42話 攻撃に出てやる
「止めたんですー……。止めたんですが、ぼくの力がもうない……」
ヘロヘロのラウルが扉脇で蹲っている。
すまん、ラウル! 忙しいお前の手をさらに煩わせて!
いますぐたたっ斬るから、この男を!
「これはこれは奥方。本日も麗しい」
棒立ちになっているシトエンの手をとってその甲にキスを落とし、それからヴァンデルはベッドで横になる俺を見て涙を流した。
お前は情緒不安定なのか。
「僕がこの屋敷に潜ませている内偵からサリュの危機を聞き、すぐにでも駆け付けたいところではあったが!」
「誰だ、俺ん家のスパイは! 家令を呼べ! 執事長はどこだ! メイド長!」
「サリュのことは何でも知りたい。そのための内偵ではないか!」
「家令! 従業員全員の身辺調査を命じる!」
開けっ放しの扉に向かって俺が怒鳴る。全身に力をこめたせいか、ちくっとふとももの辺りが痛んだが、傷開いたんじゃないだろうな。
「きっとサリュなら僕が看病に行くよりも、密命を遂行させることを喜ぶに違いない。そう思い、僕は涙を呑んだのだ。そのため、遅くなった」
「いや、もっと遅くてもいい。ってか別に会いたくない」
「照れ屋だな。わかっているぞ」
「だからなんで……があああああ! 頬にキスをするな!」
「はっはっは。喜べ、サリュ」
「お前が即刻帰ればな!」
「黄金のバックルと翡翠のペンダントがどこに落ち着いたかわかったぞ」
俺はおもわずヴァンデルをまじまじと見た。
「それは本当か」
「僕がサリュに嘘をついたことはあるか?」
芝居がかった仕草でそんなことを言う。
……まあ、そうか。からかわれたりはするが、嘘は言わない。
「……ですが、その……暗殺に関してはもう……問題ないのでは?」
シトエンがおずおずと俺とヴァンデルの顔を交互に見る。
「そうなのか? なぁんだ。この情報、必要なかったのなら、もっと早くお前の見舞いにくればよかったな」
ヴァンデルは言いながらベッドにどさりと座る。
「勢いよく座るな、揺れるだろう。傷に響く」
「おお、それは悪かった。どれ傷を……」
「触るな! こら! ズボンをぬがそうとするな……っ! どりゃああ!」
力いっぱい突き放すが、あいつは「ははははは。照れ屋だな」とまた何食わぬ顔でベッドに座りやがる。
俺はぶすっとした顔で、ヴァンデルに手を突き出した。
「なんだ? お手か? ハグか?」
「違う! 情報をくれ。念には念を入れる」
シトエンはああ言っているが、暗殺集団の目的が竜紋だった場合、話が違ってくる。
あの男。
あの白煙の中から現れた男が気になる。
「いままで後手に回っていたが……。攻撃に出てやる。ヴァンデル。攻撃の最大の目的とはなんだ?」
「敵の戦意を削ぐこと、喪失させること、だ」
ヴァンデルの言葉に俺は頷く。
「そのとおりだ。牙を折り、爪を剥いでやる。二度と歯向かわないようにな」
「なるほど。楽しそうだな、サリュ」
ヴァンデルはにやりと笑い、腰ベルトに挿した封筒を引き抜いて俺に差し出した。
「地図と持ち主だ。早く身体を治して追え」
「よし」
俺は深く頷く。
これで先手を取ってやる。
シトエンを脅かしたこと、地獄で詫びるがいい。
◆◆◆◆
夜の闇が凝る街の一角。
一見商人風の男はつんと顎を上げ、夜風を頬に受けていた。それはまるで匂いを嗅ぐ狼のような風情で、彼の周りにひかえている黒ずくめの男たちは黙って指令を待っている。
「頭領。準備ができました」
黒ずくめのひとりが駆け寄り、そっと伝える。
「あ、そう。りょうかーい。さて、じゃあ」
男は黒ずくめの男たちを見回してにっこりと笑った。
「うるさい宰相も片付けたことだし」
男は立てた人差し指に黄金のバックルを通して、くるくると回す。
月光を受け、それは金砂のような光を周囲に散らした。
「竜紋の娘を、獲りに行くか」
ふふ、と。
男は不敵な笑いを浮かべ、駆けだす。
そのうしろにはたくさんの影を従えて。
そうして、夜の中に溶け込んでいった。
了




