。
「だいたい、団長は腐っても王子なんですから! 王子特権を使ってここに居座ってもいいんですからね⁉」
「それは無理だろう。これ以上、迷惑はかけられん」
きっぱりと首を横に振って見せる。しばらくそんな俺をラウルは見ていたが、最終的には大ため息をついて腕を組んだ。
「まあ……ここにいたとて、館はあんな状態。別館はけが人だらけ。守りもなにもあったもんじゃないですからね。移動して仕切りなおすというのも、ありかもしれません」
「ありがとう」
「だけど、日没までに別荘に入る! これは保安上の問題から絶対に譲れませんからね!」
「わかっている! それはわかっている!」
夜間の危険性はわかっている。清掃人、ルミナス王国との国境で襲ってきたことがあるが、あれも夜だった。かなりの人数だったのに、近づかれるまでまるでわからなかったし、あのときはモネとロゼの助言があったから返り討ちも可能だった。
「だが、予定通りあと30分は待ってやってくれ。シトエンのことだから、絶対に時間通りには終える」
シトエンは「2時間ください」と言っていた。
トリアージと言うものをするのだ、と。
どうやらそれは患者を選別するらしい。俺も間近で見ていたが、なるほどこれは効率がいいと思った。
グランデ医師がちょっともたついているが……まあ、それもマーロウ医師が来るまでの辛抱だ。彼はいま、診療所からありったけの医薬品を持ってこっちに向かっている最中らしい。
「まったく団長はシトエン妃に甘いんだから……」
「お前も嫁をもらったらこうなるって」
「なりません。ぼくの家は代々亭主関白です。びしーっと言ってやりますよ」
「うちだってお前、父上は亭主関白だぞ?」
「亭主関白って。陛下の場合、見た目だけじゃないですか」
「なんだよ、その見た目だけ亭主関白って」
「なんだかんだ王妃様に甘い」
「………まあ、激甘……だよな」
「陛下があんなんだから、団長もこんなんなんです」
「お前、一国の王を、あんなんって……」
「あ。それからダミーの馬車を用意しています。一台にはシトエン妃とイートンに乗ってもらいますが、もう一台は、変装させたモネとロゼを乗せる予定です。いま、ロゼがメイドに扮装して治療室に紛れ込んでいますから、ちょうどいいでしょう」
「わかった」
うちの団員を女装させたところで……バレバレだろうからな。
あの姉妹ならうってつけだ。敵襲にあったとしても撃退するか……最悪、自分の身ぐらいは守れるだろう。
「甘いといえば、団長はあの姉妹にも甘いですからねぇ」
ため息交じりに言われる。
「そうか?」
「そうですよ。情報提供してくれたとはいえ、もともとは清掃人の一味ですよ? 実はうちの情報を流している、なんてこともあるんですからね?」
「ないない、そんなもん」
今度は俺があきれて笑う。
「あいつらがシトエンを裏切るかよ」
いろんな思惑やしがらみによって、一度はシトエン暗殺に加担したが……。
いまじゃ、シトエンの飼い猫みたいなもんだ。
「シトエンの聖性はすごいよな……。元暗殺者の心まで浄化するんだから」
「さようですか」
「なんだよ、その淡々とした言い方!」
「別に」
「お前も早く嫁をもらえ!」
「誰のせいで行き遅れたと思っているんですか!」
カッと怒鳴られる。ぐ……。それを言われると言い返せない。すまん、ラウル……。
思わず口ごもったとき、ばさりと扉布が勢いよく開いた。
ラウルが剣を構え、俺も臨戦態勢をとるが。
「助けて、サリュ王子!」
泣きながら飛び込んできたのは、メイド。
……え、誰だこれ。
「ひょっとしてロゼかい?」
「ロゼ⁉ あ、そうか! 変装してるんだったか⁉」
戸惑う俺に、ロゼが抱きついてきた。「こらっ!」とラウルが叱るが、気にもせずにロゼは顔を上げて俺に訴えた。
「シトエンさまが誘拐される! お姉ちゃんがいまついて行ってるけど、このままじゃ殺されちゃう!」
「シトエン妃が誘拐⁉」
ラウルが目を剥く。
焼け出されたメイドに変装しているのだろう。顔を汚しているのだが、涙で煤を洗い流さんばかりにロゼは泣いている。
「シトエンさまとお姉ちゃんを助けて!」




