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34話 やあ、冬熊くん

「窓を開けろ! ガラスをぶち破れ! 白煙を消すんだ!」


 命じるとラウルが動き出すのがわかる。


「もっと警護を呼べ!」


 俺はどこかにいるだろうモネとロゼに指示を飛ばす。

 足音がふたつ、遠ざかった。


 シトエンと宰相はどこだ。


 視界が悪いのはあちらも同じだ。

 誰かに手引きされて逃げられる前に見つけねば。


 音に集中していると、がしゃんと窓ガラスが割れる音がする。

 驚いたように靴音が跳ねた。


 あそこだ!

 俺は大きく飛び出した。


 ぐん、と。

 動きに合わせて白煙が渦巻く。


 一瞬視界がクリアになった。

 そこにいるのは、宰相に羽交い絞めされたシトエン。


 いきなり目前に現れた俺に驚いたらしい。宰相の腕が緩み、シトエンは逃げ出そうと前傾姿勢をとる。


 俺は彼女の腕を掴み、強引に引っ張る。

 顔から彼女は俺の胸に飛び込んできた。


 右手で抱きしめる。

 彼女の体温といつもつけている香水の匂いにほっとした。


 大丈夫。

 シトエンは確保した。


 この俺の腕の中に。


「逃すか!」


 宰相がナイフを振り下ろしてきた。

 シトエンを片腕で抱いたまま、避けようと半歩下がった時。


 白煙の中から。

 音もなく。


 その男は宰相の背後から現れた。


「やあ冬熊くん」


 にっとやけに人懐っこい笑みを浮かべて呼びかけてきた。


「え?」


 男の呼びかけに応じたのは俺じゃない。


 宰相だ。

 訝し気に問い、俺も思わず動きを止めた。


「お前……」


 宰相が首だけねじるようにして不審げに問う。


 男は相変わらず陽気な笑顔を浮かべたまま。

 次の瞬間には右手に持ったナイフで宰相の肩を刺して突き飛ばした。


 その動きにはためらいも躊躇もない。


 宰相の悲鳴が上がるが、一顧だにしない。そのまま俺に向かって踏み込んできた。


 早い。

 男の周りに白煙が渦巻く。

 左手を伸ばしてくる。


 やばい。

 シトエンを捕らえる気だ。


 とっさに抱きしめていたシトエンの服をつかんで思い切り後ろに、できるだけ白煙の残る中に放り込んだ。シトエンの身をそこに隠さなくては。


 男の左手が空を掴む。


 同時に。

 自分自身ももう一歩下がろうとした。


 だがすでに男の間合いだ。事実、男はシトエンが捕らえられなかったとみるや、右手のナイフを繰り出してくる。


 こいつ、早い。

 攻撃に迷いがない。


 切っ先が目前にある。


 逃げるのはやめた。

 下がり続けると白煙に隠したシトエンの側に行ってしまう可能性もある。


 こっちはプロテクターをつけている。

 ある程度怪我の場所は限定できるはずだ。


 左足に重心を乗せ、身を丸めてどん、と逆に男に体当たりした。


「おおっとう。プロテクター着てんのかな?」


 男はよろめきながらもなぜか嬉し気に言う。


 カランと男が握っていたナイフが床に跳ねる音がした。落としたらしい。


 よっし! ここからたたみかけてやる。


 佩剣の柄を握る俺に気づき、鞘から引き抜く前に、男は笑みを浮かべたまま「お返し」と言って体当たりしてきた。


 ぐ、と足を踏ん張り衝撃を堪えようとしたとき。


 強烈な痛みが左足に走る。


 痛みというより熱感だ。最初「熱っ」とさえ思った。


 次にブーツの中がやけに湿る。

 まるで沼地に踏み込んだみたいだ。


「あれぇ? うちのやつらと何度かやりあったんじゃなかったっけ?」


 向かい合う男が俺に顔を近づけてにこりと笑って……。


 ようやく、男が左手に隠し持っていたナイフで斬られたことに気づく。


 そうだ。

 こいつら、ナイフを二本使うんだ。


 シトエンが初めて襲撃されたカフェや、謝罪式の帰りの野営。

 あのときの刺客は全員、ナイフの両刀使いだ。


 あの床を跳ねたナイフ。落としたナイフ。

 あれに気を取られて勝ちを焦った。


 舌打ちをしたのだけど。


 身体がどんどん冷えてくる。


 左足からは熱い液体が絶えず迸っているのに、身体の中心から感じるのは凍えるほどの寒さだ。


 実際全身が震えて立っていられず、自分でも信じられないがその場で片膝突いた。


「あははは。良い感じに血管切ったかな?」


 男が屈みこんで俺の顔を見つめようとするから、渾身の力をこめて右こぶしを叩きつけようとしたのに。


 逆にどん、と地面に突き放された。

 仰向けに転がり、男の顔を睨みつける。


 男はにっこりと人好きのする笑みを浮かべた。


「そのまま死んじゃえ」


 がんっと横っ面を蹴られる。

 そのあと。

 一気に記憶が白濁した波にのまれた。

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