28話 これからの対応
俺だけじゃない。
誰もがぽかんとシトエンを見た。シトエンだけが悲痛な顔をしている。
「ええ……。だから……わたしが来たらヒ素混入も止まり、その結果患者が発生しなくなったのではないか、と」
いぶかし気な顔をしたラウルだったが、「あ!」といきなり声を上げた。
「シトエン妃を誘いだすためにヒ素を混入し続けたってことですか⁉」
「シトエンを誘いだす? なんでそれがヒ素混入と」
言いかけて俺も気づく。
そうだ。
手に負えない感染症まがいの病が発生した。
これが辺境ならば俺たちはまだ静観していたに違いない。シーン伯爵領の件は例外みたいなもんだ。
だが、王都近郊となると話は別だ。
なんらかの病が王都に、いや王城に入り込み、父上や王太子が病に倒れたら政権が揺らぐ。
早期に対応せねばならない。
そうなれば。
王城の中で深く深く守っていたシトエンを出すんじゃないか。
誰かがそう考えた、ということか?
いや、誰か、ではない。
「清掃人、か」
唸りに似た声が出る。ついでに牙を剥きそうになった。
あいつら……!
やっぱり性懲りもなくシトエンを狙っている!
「ど、どういうことですか⁉ シトエン妃をおびき出すため⁉」
領主が話についていけずにうろたえる。ラウルが近づき、領主の耳元でなにごとか囁いた。それで納得したのか、青い顔のまま領主は口を閉じる。
「本当に……その……わたしのせいで……」
俺の隣でシトエンが肩を小さくして頭を下げる。ラウルが慌てて制した。
「シトエン妃。まだ正式にそうだというわけではないのですから」
……だが、十中八九その可能性が高い。ラウルに言われてもシトエンはしばらく顔を上げようとしなかった。
「いずれそのことについては陛下と共に説明をしようと思う。なんの詫びにもならんと思うが、俺としてはなんらかの形で償いをさせてくれ。残された家族がいるのであれば、困らないように匿名とはなるが、援助を申し出たい」
そう伝えると、領主はゆるく首を横に振ったものの、閉じられた唇は震えている。
俺が領主の立場でも、納得はできない。
自分たちとは直接関係のないところで、とばっちりを受けた。
そう罵られても仕方ないぐらいだ。
「ではこの案件がシトエン妃を王都からおびき出す手はずだったと前提して、今後のことを話合いましょう」
ラウルが話の方向性を変えた。
確かにその方が建設的ではある。
「どうします? このまますぐに王都に向けて出立しますか?」
「いや、いくら近領とはいえ、移動には半日以上かかる。いまから出発したら王都に到着するのは……」
「夜通し馬車を走らせることになったとしても、到着は早朝になるでしょう。おまけに今夜は新月。一番夜が暗くなります」
気持ちを切り替えてくれたのか、領主が提案してくれた。
「ここにはまだ近衛がいます。この別館で朝を待ち、明るくなってから移動されるほうがよいかと」
「ならばダミーを先に出しますか? シトエン妃と団長が秘密裏に出立したように」
「いや、手勢は少しでも置いておく方がいい。領主の言う通り、別館で朝を待とう」
「承知しました。では、早速班長を集めて会議を行いましょう」
「よろしく頼む」
出て行こうとするラウルの背中に声をかける。
「モネとロゼをここに。以降、シトエン張り付きにする。ふたりが来次第、俺も会議に参加する」
「承知」
ラウルは言うと、部屋を出て行った。
シトエンにちらりと視線を向けると、完全にうなだれてしまっている。
暗殺者にまだ狙われているから、というより、自分のせいで甚大な被害を起こしてしまったと罪の意識にとらわれているように見える。
「シトエン、その……」
気にするなというのも変だし……と言葉を選んでいたら、ことり、と物音がした。
見ると領主だ。
椅子から立ち上がり、シトエンの前でひざまずく。
「一番悪いのは、ヒ素を混入させたやつらです。シトエン妃ではありません」
「ですが……」
「シトエン妃はその使命感に燃えて原因不明の病の中に飛び込んできてくださりました。では私も領主としての務めを果たさねば。必ずや犯人を捕まえ、領民の恨みを晴らしたく思います」
きっぱりと言うその姿に、俺はほれぼれとさえした。
しっかりした男だ。
領主としての立場もわかっているし、シトエンの立場というものも理解してくれている。




