12話 緊急要件
「あ、ひょっとして冷えてきた?」
シトエンの見せる「うっかり可愛い」に動揺したものの、ようやく我に返った。
火の側にいるが、寒かったのかもしれない。
それにシトエン、火を熾そうと必死だったからな。汗が冷えたのかも。シトエンを楽しませようと思って風邪を引かせたら大変だ。
「いえ、大丈夫です! もう少し火の側にいけば……」
って焦げるって!
「待って、じゃあこれ」
俺は急いで軍服を脱いだ。
それをばさり、とシトエンの肩口にひっかける。
軍務中にこんなことしたら処罰対象だが、いまは嫁とのプライベート。気にすることはない。というか、シトエンの体調が心配。
「これではサリュ王子が寒いのでは⁉」
シトエンが慌てて俺の軍服に手をかける。返すつもりのようだから押しとどめた。
「全然。俺はシャツ一枚で平気」
軍服の下にはちゃんとシャツを着ているし、基本、俺、暑がりだし。
「そう……ですか。あの、では。温まったらお返しします」
律儀にそんなことを言う。
そして肩にかけた軍服に袖を通しはじめた。やっぱり寒かったのか。
「本格的に冷えて来たら屋敷に入ろうな」
「はい」
シトエンが返事をする。もう少し火力を上げた方がいいのかな、と座ったままガサガサと枝をかき寄せる。小さめのものはシトエンが自分でくべるだろうから……。俺は長いやつを折っておくか。
そうして枝を数本手に取ったら、シトエンがもぞっと動いたことに気づいた。
あれ、まだ寒いのかなと思ったけど。
いや、違う。
そうじゃない。
……俺、この軍服着て今日一日作業してたんだよな……。
え、臭くね? 臭いだいじょうぶか⁉
「シトエン!」
「は、はい⁉」
「その軍服、汗臭くないか! やっぱり、イートンにショールかなにか持ってきてもらうか⁉」
慌てて視線を隣に向ける。
「いえ、あの。全然」
シトエンがきょとんとして俺を見上げる。
俺の軍服を羽織ったシトエン。
肩幅も袖丈がぜんぜんあっていなくて。まるで子どもが興味本位で大人の服を着たみたいだ。出ているのなんて指先だけ。
その、ちょっとだけ出ている指先で口元を隠し、シトエンは、はにかんだ。
「サリュ王子の香りがして、とても安心します」
紫色の瞳がゆるみ、俺を見てほっとしたように微笑んで……いる。
…………。
がはあああああ!!!!
いかん! 不意打ち可愛いの攻撃に遭った!!!! ばききききって、枝を数本まとめて折ってしまった!!!! 粉砕した!
なにこの可愛さ!
俺の軍服着てるだけで可愛いってどうよ⁉
ってかあれ、本当に俺の軍服⁉ いっつも着てるやつ⁉ 袖口ほつれつつあるやつ⁉ ラウルに「えー、もう破れかけてるんですか? 貸与品なんですからね」って叱られてるやつ⁉ 違うんじゃね⁉ だって可愛いじゃねえか! 俺が着たらゴツイだけなのに!
「サリュ王子?」
「な、なななななななななんでもないです! 安心してもらえてよかったです!!! そ、そう! 寒くないならなおよかった!」
バッキバッキ枝を折り、ついでに薪も裂く。意外にいけるもんだな、おい!
「あ。そろそろマシュマロを焼きましょうか」
「そうだな!」
木っ端はたくさんできたことだし!
シトエンは「えいっ」と声を上げて軍服の袖をまくる。その気合さえ可愛い。もう無双。可愛さ無双。
「マシュマロはイートンに用意してもらったんですよ」
バスケットをぱかりと開き、シトエンがなにかを取り出そうとした時、低木の茂みが一斉にがさささっと鳴った。
とっさに俺は立ち上がり、シトエンも動きを止める。
低木から出てきたのは団員たちだ。
一斉に一か所に走り出す。
なんだ、と腰の佩刀に手をかけていたら、数人が戻ってきた。
「どうやら屋敷に入ってきた者がいたようで」
「ご安心を。賊ではありません。ラウル殿とこちらに来られます」
こんな時間に誰?といぶかしんでいたら、ラウルが小太りの男とひょろ長い青年を連れて走ってきた。位置的に屋敷の門扉の方からだ。屋敷に入ってきた、というのはこのふたりのことだろう。
「お取込み中、失礼します。宮廷侍医団から火急の知らせということで」
ラウルが俺とシトエンを交互に見て言う。
その隣では小太りの男がぜいぜいと息も絶え絶えの様子だ。そんな男の背をひょろ長青年が撫でている。
「マーロウ先生とグランデ先生ではありませんか。どうされました?」
どうやらシトエンの知り合いらしい。そうか、宮廷侍医団とは定期的に情報交換しているから、知ってて当然か。
「サリュ王子の傷の手当ても手伝ってくださったんですよ」
いぶかし気な顔を俺はしていたのだろう。シトエンがそう口添えてくれるから、声をかけた。
「その節はありがとう」
「なにをおっしゃいますやら」
「サリュ王子におかれましてはご機嫌うるわしく」
礼を伝えると、慌ててふたりは頭をさげてくれる。
……そうだよ、俺、王子なんだよな。これが普通の対応なんだよ。あのモネロゼとかがおかしいんだよ。そんなことを考えていたら、医師二人は尊敬のまなざしでシトエンを見た。
「勉強会ではシトエン妃にいろいろ教えていただいております」
「学ぶことが多く、とても感謝しています」
「そんな! 買いかぶりです! わたしのほうこそ、皆さんの薬草や薬木に関する造詣の深さに感銘を受けています。これからもどうぞよろしくお願いいたします」
シトエンがぺこりと頭を下げる。
どうだ!!! 俺の嫁は可愛いだけでなく優秀、かつ謙虚でもあるのだ!!!
どこに出しても恥ずかしくない、いや誇れる妻なのだ!!!
「いえいえ、こちらこそ。もっといろいろ教えてくださいませ」
「本当にシトエン妃のような方に学べるのは奇跡のようです」
もっとほめたたえろ、シトエンを!
ふんす、と鼻息荒くそんなことを思っていたら、シトエンが俺を見上げる。ん、なんだと居住まいをただした。え、俺、なんか注意される? 態度悪かった?
「こうやっていろんな方と交流をして、情報交換ができるのも、すべてサリュ王子の寛大なお心と、わたしへの気遣いがあってのことです。いつも安心して好きなことができることは幸せなこと。サリュ王子、ありがとうございます」
そうやって微笑んでくれる、シトエン。
「そ……そんなことは!」
礼を言われるなんて思ってもいなかったから狼狽える。
俺はただ、シトエンに好きなことをしてほしいし、そのための最低条件「安全性」を確保したいだけであって……!
言葉は頭の中をぐるぐる回るけど、なんかうまく口から出てこない。いかん、俺、こういうところちゃんと直さないと!
だってシトエンはいつも言葉にして俺への気持ちを表現してくれるんだ。俺がしないでどうすんだ!
「つ、妻のやりたいことを応援するのが、夫の役目だし!」
やっとそれだけ言うと、シトエンは嬉しそうに笑ってくれた。
それだけじゃなく。
ん? 手になんかさわった……と思ったら、シトエンがこっそり手をつないでくれているじゃないか!!!!!!!
こんなさりげないこと、俺にはできん!!!
なんてこった! うちの嫁は喜びを伝える最高位者か!!!! 伝道者かもしれん!!!
「それで。えー、おふたりはなにしにいらっしゃったんでしたっけ? あと、団長。顔」
ラウルが、こほんと咳ばらいをした。
あ、そういえばラウルいたんだ。っていうかこのふたりの医者を連れてきてくれてたんだ。なんかうっかり忘れるところだった。
俺が顔を引き締めると同時に、医者たちも当初の目的を思い出して、背筋を伸ばした。
「実は緊急の事態が起こりまして……!」
「急ぎ、王太子殿下の執務室へ、とのことです」
俺とシトエンは顔を見合わせる。
「王太子?」
「どういうことでしょうか」
その、と。ひょろ長い青年医師のグランデが、俺とシトエンに一歩近づき、小声で告げた。
「感染症と思われる病が王都近隣で発生しました。その件でシトエン妃のお知恵を拝借したい、と」
シトエンと俺は。
今度は無言でただ、見つめあった。




