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41話 ヴァンデル、やって来る

「さきほどのアリオス王太子の話では、宰相閣下がわたしを狙うのは、タニア王国とティドロス王国の仲を悪くさせるため、というようなことでしたが……」


「もし、竜紋の……というかシトエンのこの能力を知らなかったならな。だけどもし宰相が知っていたら?」


 シトエンが黙ったまま俺をじっと見ている。俺は続けた。


「だって、これすごい能力じゃないか。いや、医療知識もすごいと思うよ。飛躍的に発展する可能性があるんだから誰だってほしいし、逆に言えば」


 俺もシトエンから目を離さない。


「どこかの国が手に入れようとしたら、邪魔しようとするんじゃないか? 俺ならそうする」


 シトエンは黙って聞いている。なにか考えを巡らしていたようだが、ついっと顔を上げた。


「そうかもしれません。ですが、この竜紋に関する情報はかなりの機密です。それに私自身、自分にこんな能力があったとは知らなかったのです。宰相閣下がご存じだったとは……わたしは思えません」


 シトエンは言いにくそうに口にした。


「……そう……か。いや、取り越し苦労ならいいんだ」


 慌ててそうとりなす。


 もしシトエンが狙われている理由が「宰相独断」であり、竜紋と関係ないのであれば黒幕がいなくなった時点ですべて終了だ。


 アリオス王太子が「これは父上のご意向か」と問うた時、宰相は諾とは言わなかった。宰相の考えがすなわちルミナス王国の考えではない、ということだろう。


「これにて一件落着、だな」

 だといいんだけど、とは決して言えない。


 俺が笑ってみせると、シトエンは居住まいを正し、ぺこりと頭を下げるからびっくりする。


「こんな大変な目に遭わせて申し訳ありませんでしたが……。サリュ王子のおかげです。ありがとうございます」


「いや違う! その、俺こそシトエンに礼を言わなきゃいけないんだ!」

「わたしに、ですか?」


 シトエンは不思議そうに紫色の瞳をまたたかせた。俺は彼女のその綺麗な瞳をみつめて口を開いた。


「その夢でさ。俺……たぶん、シトエンが前世で体験したことをみたんだ」

「体験……したこと……?」


 シトエンがゆっくりと俺の言葉をなぞった。


「ナイフを持った男が現れて……その」


 俺はそこで言葉を切る。

 シトエンの顔が強張っていることに気づいたのと、また俺の胸が裂かれたように痛んだせいもあった。


「そりゃ……シトエン辛かったよな。あの男も……」


 同情はする。

 同情はするが……俺は、あいつじゃない。あいつの代わりにはなれない。なるつもりもない。


「俺が前にシトエンに伝えたことに嘘はない。いつかいろんなことを忘れられたら、俺を見てくれって。あの気持ちに嘘はない。それに、シトエンはずっと《《俺》》を見てくれていることも知っている」


 誰かの代わりじゃない。シトエンは俺を見てくれている。


「だからこそ、言いたいんだ」


 俺は空になったコップをベッドに放り出して、シトエンの手を握った。


「しんどいことも、痛いことも泣きたいことも……全部乗り越えて、いまここにこうやって俺の側にいてくれてありがとう」


 夢の世界で見ただけでも魂が揺さぶられるぐらいだった。


 心が張り裂けるかと思った。

 大事なものを失うという体験がここまで壮絶だとは。


 それを耐え抜き、この娘は前を向いて、一歩一歩、ちゃんと進んで乗り越えて来た。


 その力強さと折れないしなやかさ。


「それは……乗り越えた先に、サリュ王子が待っていてくれたからです」

 シトエンの目からぽろりと涙がこぼれた。


「急かすでもなく、先に行ってしまうわけでもなく、無理に引っ張っていくわけでもなく。ずっとずっと笑顔で待っていてくれたからです」


 ぽろぽろとシトエンの涙は頬を伝って顎から落ちる。瞳は濡れて紫水晶のようなきらめきを放っていて。


「サリュ王子こそ、わたしを見ていてくれてありがとう。迎え入れてくれてありがとう」


「当たり前だろう? だって俺たち、夫婦なんだから」


 笑って、シトエンの涙を拭う。

 俺の指先が頬にふれるのがくすぐったいのか、シトエンはちょっとだけ首を縮めてくすくすと泣き笑いした。


「あ! いけません。傷が開いたら大変」


 シトエンはすん、と鼻を鳴らした。ポケットからハンカチを出して素早く涙を拭うと、俺に言う。


「さ。一度休みましょう」


 シトエンは枕を直し、俺の肩に手を添えてベッドに寝かせようと誘うのだけど。


 俺は左手で彼女の頬を包み、引き寄せる。

 そのまま唇を重ねた。


「サリュ王子……んっ。ちょ……っ」


 やわらかく唇を食んだら、すぐにシトエンが不満そうな声を漏らした。


「もうっ。だめですっ」


 鼻と鼻がくっつく距離で「めっ」と叱られ。

 ……いかん。こんな顔も可愛いと思うなんて俺はどうかしてしまったんだろうか。


 脱力して仰向けに寝転がる。

 キルトケットをかけ直してくれるシトエンに俺は言う。


「治ったら温泉行こうな」

「そうですね。でもまずはラウル殿が先ですよ。だいぶんお疲れのようですから」


 申し訳なさそうにシトエンが言う。


 ……それもそうか。俺がこうやって臥せっているあいだ、あいつが全部まわしてるんだろうし。


「じゃあ、ゆっくりお休みください」


 微笑んでシトエンは立ち去ろうとするから、その手首を握る。


 離れたくなくて。

 ちょっとだけ寂しくて。

 というか、ずっとシトエンが側にいてほしくて。


 単純に俺のわがままだ。


「サリュ王子、どうしました?」


 だから真面目にそんな顔で尋ねられたらどう答えたらいいかわからず。

 散々迷った末に、伝える。


「……ちゃんと寝るから、おやすみのキスが欲しい」


 ぼふっとシトエンの顔から火が噴き出るかと思うほど彼女は顔を真っ赤にして。

 俺が握った手が一瞬にして熱くなってはいたけど。


「その……じっとしててくださいね」


 シトエンは言うと、長い髪を指ですくって耳にかけ、そっと腰をかがめる。

 のぞきこむようにして顔を近づけて来たのだけど。


「……ごめんなさい。目を閉じて」


 目の縁まで赤くして言うから。

 俺も素直に従って。


 彼女の緊張したような呼気を頬や唇に感じた。


 ふわり、と。

 シトエンの香りが甘く鼻先をくすぐり、彼女の唇と俺の唇が重なる間際。


 バンッと。


 いきなり扉が開いたものだから、「きゃあ!」とシトエンが悲鳴を上げて飛び退る。


「大丈夫か、親友! 僕がやってきたからもうなにも案ずるな!」

「だからお前はなんでいつも邪魔ばっかりしやがんだよ!」


 俺は枕を掴んで投げつける。かなりの速度でヴァンデルの顔にぶち当たったが、雨粒程度の痛みも産まなかったらしい。


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