30話 襲撃
その反応にグランデがまたおびえ始める。
「え? あ、あの……なにか?」
「いや……。すまん、助かった。いい情報だ。助かる。ちょっとほかにもいろいろ聞きたいから、別室で待機してもらっててもいいか? 領主、いいか?」
「それはもちろん……」
「なら、隣で待機しててくれ」
「はあ……。わかりました」
なんだか消化不良のような顔でグランデが出て行く。直後に隣の部屋のドアが開閉したので、おとなしく待機してくれるようでほっとした。
「モネ、ロゼ。いまから絶対シトエンから離れるな。いいか、なにがあっても、どこにいても、だ」
「わかってるわ」
モネが神妙にうなずいた。ラウルがなにか言ったのかもしれないが、察しがいい。
「このまま帰るの?」
ててて、と駆け寄ったロゼがいぶかしそうに俺を見上げるから首を横に振る。
「領主の厚意で朝方出発することにした」
「だよね。危ないよ、夜に移動するのは」
「相手は察しがついているの?」
モネが腕を組んで尋ねる。メイド服姿なら、あのでっかい胸がむにゅっとなるのだが、男装姿の時は、ほんと、どこに収納したんだって感じだ。
「……たぶん」
そう答えると鼻で笑われた。相変わらず腹立つやつだ。
「裏付けもないのに犯人扱いできんだろう」
「でも相手が誰かもわからないのなら警戒のしようがないわ。目星がついているのなら教えてほしい」
「情報は共有しないと意味ないんだよ」
モネにはきっぱりと言われ、ロゼにまでぷんすかした様子でなじられる。
でも。……それも、そうだよな。
全方位的に警戒しろって言っても無理が出てくるのは確かだ。
「その……大変言いにくいのですが」
シトエンが上目遣いになりながらも、一同を見回した。
「今回の騒動で、わたしはたぶんおびき出されたと思うのです。そして、それに合わせてこの場に都合よく現れ、そして現在消えた人たちがいます」
「修道士たち、ですか」
領主がすっとんきょうな声を上げる。そのあと、まさかと笑い飛ばそうとしたが、俺の顔を見て顔をひきつらせた。
「……え。サリュ王子もそのようにお考えで?」
「領主の言う通り、身元は確かだ。そういう修道士は登録されていて、実在が確認されている。だが……セゾン派だろう?」
顔と名前が一致しているかどうかなど正直わからん。放浪中に亡くなり、そいつらの衣服を剥いでなりすますなど、簡単だろう。
「いや……ですが、診療所ではあんなに甲斐甲斐しく働いてくださっているのに! ヒ素など混入させますか?」
「放火する奴って、消火活動に参加するのよね。一番近くで燃えさかる炎がみたいから」
さらっとモネが恐ろしいことを言う。
だが一理ある。
自分たちが引き起こしたことを一番間近で確認できるのは診療所だ。
そして、シトエンと接触できるのも診療所。
「ジル修道士」
ついつぶやきが口から洩れた。隣でシトエンがハッとした顔を俺に向ける。
なにか言うわけではないが、思っていることは俺と同じことのようだ。
「私たちは診療所の中にまで入らなかったからあれだけど。そのジルとかいう男があやしいの?」
「どんなやつ?」・
モネとロゼに尋ねられ、俺はうなる。
「油断していたとはいえ、背後にいるのに気づかなかった」
モネとロゼが黙る。
意外だ。
こいつらなら、「どうせぼーっとしてたんでしょ」「サリュ王子ならあたしも背後とれるし」ぐらい言うと思ったのに。
「絶対、そいつでしょ。は? なんで断定しないわけ」
「あきらかじゃん! そいつじゃん!」
……うん。やっぱりこいつらだ……。
「どんなやつって……。修道服着てて」
「当たり前でしょ」
「そんなの子どもだって言えるし!」
「ぐ……っ」
「いやあの、モネさん、ロゼちゃん! 感染症かもしれないということで、マスクと頭巾をされていたので……。目しか、見えないんです」
慌ててシトエンが割って入ってくれる。ありがとうシトエン。……というか、最初っからそう言えばよかったんだよな……。
「うまいこと考えたわね。修道士で、感染予防のためといってマスクと頭巾かぶれば顔はまったく見えないわけだから」
「ってかさ。そんな風にするって、隠さないといけないってことじゃん?」
ロゼの言葉に、ん?となる。
「……そうか。見られたらまずいから隠している、とも……とれるな」
「ってことは、知ってる顔なんだよ、サリュ王子もシトエンさまも」
ロゼの声が端緒となって脳裏にひらめいたのは。
あの白煙の中の男。
宰相を刺し、シトエンを奪おうとしたあの男。
清掃人の頭領。
知らずにシトエンと目が合った。
彼女も緊張した面持ちでうなずいてくれる。
「知り合い?」
モネが短く問う。
「たぶん、あいつだ。お前たちの頭」
途端にモネとロゼに緊張が走る。
つまりはこのふたりの元雇い主であり、実父でもある。
「こっちが警戒しはじめたことに気づいているでしょうね」
モネが凍てつく視線を向けた。俺は舌打ちした。
「そうだな」
「だったらまずいわ。すぐに行動を起こしてくる。せっかく守りの堅い王城から連れ出したのに、引っ込まれたら大事だもの」
「え。じゃあすぐにでも出発したほうがいいの、お姉ちゃん」
「いえ。夜は危険。完全にあっちの領域だわ。ここはやはり守りを固めているほうがいい」
モネの提案に俺も完全同意だ。
「攻撃か守備かといえば守備のほうが断然失敗しにくい。近衛小隊もいるし、領主の騎士団も……」
「ええ。全面的に支援を……というか、増強しましょう」
俺たちの会話で状況が切迫していることには気づいてくれたらしい。
領主は顔を青くし、くるりと俺たちに背を向けた。
「すぐに騎士団長に連絡をして」
増員を、と言った領主の声は、とんでもない轟音にかき消された。
空気自体が塊になって揺れ、窓ガラスが振動で壁ごと震えた。
とっさにシトエンを抱いて床に伏せる。
さすがというかなんというか。
モネとロゼは完全に防爆体勢で床に伏せていた。
「な、なななななな……」
轟音の余韻が残る中、領主だけがその場にへたりこむ。
「なにが⁉ だ、誰か!」
人を呼ぼうとした領主の腕を捕まえてとどめる。
「出るな! 爆破されたのがどこかわかるまでは、ここにいて状況確認を!」
領主や俺たちがここにいることはみんな知っている。
むこうがこっちに来るまでじっとしているほうがいい。
「おびき出すためのものかもしれん。じっとしてろ」
言うと、領主は小刻みに頷いた。
「モネ、ロゼ」
「わかってる」
「シトエンさま。こっち」
ふたりが俺の腕の中からシトエンを引き取ってくれた。
離れる直前、シトエンが一瞬俺に手を伸ばしかけたけど、自分で自分を抱きしめるようにしてモネとロゼに身を寄せる。
俺は再び床に座り込んでしまった領主を引き起こし、椅子に座らせた。
「あの黒煙……領主館のほうだ……」
かすれた声で領主が言う。
彼が見ているのは室内の窓。
そこからは庭と。アンナが酔っ払っていた東屋。
それから本館へと続くアプローチが見える。
その奥。
本館から膨大でどす黒い煙が上がっている。




