15話 計画変更
「よかった……! よかった! 来てよかった! ありがとうございます、サリュ王子! シトエン妃!」
領主は立ち上がると、床に両膝をついて伏せる。おいおい、それはやりすぎだ、と慌てて腕を伸ばして顔を起こしてやる。
「まだわからんぞ? 陛下と王太子の許可がいる。警備のこともあるしな」
「警備については、こちらも最大限協力いたします!」
まあ、そりゃそうなんだが。
うちの団と。あと王太子のところの近衛を貸してもらえないかな、一個小隊ぐらい。
そんなことを考えていたら、壁際で待機していた従者が駆け寄ってきて領主と抱き合って喜んでいた。
「おめでとうございます、領主様! よかった……!」
「ありがとう。これで領民も安心することだろう」
いい光景だ、と思いつつ……。
俺は壁際を見ることができない。
きっといまラウルと目が合うと、やつは走ってきて俺の腹にパンチを打ち込みそうだから。怖い……。見なくてもわかる。怒っている……。
「領主様。これで奥方様もきっとお喜びになると思いますよ」
ん?と、俺は従者の方を向いた。
「奥方がいらっしゃるのか」
「あ。これは失礼しました」
従者が、ぱぱっと壁際にまた戻る。なので領主がかわりに応えた。
「ふたりで謁見を、と思いましたが……。感染するようなものだった場合のことも考え、妻は領地に残してまいりました」
「では、そちらの領に行ったとき、世話になると思う。よろしく伝えてくれ」
「はい」
領主は返事をしたあと、じっと俺とシトエンを見た。なんだと目で問うと、ぶしつけに見すぎたと思ったのか、慌てて首を横に振った。
「す、すみません! 違うんです! あの、噂どおりのおふたりだな、と!」
「美女と野獣か?」
俺が苦笑いすると、領主は冷や汗をかきはじめた。
……図星だったらしい。
「サリュ王子は……その、本当にたくましくて……。いつも惚れ惚れいたします。わたしにはもったいないお方で……。隣にいるのが夢見たいです」
それなのに、シトエンだけが顔を真っ赤にしてうつむき、もじもじとドレスのスカート部分をいじっている。
いや、あの……。
聞いてた? シトエン、あのね、俺とあなたは美女と野獣で……。その、俺が野獣なんだよ?と説明をしようとしたら、かすかなため息が聞こえてきた。
「うらやましい限りです。私もおふたりのようになりたかったのですが……」
領主が自嘲気味に笑っている。
その様子から、なんとなく同席していないのは感染症予防だけが理由ではない気がしてきた。
「その……結婚して長いのか?」
「そうですね、4年ほどになるでしょうか。王子ご夫妻はまだ1年……?」
「まだ経ってない」
「経ってないですね」
同時に顔を見合わせると、シトエンがにっこり笑う。つられて俺も顔が緩んだ。
「お幸せそうだ」
領主は笑い、それからソファに座った。
「私が一目ぼれをして、妻に結婚を申し出ましたが……。乗り気ではなかったようで」
「結婚すれば領主夫人だろう? 普通なら喜びそうだが……。かなり高位の出だったのか?」
「王都の貴族でしたから。その……王都を出たくなかったようです」
「あー……。そっちか」
王都に住む貴族は、王都以外を下に見る傾向がある。
だから娘たちも貴族の三男坊でもいいから王都住みの男を探すのだ。
「うちの領は華やかな特産品があるわけでもありませんし。うちは鉱山がメインですから、領主館にでいりするのもいかつい男ばかりで……」
「あー……、なるほど」
いかつい男代表だしな、俺。
婦女子に好かれたことないし。
俺みたいな男ばっかりのところに、自ら飛び込むっちゅうのもなぁ……。
って、シトエンは来てくれたし!
「絶対に幸せにするつもりでしたし、王都と同じような暮らしをさせようとも決意しました。いろいろ努力もしたのですが……。その、どれも気に入ってもらえず……」
「わかる。難しいよな! 特にプレゼント! 女性への贈り物って悩むよな!」
「サリュ王子もでしたか! よかった。私だけではなくて!」
「いや、悩む! まだ男や子どもならわかるんだよ! なにを喜ぶかはな⁉」
「そうですね。女性は欲しくないものでもとりあえず受け取ったり……。喜んだ素振りをするじゃないですか」
「な……っ。なんだと⁉ そうなのか⁉」
「ええ。なので、『あ、これが好きなのかな』って思って贈り続けたら、『ずっと言いたかったけど、これ、苦手なんです』って」
「先に言ってくれよ!!!!!!!!」
「なので、ここ数年はどうしたらいいのかわからずに……。もう、腫物にふれるようにそっとしていったら、どんどんこじれていって……」
「あー………。でも気持ちはわかるぞ。だって、これ以上なんかやって墓穴を掘ったらって思うもんな」
「思いますよね……」
ふたりで顔を見合わせ、はぁ、と重い息を吐く。
シトエンの誕生日プレゼント……どうしよう。
さっきの領主の話なら、シトエン、気に入ってなくても『嬉しいです』とか言う可能性があるってことだよな?
…………ん? 待て。
これはなにもこれからの話、ではないぞ。
これまでの話でもあるのでは⁉
ちょ……、待て!!!!!!
俺、いままでシトエンになにを贈った!?!?
結構シトエン、なんでも「ありがとうございます♡」って言ってくれてるけど⁉
あれ、嘘ってこと⁉
「あ、あの。サリュ王子」
「はぅ⁉」
つんつんと袖口を引っ張られて、思わず変な声が出た。
「サリュ王子からいただいたもの、すべてわたしにとっては宝物です」
はにかみながらそんなことを言ってくれる!!!!
だ、だけどだけどだけど!!!
よくよく考えたらモネロゼなんてぼろっかすに言ってくれるもんな! ひょっとしてシトエン、俺に気を遣って……!
「その……どんなものでもそうですが、この品物を選んでくれた時、きっとサリュ王子の頭の中はわたしのことでいっぱいだったのだと思うと……。すごく、うれしくって」
赤くなる頬を隠すようにシトエンが両手で包んでいる……!!!
考えてました―――!!!!!
なんならプレゼントを選んでいないときでも、いついかなるときでも、どんな場所においてもシトエンのことを考えています――――――――!!!!!!
「うらやましい限りですね、サリュ王子」
そうだろ⁉と、領主には言えず、ぐっと飲みこむ。なんか今日は、ずっと飲み込んでんな、俺。
「領主も、今回の件で仲が深まるかもしれんぞ? 一緒に危機に立ち向かってこそ、絆が深まるってもんだ」
「そう……ですね、ええ」
領主はちらりと従者に視線を走らせる。彼もぎゅっと拳を握り締めてエールを送っていた。
「がんばってみます。ありがとうございます」
そう言ってから、ふたたび頭を下げた。
「我が領でお待ちしております。ぜひ、よろしくお願いいたします」
こうして。
ラウルににらまれつつも……。
俺とシトエンのブランベルト領派遣が決まった。




