25話 馬車襲撃
◇◇◇◇
がつり、と先頭を走る馬車の車輪が硬質な音を立てた。数十秒後。俺の乗った馬の蹄鉄の音も同じ音をたてはじめる。
車列が別荘街に入ったのだ。
強烈な日差しが遮られ、半透明な幕を透かし見たような薄い影に車道が飲まれる。
道の両脇に別荘が隙間なく立ち並んでいるからだ。
ここは王都の郊外にあるシャレーゼ地区。
近くに整備された王立公園があり、植栽された地区に留鳥が数十種類いるのが確認されている。人工池にも旅鳥がなにかいるかもしれん。
本来は馬車等の乗り入れは禁止されているが、今日は申請書を提出して受理されている。ゆっくりと回れば、他にも鳥を餌にする小動物なんかも見れるかもしれないが……。
まあ、車輪の音で逃げるだろうな。よしんば見られたとしても厄介だ。メイルが「降りる!見る!」と言い出しかねん。
鳥は逃げてよし。
「予定通りに行きそうですね」
並走するラウルが大声を張った。そのまま鞍にかけている水筒から水をラッパ飲みする。ようやく日陰に入ってホッとしたというところだろう。
騎乗の移動はうちの騎士団、慣れているからあれだけど……。団服着てる奴等は相当暑いと思う。雪山じゃないから、黒いんだよ。団服。ご苦労。もうすぐだからな。
「警邏はしているんだな?」
念のために確認する。
というのも、このシャレーゼ地区というのは別荘街とはいえ、三分の一は持ち主が外国人だ。
駐留外交員のものもあれば、豪商のものもある。買い付ける時には当然うちの審査が必要だが、中にはよからぬものに転売する奴もいるので気を付けたい地区ではあった。
「地元の治安部隊が巡回しているはずです。アリオス王太子の護衛部隊には重点的にここをお願いしていますし。ただ、持ち主不明の住宅が何軒かありますから気を付けてください」
ラウルの言う通り、市街の中ほどまで来ると、アリオス王太子の護衛を示す部隊章をつけた騎士たちが道に沿って警護をしてくれていた。
「あー……でも人の手、足んねぇよなあ」
俺はぼやく。
アリオス王太子が早速本国に要請して騎士団を派遣してくれているようだが……。当然、到着には時間がかかる。
ひとはいくらあってもいいが……到着する頃には帰国って。あんまこっちにはメリットねぇよな。
「暑いですね。団長も水呑んでくださいよ、脱水とか起こしますから」
ラウルに言われ、ふとロゼとモネはどうだろうと視線を前に向ける。
あいつらはダミーの馬車を護衛している。
ダミーとはいえ護衛もつけずにガラガラだったらバレるからな。
前方を覗い見るために、鐙に体重を乗せて背伸びをする。途端にラウルに「やめてください」と叱られた。
というのも、俺が今乗っているこの馬。
ラウルの愛馬の黒馬だ。
俺は今日、馬車に乗る予定だったから自分の馬を連れてきていなかった。
騎乗に変更になったから、団員の誰かに借りようとしたらみんな、半泣きで拒否する。
『団長の馬みたいに、うちのは頑丈じゃないんですっ! 脚が折れたらどうするんですかっ』
……ひでぇよな。
まあ……。俺の愛馬、確かにときどき輓馬と間違えられるほどでかくて足太いけどさ。
よくいえば、俺に忠実。悪く言えば、判断をすべて俺に任せているバカというか。俺が命じたら崖でもなんでも昇ったり駆け下りたりもする。だけど俺だって安全性は配慮しているぞ。愛してるしな、俺の馬を。
でもそれはみんなも一緒。
仔馬の頃から育てて調教して。特にうちなんて移動警護がほとんどだから馬とは生涯を共にする。
団長が命じたから、といって「はいどうぞ」とはそりゃ貸さない。
そこでラウルが涙を呑んで自分の馬を貸してくれた。なんという犠牲精神。さすが騎士だ。
ただ、心底納得はしていないせいで。
俺が乗るまで今生の別れみたいになってて、俺に対しても『無茶させたら団長と言えど許しませんからねっ』と念押しされたけど。
大丈夫。
ラウルの愛馬は、俺のと違って賢い。
賢いから自分で判断して無理はしないし、自分が危なくなればきっと逃げるし、不服従になる。
「あー……やっぱ見えねぇな」
呟くものの、そりゃ当然だ。
俺たちはシトエンとメイルがいる2台目付近にいる。見えるはずはない。
あいつら、無理して脱水とかしてなきゃいいけど。
ふと顔を上げた。
太陽の位置を確認しようと思ったのと、雲の動きを見ようと思ったのだ。
そのとき別荘の屋根を見て思い出す。
夢。
そういえばあの夢に出て来た建物の最上部に載せられていた鉄板みたいなやつ。あれ、結局兵器なんだろうか。なんなんだろう。
そんなことを考えていると、小さいが鋭い光が目を刺した。
咄嗟に方向に顔を向ける。
この位置からは五軒先の別荘の屋根。
そこに。
誰かいる。いや、なにか仕掛けられている。
「伏せろ! シトエン、伏せろ‼」
俺は鞭を打って手綱を握った。黒馬は指示を受けて鼻先を突き出すようにして疾走する。
「団長⁉」
ラウルの声が追いかけてくるが、前傾して腰を上げる。馬はまた速度を上げた。
「クロスボウだ!」
大声で返したころには、シトエンの馬車に追いついた。
窓越しに「伏せろ!」と怒鳴る。シトエンは驚いたように目を見開いたが、すぐに向かいの席のメイルの腕を取ってしゃがみこませる。
「団長⁉」
馭者役の騎士が首をねじってこちらを見ている。馭者はふたりいる。もうひとりがメインの手綱を握っているのだろう。
俺はもう一度鞭を打って黒馬の速度を上げる。
「止めるな! つっきれ! もう……っ」
来る、という語尾は強烈な破壊音に消される。
高音でありながらそれぞれが別々の音階を持つから全体的には悲鳴のような不協和音。
俺は首をねじって馬車を見る。
ガラスが砕け、木製の馬車の一部が吹き飛んでいた。




