19話 うちの嫁、最高――――――!!!!!!!!
「こちらの部屋です。どうぞ」
ほっとしていたら、先導していた領主が声をかけてくれた。
俺たちは促されるままに、一室に入った。
「すみません、お茶の準備がまだのようで……」
領主が恐縮するが、俺もシトエンも首を横に振った。
「早速だが、鉱山のことを聞きたい」
「かしこまりました。こちらへ」
領主が部屋の中央に移動する。
大きなテーブルの上にはすでに地図が広げられ、仮設で設置されたらしいボードにはまた別の地図が数枚貼られていた。
「これが鉱山付近の地図です。坑道はここと……ここです」
テーブルの地図に、領主が小石を置いた。
「もちろん土砂や排水については適切に行っています。鉱毒が漏れ出すと人体に影響が出るばかりか、農作物にも被害が及びますから」
ああ、そうか。土地に溜まると、そりゃ小麦や野菜も枯れたり発育不足になったりするよな。
「では土砂や排水はどこに?」
俺が尋ねると、領主は坑道の右側一帯を指で丸く示して見せた。
「このあたりに廃棄すると決めています。ここは坑道からも近く、岩盤になっているため土壌汚染も比較的抑えられます。また、生活用に使用する川から離れています」
「村の人たちが生活に使う川はどれですか?」
「これです」
シトエンに質問され、領主が指をさし、それからゆっくりと地図上の川をのぼる。
「この川の上流はここにあります。湧水と雪解け水が元となっていて、ここは滝になっていますね。その滝壺から流れ出したのが川になり、下流へと。それが村にまで届いています。あ、こちらの地図のほうがわかりよいですね」
領主は仮設ボードの地図を示す。こちらは村周辺だけクローズアップした地図のようだ。
これを見る限り、川の両脇に沿うように家が並んでいる。
川は、鉱山から完全に分離したところから流れてきている。安全……だよな、これ。
俺とシトエンは無言で見つめあう。
ということは、鉱毒……ではないのか。
「村の男全員が鉱山夫です。先祖代々この地に住んで鉱山を掘っているので、どの川が危なくてどの川の水が安全かは知り尽くしています」
「どこかで混ざった、というようなことはないのか?」
俺が言うと、領主は首を横に振った。
「確かに廃棄場所から鉱毒が漏れる場合があります。それは大雨が降ったあとです。しかし、病が発生した時期やいまもですが、そのような大雨は振りませんでした」
じゃあ、やはり鉱毒の影響はないということだろうか。
「さきほど、領主さまは『村の男全員が鉱山夫』とおっしゃっていましたが」
地図を見つめていたシトエンが、紫色の瞳を上げて領主を見た。
「ええ、はい。あ、もちろん領主館で働く執事や警護の騎士などもいますが……。それは村ではなく、この館の近辺に住んでいますので」
「では修道士さまたちも、この村出身なのでしょうか」
「修道士? ああ、診療所を手伝ってくれる彼らのことですか」
領主が目をまたたかせる。
「彼らは、長らく廃教会だったところに来てくれたのです。以前の修道士たちがいなくなってからというもの、長らく不在で……。医療にあかるいので助かりました。教会からの紹介状も持っています」
「念のためにその紹介状も見せてもらえるか? ラウル、確認してきてほしい」
ラウルがうなずくのを見て、領主はひとりの執事を手招いた。
「そちらの騎士殿を家令のところへ」
「かしこまりました」
執事はラウルを連れて退室する。
母上は寄付金の関係で教会関係は詳しい。早馬で王都に問い合わせれば、修道士のことも確定するだろう。
「失礼いたします」
入れ替わるように入ってきたのは、アンナだ。メイドたちは銀のワゴンを押していて、その上には茶器や菓子が並ぶ。執事たちがキビキビとテーブルを準備し、お茶の用意が始まった。
明日、シトエンは現地の状況を確認したいというだろうから……。いまのうちに警備を確定しておくか。シトエンは残ってお茶とお菓子を楽しんでもらおう。
「領主、土砂や排水の状況と川の様子を見たい。誰か先導をつけてくれるか?」
領主がうなずくより先に、シトエンが挙手をする。
「わたしも行きます!」
「シトエンは明日。まずは俺達が先に状況調査をして、安全を確保してから」
「……わかりました」
しょぼんとするシトエン。そんな表情やしぐさにも頬が緩む。
手を伸ばし、ぽんぽんと頭を撫でてシトエンの顔を覗き込んだ。
「慣れない移動で疲れただろう? 倒れたら元も子もないぞ」
「そんな……。サリュ王子もお疲れですのに」
「俺? 別に俺は……。ほら、熊だから。これぐらいなんでもない」
そう言っておどけると、シトエンはふふ、と小さな笑い声を立てた。
そのあと、俺の手をとってきゅっと両手で握り締める。
「こうやって頭を撫でられると、守られているんだなぁと実感します。わたしもわたしのできることを頑張りますね」
目元はうっすらと桃色で。きっと照れているんだろうなと思うのだけど、紫水晶のような瞳はしっかりと俺を見つめている。
可愛いだけじゃないんだよ、ってほんと思う。
うちの妻は責任感が強くて、使命感もあって。
どこに出しても恥ずかしくない女性なんだよなぁ。
「俺もシトエンに負けないようにがんばんなきゃなぁ」
「サリュ王子はわたしの自慢の夫ですよ?」
…………くぅ………っ!
きょとんとした顔で言うもんだから……っ!
曇りなき眼でいうもんだから……!!!!
ああああああああああ!!!!!!!!!
このまま走り出して叫びたい!!!!!!
うちの嫁、最高――――――!!!!!!!!
「サリュ王子、顔」
ラウルがいないからなのか、代わりにモネに鋭く指摘された。いかんいかん! わざわざ王都を出てアホ面さらしている場合じゃない!
「ではサリュ王子はこちらに。地図を再確認しながら、日の暮れぬうちに現地に向かいましょう。シトエン妃はその間、こちらでお茶を……。妻が相手いたします」
「うむ、よろしく頼む」
ほっとした。いまのところ領主は俺とシトエンのやりとりを、ほほえましいぐらいでおさめてくれているようだ。
「アンナ、シトエン妃を」
「はい」
アンナは返事をし、シトエンに近づいてきた。途端に、あからさまな殺気をモネとロゼが放つ。
「どうぞこちらで。お茶とお菓子を用意させていただいています」
「お世話をかけます」
知ってか知らずか、アンナはモネやロゼをまるで無視し、にこりと笑ってシトエンに対している。
シトエンは恐縮し、アンナと共にテーブルのほうに移動しようと足を踏み出した。
「王都ほど珍しいお菓子はありませんが……。シトエン妃の知らぬサリュ王子の話ならいくらでもお話させていただきますわ」
ちょっと待った!!!!!
俺だけではなく、領主もぎょっとしている。
モネとロゼが眼光鋭くにらみつけ、それぞれの得物に手をかけるから慌てた。
だがシトエンとアンナの間に割って入ったのは、イートンだ。
「大変申し訳ありません、アンナ夫人。お嬢様はタニア王国の姫君としてお育ちになりましたので」
イートンは淡々と。だけどぴしゃりと言い放った。
「下々が喜ぶようなことには免疫がございません。ご了承ください」
「これは大変失礼を……!」
真っ青になったのは領主だ。
慌ててアンナの隣に立ち、シトエンに対しても俺に対しても頭を下げる。
「いえいえ。あの、きっとわたしをもてなそうとしてくださったのです」
シトエンはとりなし、アンナに対して笑顔を向けた。
「夫人がおっしゃる通り、結婚する前のサリュ王子にはとても興味があるのですが……。わたしはまだティドロスに来て日が浅い身。ぜひ、ブランベルト領のことをたくさん教えていただければ嬉しく思います」
「もちろんです、シトエン妃! そうだな、アンナ!」
食い気味に領主はアンナに言う。アンナは、というと、悪びれた風もなく、「ええ」と返事をした。
「それではどうぞ、殿方は殿方同士。私たちは私たちどうしでお話をしましょう」
「ささ! サリュ王子は地図の方へ!」
アンナはシトエンを。領主は俺をそれぞれ別のテーブルに案内する。
離れ際、俺はモネとロゼに小声で告げた。
「見張っておけよ」
「当然でしょ」
「当たり前でしょ」
モネは中指を立て、ロゼは親指を下に向ける。……お前達。品よく。品よくしろ。
こうして、不安なまま俺とシトエンは別行動をすることになった。




