31話 幕間2 頭領
◇◇◇◇
小屋を出た宰相が、仲間に手引きされてまたティドロス王城内に戻っていく。
それを確認してから頭領は呟いた。
「消す、ねぇ」
顎を摘まみ、目を細める。かたり、と物音がして入り口から仲間が入ってきた。
「頭領。例のものを手に入れましたのでご報告に」
黒ずくめの男が差し出す袋を受け取り、無造作に中に入っているものを取り出した。
きらり、と。
月光を浴びてそれは輝きを放ち、頭領の目を刺す。
「間違いないな。フィアナの黄金のバックルと、翡翠のネックレスだ」
「残念ですが姉妹は噂通り、拷問死したようです。いまのところこちらの情報が洩れていないところを思えば……最期まで口を割らなかったのでしょう」
「あ、そう。《《娘たち》》は死んだんだ」
あっさりと言ってしまい、黒ずくめの男は言葉を失っている。もう少し感情の抑揚をつければよかっただろうか。涙ぐらい浮かべるとか。
それが普通の反応だっただろうか、と考えたもののもう遅い。いまさら泣きまねしたところで逆に引かれる。
「死んだのは残念だが、組織の情報を漏らさなかったのは我が子ながら立派だ。そうだろう?」
「まったくその通りかと」
さりげなく付け足した台詞に、仲間は同意を示す。深々と礼をしたのは敬意を表しているのだろう。
あーあ面倒くさいなぁと内心頭領はため息を吐いた。
暗殺仕事をしているが、人間臭いところを見せないと仲間の心は離れていく。人は理解しがたいものを恐れるからだ。
だから頭領は仲間の前ではモネとロゼを大事にしてきた。
つもり、だ。
もともと我が子への愛などない。
モネとロゼに執着していたのは、フィアナの血を分けた子だったからだ。
フィアナと出会ったのは、タニア王国の路地裏だった。
客引きをしていたから買った。
理由は簡単だ。
服に隠してはいたが、身分不相応なバックルとネックレスをつけていたからだ。聞けば没落貴族の慣れの果てだという。
騙して金品を奪ってやろうと考えた。
顔が好みだったし、娼婦らしくない反応が面白かったため、ぞんぶんに遊んだあと、さりげなく話を持ちかける。
『カネが欲しければ、その黄金のバックルを買い付けてやろうか?』
売ればいい値になる。世間知らずなこの女をだまして安く買いたたいてやろう。
フィアナにそれなりの金額を提示してみせる。
てっきり大喜びするかと思ったのに。
フィアナは不思議な表情を見せた。
『こんなものが珍しいの? ふぅん』
その反応に眉根を寄せると、フィアナは誇らし気に語った。
『私は前世の知識があるの。いまは没落したけどうちの一族は王家につらなっていたのよ。だから……』
『前置きはいい。どういうことだ』
『だから。私の前に生きていた世界では……似たようなものがいくらだって作れるのよ』
錬金術だ。
頭領はがぜん女に興味を示した。
フィアナが語っているのは錬金術についてのなんらかの秘密かもしれない。
タニアでは時折特殊な知識を持つ者が現れるという。彼等は王家に保護され、その能力を国家のために活かすといわれているが……。
(いいものをみつけたかもしれない)
そのときは喜び勇んだ。
フィアナを手に入れ、欲しがるものを与えた。望むから子も産ませた。
だが。
知識が手に入らない。
いや、知識はある。フィアナの中に。
だが、その意味が分からない。
電力、電波、化学物質。
フィアナが語るものの想像がつかない。それは魔法ではないのか。
魔法と何が違うのか。
だがフィアナが嘘をついているとは思えない。むしろ「なぜわからないのか」と苛立っているのは彼女自身なのだ。
彼女が用意してほしいというものの想像がつかない。
その後、フィアナはふたりめの娘であるロゼを産んでから体調を崩した。産褥熱を長く引きずり、ロゼが1歳になるかならないかで死んだ。
頭領がモネとロゼを手元に置いているのは、”フィアナの娘”だからでしかない。
いつかフィアナと同じように何か記憶を覚醒させるのではないか。
それまでは清掃人として使役すればいい。
働かざる者食うべからず、だ。
そんなとき、依頼主のひとりである宰相が、シトエン・バリモアという娘について興味深いことを言い出した。
このたび竜紋を持つ娘が、我が国の王太子のところに嫁ぐことになった。
秘密事項であるが、彼女は特別な知識と才能がある。くれぐれも危険が及ばぬように警護してくれ、と。
よくよく聞けば前世の知識がある、という。
フィアナのような女だと頭領は狂喜乱舞した。
これは天が自分のために与えてくれた第二のチャンスだ。
奪わなくては。手に入れなくては。
王太子に溺愛されれば厄介だ。自分が付け入るスキがなくなる。
だから。
物欲しそうに見ている娘を焚きつけて、王太子の愛人として差し出した。案の定王太子は娘に惚れ、シトエンを冷遇しはじめる。
これでシトエンに近づくきっかけができた。
優しく声掛けをし、自分に興味を持たせよう。なつかせよう。
そう思ったのに。
あろうことか王太子は婚約破棄をし、シトエンを国外に出してしまった。
しかもティドロス王国の王子妃として、だ。
これでは奪うのは難しい。
『シトエンを殺害せよ』
宰相から命じられたとき、頭領もそれはそうだと思った。
他人に奪われる前につぶす。
それは必須だ。
だが。
もしシトエンに利用価値があれば?
錬金術の方法を知っていたら?
シトエンの能力が錬金術でないなら自分にとって不必要だ。
宰相の言う通り殺害し、がっぽり報奨金をいただこう。
ただし。
価値があるなら別だ。
そんな折、娘たちが組織から抜けたがっていると知る。
自分としても見切りをつけ始めた時期でもあった。
この娘たちにはなんの能力もない。
だったら養う意味もないし、手元においているだけ面倒だ。
そして最後の指令を下した。
ティドロス王国第三王子妃シトエン・エル・ティドロスの暗殺。
そもそも暗殺は失敗するだろうと頭領は考えていた。
名だたる手練れがやられたのだ。モネとロゼが隙をついたところで仕留められるわけがない。
頭領の目的はただひとつ。
フィアナが持つ黄金のバックルと翡翠のネックレスをシトエンに見せることだった。
シトエンは、このバックルやネックレスを見てなにを思うだろう。フィアナのように「こんなものが珍しいの?」というだろうか。
もしそうなら、シトエンには利用価値がある。
その素振りをじっくりと観察していたが、残念なことに彼女の知識は医療に特化しているらしい。
やはり殺すか。
だが、ふと思い直しはじめたのは……。
宰相がおかしなことを言いだしたからだ。
『シトエンが特別な能力者であれば厄介だ。早急に消さねば……』
その特別な能力とは、『自分の知識を他人と共有できること』らしい。
これだ、と頭領は手を打った。
これならフィオナの言っている世界が理解できるかもしれない。
(情報共有能力があるのなら別だ)
手に入れたい。
生きたまま。
頭領はバックルとネックレスを握りしめ、ふふと笑う。仲間の男はしばらく無言だったが、うかがうように切り出した。
「それで……どのような手段でシトエンとメイルを消しましょうか?」
「うん? あ。そうか消せって命令だっけ」
頭領は目をまたたかせた。
なにをいってんだか、あの頓珍漢宰相は、と内心で苦笑する。
「だけどなぁ、よく考えて見ろよ。あの竜紋を持つ娘には価値がある。そうじゃない? むしろ、だな」
はは、と頭領は笑い、バックルを指に通してくるくると回した。
「もう価値がないし、邪魔なのは宰相かもしれないよなぁ」
黄金が月光をまとい、きらきらと室内に光を散らす。
頭領はそれをうっとりと見つめた。
 




