14話 ゲストハウスにて
◇◇◇◇
それから15日後。
教会の鐘が昼の三時を告げたころに、王都東端にあるゲストハウスに到着した。
先方はすでにいるであろうことは馬車を見ればわかる。
団員のすべてをシトエン警護のために配置させ、ラウルだけ連れて屋敷に入る。
執事に案内させて入室すると、ばね仕掛けのようにソファから立ち上がった男がいた。
年は俺とそんなに変わらない。
見覚えがないということは、士官学校にはいなかったのだろう。
細身で長身。少し神経質そうな容姿の男。
「待たせたな。第三王子のサリュである。彼女は妻のシトエンだ」
初めまして、とシトエンが挨拶をすると、男ばかりではなく、従者も床に片膝をついて最大限の敬意をしめしてくれた。
「ブランベルト領主のルークと申します。こちらは私の従者です」
そしてすぐさま立ち上がり、真剣な顔を俺とシトエンに向けた。
「お忙しいなか、このようにお時間をとっていただいて……。なんと感謝を申し上げればいいのか」
「いや、こちらこそすぐに対応ができずに申し訳なかった」
シトエンをエスコートしてソファに座らせ、領主にも座るように手で示した。従者はラウルと一緒に壁で待機するようだ。
「すまんが、茶の接待もできないが……」
かまいません、と早口に領主は言い、座るやいなや切り出した。
「大変無礼なことは重々承知ですが、我が領にシトエン妃を派遣していただくことはできないものでしょうか」
俺は黙ってしばらく領主を見る。
目の下にも肩口にも疲労感がにじんでいる。
こっちだって王都から飛ばしてきたが、むこうも業務の合間を縫ってこうやってきたのだろう。先着していたとはいえ、そんなに時間差はなかったのかもしれん。よくみれば靴は乗馬ブーツのままだし、従者は旅装を解いていない。
「……被害はまだ……継続中ですか?」
シトエンがそっと尋ねる。
領主は切羽詰まった顔のままうなずいた。
「宮廷侍医団のおふたりが派遣された直後はおさまったように思えたのですが……。報告書に記した通り、7日前からまた患者が発生しました」
シトエンがちらりと俺のほうに視線を向ける。
だが。
俺だってうかつな発言はできない。
ゲストハウスはまだ王都とはいえ……シトエンを王城から出すのでさえ心配なのに、他領にむかわせるなどもってのほかだ。
「マーロウ医師とグランデ医師はどうだ?」
「真摯に向き合ってくださっています。ですが、その……。せっかく来ていただいているのに、失礼は承知です。ですが対応に追われるばかりに思えて……」
慎重に言葉を選びながら領主が言う。
言いたいことはわかる。
ようするに『対処療法ではなく、原因を究明してくれ』ということなのだろう。
「報告書はその都度、こちらでも読んでいる」
「ええ、わたしも拝見しています」
俺たちの言葉に、領主はホッとしたようだ。
まあ……だからこそ、領主の気持ちがわかるのだ。
あのふたりでは……手に負えていない。
実際、派遣当初はつぶさに患者の様子や村の状況を報告していたのに、だんだんと「我々の手に負えない」「患者を診ることで精いっぱい」「医師の追加派遣をお願いしたい」と泣き言ばかりがつづられていく現在。
「こういってはなんですが……そのうち、あのおふたりが逃亡するのではないかと。最近はそれも心配で……」
領主が苦々しく言う。壁際では従者も力強く何度もうなずいていた。
「非難したいわけではございません。グランデ医師やマーロウ医師の気持ちがわかるのです。このまま感染拡大がおさまらなければ、この領に閉じ込められる。その怖さが」
熱を帯びた目で訴えられ、俺もため息をつかざるを得ない。
そうなのだ。
被害が拡大している。
この状況が継続するのであれば、領を封鎖せざるを得ない。その場合、治療にあたった医師は当分王都には戻れないだろう。
ということは、感染におびえながら感染地で暮らすことになる。
「王太子さまは、医師の追加派遣について前向きに検討してくださっています」
シトエンが励ますように言う。俺もうなずいた。
「宮廷侍医団の中で選考を行っている最中だ。もうしばらく……」
「もうしばらく、というのはいつまででしょうか。領民がどれだけ死ねば、シトエン妃は我が領に来てくださるのでしょうか!」
さらに前のめりになった領主は声を荒げる。とっさに俺がシトエンとの間に入る。
「領主、お控えください」
ラウルが硬い声を飛ばした。それで我に返ったらしい。がばりと、膝に額をつけんばかりに頭を下げた。
「非礼はわかっております! ですが……! ですが、シーン伯爵領ではシトエン妃が派遣され、我がブランベルト領にはなぜお越し願えないのでしょうか! その理由をお聞かせ願いたい!」
シトエンが暗殺集団から狙われているからだ、というわけにはいかず……。
俺は何度目かのため息を飲み込んだ。
「やはりそれほど我が領での病は危険なのでしょうか⁉ こうやって王城に入ることも拒否されるほどに!」
悲痛な領主の訴えも黙って聞く。
そう。
領主の度重なる面会希望に応じるため、選定されたゲストハウス。
これも感染をおそれてのことだ。
王城に入り、王太子や父上になにかあってはたまらん。
「その……サリュ王子」
不意にシトエンが口を開いた。
視線を向けると、紫色の真剣な瞳にぶつかる。
「グランデ医師とマーロウ医師の報告書を拝見し、確信しております。これは、感染しません」
「感染……しない」
こたえたのは、俺ではなく領主だ。呆けたような様子でシトエンを見ている。
「実際に患者を診ていないので、用心のためにこのような対応をしておりますことを、まずはお詫びしなければならなかったかもしれません。申し訳ありませんでした」
シトエンが頭を下げて、ようやく領主は慌てた。
「そ、そのような! おやめください!」
「なぜ感染しないと思うんだ?」
俺が尋ねると、シトエンはきっぱりと言った。
「医療従事者に患者がいないからです」
「医療従事者……」
領主が繰り返す。シトエンがうなずいた。
「確かに家族での感染は非常に多いのですが、医師や看護者に感染してはいません」
「それは……感染予防を徹底しているからじゃないのか?」
マーロウもグランデも、行く前にものっすごくシトエンから指導を受けていた。
「ええ。ですが、どんなに予防をしていても、これだけ長期になれば感染リスクは上がりますし、かかってもおかしくはありません。それに、マーロウ医師やグランデ医師はともかく、看護者は……確か修道士さんでしたね? 医療の専門家ではなかった気がしましたが」
「はい。我が領に派遣された修道士の5人が手伝ってくださっています」
「そうなると、普通はやはり……感染してもおかしくない状況です。それなのに被害者は村人とその家族だけ。しかも、発症する家族と、そうでない家族がある」
シトエンが独り言ちる。それを聞きながら、俺はシーン伯爵領での脚気騒動を思い出す。
あそこでもそうだ。
家族でも発症するものと発症しないものがいて、それが返って恐怖をあおったのだ。
「サリュ王子」
「ん?」
「確かめたいことがあるんです。現地に三日滞在すれば大丈夫だと思うんですが……。わたしが行ってはいけませんか?」
真剣なまなざしを向けられ、俺はまたため息を飲み込んだ。
本音は「行かせたくない」だ。
ラウルだって壁から刺すような視線を向けてくる。「はい、って言っちゃだめですよ!」と無言で圧をかけてくる。
「グランデ医師やマーロウ医師のことも心配です。これではあまりに過重負担に思えて……。前途あるおふたりの未来をつぶしたくはありません」
シトエンが俺の方に身を乗り出すから、ううううううん、とうなる。
さっき、王太子が宮廷侍医団の追加派遣を検討していると言っていたが……。
本当のところを言えば、派遣は決まっていない。決まらないのだ。
みんな、びびってしまっている。
王太子が話を向けると、「ちょっと体調が……」とか「老体の身には……」とか。挙句の果てには互いに診断書を書きあって提出し、「派遣無理」を前面に押し出す始末。
王太子は無表情で受け取っていたが……。
あの顔は、絶対にクビにするつもりだと確信した。
「もし、わたしの知識が役に立つのであれば、わたしは行くべきだと思っています」
シトエンの顔は。
決意に満ちている。
満ちている……んだけど。
俺はうなだれる。がんばれ、団長!というラウルの声が聞こえてきそうだ。
だけど……だけど。
「わたしもティドロス王家の一員です。国民が王家のために奉仕するのであれば、王家は国民のために尽力すべきではないのでしょうか」
そうなんだよ―――………。
シトエンの言うことは至極まっとうなんだよ―――……。
暗殺集団に狙われてなかったら、もう……。ほんと、そうなんだよー………。
「もし国境が破られたら、サリュ王子は迷わず剣を持って立ち向かわれるでしょう? わたしもティドロス王家の一員として、お役に立ちたいのです」
あとでラウルに聞いたところによると、俺は心の中だけじゃなくて、「ううううううううう」と頭を抱えて唸っていたという……。
「……………三日でいいんだな、シトエン」
結局、声をしぼりだす。
「はい! もっと短縮できるようにがんばります!」
団長おおおおおおお!というラウルの心の悲鳴は聞こえないことにする。うん……。ごめん、ラウル。ほんとごめん。で、今後もよろしく……。




