27話 わたし、ではないかと……
別館に到着すると、すぐに俺はブランベルト領主を呼び出した。
館内で事務仕事をしていたらしい彼はすぐに来てくれて、シトエン、ラウルとブランベルト領主とで緊急会議を行うことになった。
「鉱毒のことですよね。でしたらこちらからも報告を」
領主は脇にいくつもの巻いた紙を挟んでいて、机の上に次々と広げる。どうやらこの報告をするために館内に残って作業をしていたようだ。
俺たちに椅子を進めると、自分は立ったまま説明を始めた。
「新たに人を派遣し、鉱山を調査しました。やはり土砂からの毒が水域を穢している事実はありません。また、こことここ、ですね。新たに湧水を発見しましたが、生物がいる気配がありません。鉱山夫には『指定した水脈の水を飲むように』と言っていますが、時折、近場だからと口にする者がいるのですが……。周囲の草の状況から、誰も立ちいった様子がないと断定できます」
熱のこもった視線をと口調に、俺だけではなくシトエンもうなずく。
この領は鉱山物質で利益を得ている。
領内の村になんらかの被害が出て、採掘中止にでもなれば、大打撃だ。いや、大打撃などという言葉では済まされない。
「シトエンは、今回の事件、鉱毒ではないと考えているようだ。もちろん、俺もそう思う」
伝えると、領主はポカンと俺とシトエンを交互に見、それから盛大に息を吐いた。
そのまま机にすがりつくようにしてうつぶせにもたれかかってしまう。
「おい、大丈夫か」
俺が手を貸そうとしたら、苦笑いしながら首を横に振る。顔を机にくっつけているから、まるで頬ずりしたような形だ。
「大丈夫です。ただ、安堵しただけで……。よかった……。いや、本当によかった。領民の生活にも関わることですから」
ゆっくりと上体を起こし、「失礼いたしました」と詫びてからラウルが用意した椅子に座る。
「この領は鉱山で成り立っています。現在、採掘を止めていますが、このまま閉山にでもなったらと思うと……」
「領民の生活や命を預かる身なのだから、それはそうだ」
俺が言うと、領主は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。宮廷医師団の派遣だけでもありがたいのに、加えて今回はシトエン妃までご足労いただいて……。本当にサリュ王子や王太子殿下のご英断には感謝しています」
こんな領主の姿を見ていたら……。
なんというか。
アンナはどうして「結婚が失敗だった」などというのだろうと首をかしげざるを得ない。
いい領主じゃないか。
領民思いだし、無茶を言うわけでもない。若いし、見た目だって俺とは違って知的でしゅっとしている。あいつはなんだってあんなに飲んだくれたりしているんだろう。
「それで。シトエン妃の見立てとしては……いったい?」
領主にうながされ、シトエンは俺達を見回した。
「今回の騒動はヒ素中毒ではないかと思っています」
「ヒ素中毒」
領主がぽかんと口を開いた。
「ですが、さきほどサリュ王子は、『シトエン妃は鉱毒ではないと考えている』と」
領主がうろたえる。シトエンはうなずいた。
「鉱毒にヒ素が多く含まれていて、それが川を汚染することはあります。ですが、今回、鉱毒による流域汚染は確認されませんでした」
「ではなぜ?」
「人為的にヒ素を混ぜたのだと予想しています」
「人為的にって……」
領主は慌てる。
「川にヒ素を流したってことですか? 人的被害が出るぐらい? だとしたら、生態系がかわると思うのですが……」
「おそらく、住民が使用する木桶にヒ素をいれたのではないかと思っています」
領主は、意味が分からないという雰囲気だったので、俺が簡潔に説明をする。
「な、なるほど。ではその木桶を使った家族が病を発症させた、と?」
領主が尋ねる。シトエンは慎重に答えた。
「おそらく。カルテと照合したところ、あそこに残された木桶と家族が合致しました。逆に、毎回木桶を持参して川から水をくんでいた家族は診療所にいません」
シトエンは続ける。
「そして、木桶に残る粉を水に溶き、銀細工をいれてみましたところ、ヒ素に反応し、曇ってしまいました」
シトエンは俺達を見回して説明を続ける。
「水をくんだ回数や、飲んだ水の中に混入したヒ素の量によって軽症か重症かが決まったのでしょう。これだと家族で発症していることに説明がつきます。これは家族を看病したために感染したのではなく、同一の水を飲んだことによって引き起こされたのです」
「それは……なんのためにそのようなことを! これは重大犯罪だ!」
領主がテーブルを強くたたく。どん、と。音に合わせて地図が浮いた。
俺だって同じ憤りを覚える。
重症者の中には死んだ奴もたくさんいた。命は助かったが、後遺症で苦しみ、いまも診療所のベッドにいるやつもいる。
みんな、この村で普通に生活していた人間だ。
鉱山で働き、鉱毒に気を付け、家族と共に暮らしていた。
それなのに……。
「……よく考えれば、これって一度だけじゃないってことだよな」
俺の口から洩れた声には怒気が含まれていた。
一回だけのヒ素混入であれば、短期・単発で収束していたはずだ。
実際、王都としては様子を見ていた。だが病人は増え、そこで宮廷医師団の派遣が決まった。
それでも収まらない。
だからシトエンと俺たちが来たのだ。
「何度も何度もヒ素を入れたのか? そいつらは」
「だと……思います」
シトエンが眉根を寄せる。苦しそうな声を漏らした。
「なんのために!」
領主が怒鳴る。
「なにか恨みでも? 村とか、村人とか」
ラウルが思案顔で顎を指でつまむ。
「これもその……あくまで憶測なのですが」
俺が何か言うより先に、シトエンが口を開いた。
「わたし、ではないか、と」
「ん? わたし? シトエンってことか?」




