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隣国で婚約破棄された娘をもらったのだが、可愛すぎてどうしよう  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)
3章

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29話 シトエンが狙われる理由

「じゃあ三つ編みにするから、もう寝よう」

「いやあの……。いいですよ? わたし簡単に束ねますから」


「待って! 教えてくれたらやるからっ」


 立ち上がろうとするシトエンの両肩を軽く押さえて座らせる。ブラシはとりあえず近くのテーブルに置いた。


「えーっと……じゃあ、髪をみっつに分けてもらって」


 シトエンが戸惑いながら言う。俺は「ふんふん」と頷いて、シトエンの銀の髪をみっつの束にわける。


 ……けど、すぐにこれ……ひとつになるんだが……?


「右の束は右手、左の束は左手で持って」

「持った」


「右の束を真ん中の上になるようにして」

「う……うん」


「次に左束を真ん中の束の上にして」

「お……おう」


「それを交互に繰り返して」

「それおこうごに……」


 呟き、あっちの毛束をこっちに、こっちの毛束をあっちに、としていくうちに……。


 シトエンの髪ってつやつやサラサラだから、いつのまにかほどけて、もとのひとつに……っ!


 な、なんで! 手品かなんかか、これは!


 もう一度やり直して……。右の束をこっちにして、左を……って。

 止まっとけ、そこで!


 焦りながら何度かやり直していると、くすくすと忍び笑いが聞こえてきた。


「ごめん! もうちょっと待ってくれたら!」

「いえ、大丈夫です。あの」


 ふるり、と髪を振ってシトエンは立ち上がる。

 そのまま、おずおずと両手を少しだけ広げて俺を見る。


「あの……髪だけじゃなく、わたしをぎゅっとしてもらえませんか?」


 もちろんんんんんん!!!


 勢いよく立ち上がり過ぎて、椅子を蹴倒したが、構わずシトエンを抱きしめる。

 シトエンは俺の胸にぎゅっと顔を押し付けると、しばらくそのまま動かなかった。


 だけど。

 俺の背中に回した手は、抱きしめるというよりしがみついているようで。


 やっぱり怖かったんだよな、と申し訳なくなる。

 シトエンが苦しくない程度に力をこめ、彼女の首筋にキスをする。


「今日、助けてくださってありがとうございました」

 シトエンがようやくか細い声を漏らした。


「俺の方こそ……。すぐに助けてやれなくて悪かったな」

「そんなことないです。サリュ王子はすぐに駆けつけてくれたじゃないですか」


 シトエンは顔を起こし、笑ってくれる。


「かっこよかったです。とても頼もしかった」

「なら……よかったのだけど。ごめんな」


 俺がもう一度抱きしめると、シトエンは顔を胸におしつけたまま、ふるふると横に振る。


「あ……。犯人は?」


 しばらくじっとしていたのだけど、シトエンがふと俺に問う。


「わからん。捕まえられなかった。だけど、アリオス王太子は『メイルを狙った者だろう』と」


 実際はよくわからん。 

 確かにメイルのいる馬車は狙われた。


 だけど当初、あの馬車に乗るのは「俺とシトエン」だったはずだ。


 シトエンを狙ったとも考えられるが……。


『馬車は三台目も狙われたのだろう? ならばメイルかもしれんぞ』

 とは長兄の言葉だ。


 そう。

 三台目も攻撃されている。そしてそこに乗るはずだったのはメイル。


 二台目を足止めし、急停止できない三台目をぶつける作戦だったのかもしれない。


「どちらにしろ、情報が洩れている」


 ダミーの馬車はまったく狙われていないのだから。

 だとしたら宰相だろうか……。あの男、当初は自分一人でダミーに乗り込もうとしたのだから。


「どうしました?」


 俺の呟きは小さすぎてシトエンには聞こえなかったらしい。

 不思議そうに小首を傾げるから、「なんでもない」と首を横に振る。そして彼女を横抱きに抱えた。


「ひゃあ!」

「じゃあ、おねむの時間ですよ。お嬢さん」


 顔を覗き込んで告げると、シトエンは顔を赤くし、ぎゅっと俺のシャツを掴む。


「その……今はもうあんまり眠くなくて……」

 シトエンはおずおずと俺に言う。


「眠くなるまで、ずっと抱きしめていてくれますか?」


 

 眠るまでどころか、眠ってからも、ずっとずっと抱きしめて。

 なんなら、シトエンが眠るまでずっと彼女の身体にキスを落としていて。




 そしてその日の晩も、夢を見た。


 男が走っている。

 あの、男だ。

 ネイビーブルーの服を着た男。


 必死で階段を駆け下り、勝手に開く扉をいくつか超える。


 目的の部屋に近づくにつれ、俺の鼓動も跳ねた。自分も走っているように喉の奥がひりつき、頭の奥がずきずきと痛む。


 目の前にふさがるのは鉄製の扉。上部が少しだけすりガラスになっていて、その上にはなにか文字らしきものが書いてある看板が赤く光っている。


 男は扉に突進する勢いで近づく。


 開かない。


 何度か足踏みし、上部に対して手を振る。


 開かない。


 男は舌打ちし、扉を殴った。

 そのとき。

 初めて男の顔をはっきり見た。


 鉄製の扉は磨き上げられており、鏡面化して鈍く光っている。

 そこに。

 男の顔が、映っていた。


 驚きで声を失うとはこのことだ。


 俺に……そっくりだった。


 愕然とする間に、男は首にぶら下げているカードのようなものをかざしたり、扉をこじ開けようと把手を引っ張ったりしている。


 そこに、俺たちの団服に似た制服を着た男たちがさすまたを持って駆け寄ってきた。

 扉の脇にある数字の書かれたものを押すと、けたたましい音を立てて扉が開く。


「           !」

 制服の男たちが制止したのに、男は飛び込む。


「         ‼」

「         !」


 その部屋は、怒声が飛び交っていた。


 刃物を持った男。


 鉄の寝台のようなところに横たわる女は血まみれで。

 白い上下の服を着た女たちは壁際で抱き合って泣いている。


 ただひとり。

 あの……シトエンだとしか思えない黒髪の女だけが刃物男と対峙し、怒鳴り合っていた。


 刃物男に対して男が何か言う。だが刃物男は逆上したようだ。怒鳴り返して。


 そして。


「       !」

 振りかざした刃物を……。

 


 俺は目をつむる。

 左胸に激痛が走る。


 絶叫した。

 痛いからじゃない。


 恐怖だ。

 シトエンがいなくなってしまう。


 死んでしまう。

 その絶望が喉から迸って……。



「サリュ王子⁉」


 ゆすぶられて目が覚めた。

 全力疾走したかのように息が荒い。


 シーツを握りしめ、全身汗まみれになって。

 俺は目が覚めてなお、まだ悲鳴をあげていた。


「……サリュ王子。本当に……なにが?」 


 仰向けのまま、起き上がれもせずに俺は茫然と彼女を見上げる。


 シトエンは俺の顔を覗き込んでいて。

 ぎゅっと引き絞った唇がわずかに震え……。


 そして紫色の瞳からは涙がこぼれて俺の頬に落ちた。


「……大丈夫……だから」

 俺はぎこちなく笑い、シトエンの涙を拭う。


「ぼっちゃん⁉ 大丈夫ですか!」


 激しいノック音。そのあと執事長の声までが扉の向こうで聞こえて、苦笑いした。だいぶん大声で俺は叫んでいたんだろう。


「悪い、寝ぼけた。大丈夫だ」


 そう返しながらも。

 頭の中では別のことを考えていた。


 あの男。

 夢の中に現れた男。


 あれこそが。

 シトエンが前世で愛していた男ではないのか?


 ということは。

 俺が見ていたあの夢。あの風景。


 あれは。

 輪廻転生前にシトエンが生きていた世界……か?

 

 シトエンの頬に添えた俺の手。彼女はその俺の手にすり寄る。


「大丈夫。ごめん、驚かせたな」


 笑って見せるとシトエンも少し微笑むが、その唇にはやはり不安の色が滲んでいた。


 そんなシトエンをみつめ、俺は思う。


 シトエンの前世を垣間見た。

 かなり具体的に見ることが可能だ。


 これが……彼女が狙われている原因ではないのか?



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