姉を殺した犯人への復讐に生きる、復讐のリーディア物語
姉レティシアが行方不明になってから、丁度、1年経った。
王宮の自室の窓から見える景色は雨で煙っている。
今、自分のお腹には新しい命が宿っている。
そのお腹を撫でながらリーディアは思う。
レティシアはあんな殺され方をしてどんなに無念だっただろう…
レティシア・アルテルク公爵令嬢は、それはもう、何もかも優れた美しい令嬢だった。
このミル王国のラウス王太子の婚約者として、王妃教育を幼い頃からこなし、王立学園卒業と同時にラウス王太子と婚姻する予定だった。
歳はラウス王太子と同い年の18歳。それはもう、金の髪に青い瞳の美しい姉だった。
アルテルク公爵家の期待をすべて背負って、姉は未来の王妃教育を頑張ってきたのに。
それなのに…
ラウス王太子はとある日、真実の愛とかなんとか言って姉のレティシアに婚約解消を申し出てきたのだ。
公爵家に訪ねてきたラウス王太子。王太子が自ら訪ねてくるなんて、余程の事なのだろう。
「私はマリーア・レッテル男爵令嬢と真実の愛を見つけたのだ。本当に愛する者と結婚したい。彼女を王妃にしたいのだ。」
両親もレティシアも驚いたような顔で、ラウス王太子の言葉を聞いて、
リーディアはそんな三人の様子を見て思う。
だって…姉は頑張ってきたのですもの。長年。王妃教育をそれはもう、頑張って。
ラウス王太子との仲を深めようと、茶会でも夜会でも、彼を立てるように、本当に気遣って。
全てラウス王太子の為に生きてきた姉ですもの。
それなのに…ショックだっただろう姉は何故か淡々と、
「婚約解消承りましたわ。」
父である公爵も、
「あまりに酷い。娘は10年も王家の為に頑張ってきたのですぞ。それなのに。」
ラウス王太子はすまなそうに、
「私はレティシアに愛を感じないのだ。私が愛しているのはマリーア。マリーアと共に未来を歩きたい。しかしだ。もし、レティシアがどうしてもと望むのなら。側妃にそなたをしたいのだが…」
レティシアは首を振って、
「わたくしは側妃になるつもりはありません。真実の愛なのでしょう?マリーアという方に失礼では?」
ラウス王太子はチっと舌打ちをして、
リーディアはそんなラウス王太子に嫌悪を感じた。
最低の男。仕方がないから側妃にですって?どこまで姉を馬鹿にしているのかしら。
ラウス王太子が帰った後、レティシアは部屋にこもってしまって。
心配になり、リーディアはドアの前で声をかける。
「お姉様。お話してよろしいですか?」
「駄目よ。今はそんな気分ではないの。」
「お姉様がわたくし心配で。」
「ありがとう。大丈夫よ。わたくしは大丈夫だから。」
レティシアの10年間はもろくも崩れ去ってしまった。
リーディアはレティシアの傷ついた気持ちが痛い程解ったから、今はそっとしておこう。
そう思って自室に戻ったのだが…
翌日、レティシアの姿が忽然と消えてしまった。
屋敷の中は大騒ぎになる。
父であるアルテルク公爵は使用人達に、
「ともかくレティシアを探せ。なんとしても見つけるのだ。」
母の公爵夫人も、
「ああ、レティシア。あの子はどこへ行ってしまったのでしょう…」
リーディアは母を慰めながら、
「大丈夫ですわ。お姉様は絶対に見つかります。ええ、大丈夫ですとも。」
「そうだといいのだけれど。あの子はあんなにも傷ついていたわ。」
しかし、どんなに探してもレティシアは見つからない。
一週間経ち、二週間経ち、仕方がないので、騎士団にも捜索を依頼した。
「レティシアが行方不明なんだって?」
王立学園へ通う17歳のリーディア。
そこで、婚約者のディード・ユティウス公爵令息に声をかけられる。
リーディアはディードに向かって、
「内緒にしていてごめんなさい。屋敷の者達で心当たりを探していたのですけれども、いまだに見つからなくて。」
「ラウス王太子殿下に婚約解消されたのが、そんなに傷ついたのか…」
「ええ。お姉様にとって、ショックだったのね。」
リーディアは栗色の髪のあまり美しくない令嬢だ。
それに比べてディードは背も高く黒髪碧眼の凄い美男子で、周りの令嬢達からもリーディアは嫉妬の眼差しで見られていた。
姉レティシアは金髪碧眼の華やかな女性で、自分はとても地味な女…
そんな自分が政略でもディードと婚約出来て嬉しかった。
ディードは肩に手を置いて、
「大丈夫。きっと見つかるよ。」
「ありがとう。でも、もう二週間。生きていてくれればよいのだけれども。」
貴族の若い女性が二週間、行方不明なのだ。
生きているかどうかも解らない。
リーディアは心の底から姉の無事を祈っていたのであったが…
それから三日後。
レティシアは死体となって見つかった。
王都の端にある人通りの少ない小さな橋の下で斬殺体となって見つかったのである。
着ているドレスもボロボロで、酷い死に方をしていて…
アルテウス公爵夫妻も、リーディアもその報告を騎士団から聞いて、
アルテウス公爵は涙を流し、
「ああ、なんてことだ。」
夫人はあまりの事に椅子に倒れこみ、慌ててリーディアが介抱する。
「お母様っ。」
「おおおっ。リーディア。レティシアがっレティシアがっ。なんであの子が殺されなくてはならないのっ。」
リーディアは泣きながら思った。
何で…何でお姉様は行方不明になって殺されたの?
自分で屋敷を出て行ったの?それとも…
アルテウス公爵は、
「王家の影に殺されたのか?ラウス王太子は娘の事を邪魔だと思ったのか。うちは婚約解消を受け入れている。それなのにっ…」
夫人も涙を流しながら、
「王家の暗部の教育は受けていないはずですわ。いかに未来の王妃とはいえ…そこまで信頼されてはいないはずですから。間違いなくラウス王太子殿下の独断ですわ。」
泣き崩れる二人に、リーディアは、
「お父様。お母様。わたくしを側妃に押してくださいませ。」
アルテウス公爵はリーディアの言葉に驚いて、
「何を言い出すんだ?お前にはちゃんと…」
「ディード様とは婚約解消を。わたくし、お姉様だけが殺されて、わたくしだけが幸せになるなんて…自分が許せません。ですから、お父様。」
リーディアを母が抱きしめてくれた。
「駄目よ。貴方は貴方で幸せにならないと。せっかくディードと婚約できたのだから。」
ああ、母の愛情が、父の愛情がとても有難い。
でも、わたくしは…
「わたくしの決意は変わりませんわ。お父様。お母様。どうかお願いです。このままではお姉様は浮かばれません。」
あまりのリーディアの熱意に折れて、リーディアは王家にも認められ、ラウス王太子の側妃として王宮へ上がることになった。
ディード・ユティウス公爵令息との婚約はユティウス公爵とアルテウス公爵のみの話し合いで解消された。
「リーディアっ。どういう事だっ。」
門の前でディードが叫ぶ。
その報告をメイドから聞いて、部屋でリーディアは両耳をふさいで、ディードの声を聞かないようにした。
門から部屋までは距離がある。聞こえるはずもないディードの叫び。
それでも、聞きたくない。聞きたくないのだから…
あんなに好きだったディード。
婚約者になれた時は天にも昇る気持ちで嬉しかった。
涙がこぼれる…
それでもリーディアの決意は変わらなかった。
それから一月後、ラウス王太子はマリーアと婚姻した。
そして、リーディアは、側妃として王宮へ上がった。
ラウス王太子は、王宮の広間でリーディアを見るなり、
「レティシアはそれはもう美しい女だった。お前は地味で冴えない女だな。それなのに、側妃になりたいだなんて。私はマリーアさえいれば十分なのに、父上の命令で仕方なく。私に愛されるとは思うな。」
マリーアはピンクのフワフワの髪の可愛らしい女性だった。
リーディアを見るなり、
「レティシア様は本当に私を無視して。お友達になりたかったのに。酷い人でしたわ。」
ラウス王太子はマリーアをあやすように、
「その妹が側妃とはマリーアも辛いだろう。私が愛しているのはマリーアだけだ。」
「嬉しいーー。王太子殿下。」
リーディアは思った。
ラウス王太子に近づかないと、復讐は出来ない。
「申し訳ございません。ラウス王太子殿下。わたくしは王太子殿下に愛されたくて、側妃になることを志望したのですわ。」
「ほほう。私に愛されたいとな。」
ちらりとこちらを見るラウス王太子。
リーディアはにこやかに、
「地味な女が嫌いなら、派手になるように努力いたします。ですから…王太子殿下。」
「ふふん。お前が努力するなら、褥への訪問を考えてやってもいい。」
マリーアが怒り出す。
「考えてやってもいいだなんてっ。私だけを愛してくれるって。」
ラウス王太子は慌てたように、
「せっかく父上が用意してくれた側妃。ほら、形だけでも、な…」
リーディアは思った。
この男は、意外と脆い。真実の愛とか言っていながら、押せば、近づけるかもしれない。
憎い…姉を殺したラウス王太子が憎い。
だから…必ず彼を…
王宮のメイドに頼んで、化粧を濃くして貰う。
髪色も栗色から華やかな金色に染めた。
鏡を見て驚いた。
こうしてみると、レティシアに似ている。
レティシアに似た自分を見てもあの男は罪悪を感じないのだろうか?
その夜、ラウス王太子が部屋にやってきた。
リーディアを見て一言。
「レティシアに似ている。さすが姉妹だな。」
「姉は…姉は死にましたわ。王都のさびれた橋の下で冷たくなって…」
「お前は私が殺したと疑って復讐の為に私に近づいたのか?」
「そうだと言ったら…」
「復讐されるような軟な人間ではないな。残念ながら。憎い男に抱かれて、憎い男の子を産んで。お前は一生、私を憎みながら、苦しんで生きていくんだ。」
壁にラウス王太子に両手を押し付けられる。
リーディアは叫びたかった…でも…
心にもない事を言う。
「でも…姉は愚かでしたわ。わたくしなら、正妃が無理ならば、側妃にでもしてくださいませと、貴方様に婚約解消の場で申し出たでしょう。憎しみよりも、ラウス王太子殿下のような素晴らしい方の側妃になれてわたくしは…幸せですのよ。」
「ほほう。本心とは思えんな。」
「本心ですとも…」
ラウス王太子に口づけをする。
ラウス王太子は答えるようにむさぼるような口づけをしてきた。
後はラウス王太子に夜着を脱がされ、されるがまま、心の奥底で愛していたディードの事を思った…
復讐したい。なんとか復讐を…
そう焦れば焦るほど、どうしようもなくて…
ひと月、ふた月、無常に時が過ぎていく。
ラウス王太子と結婚したマリーアは、無能な女だった。
男爵令嬢であったマリーア。
王妃教育を受けてきたわけでもない。
王宮の夜会でも、マナーがなっていないと陰口を叩かれる始末。
とある日、ラウス王太子はリーディアに命じてきた。
「明日の夜会のパートナーを命じる。」
「明日の夜会?マリーア王太子妃様は?」
「外国からの客がくるのに、アレを出したらまずいだろう。お前がマリーアとして出席しろ。公爵令嬢だったお前なら、少しはまだマシであろう。」
リーディアは呆れた。
メイドたちの噂話でも、マリーアのやらかしは聞こえてくる。
「承知いたしましたわ。」
その夜、マリーアがリーディアの部屋に突進してきた。
「ちょっと、貴方が王太子殿下に頼んだのでしょう?私の事を馬鹿にしてっ。」
とびかかって来た。周りのメイド達が慌てて、マリーアを抑え込む。
思いっきり頬を叩かれてしまったので、リーディアは負けじと相手の頬を叩き返した。
そして叫ぶ。
「貴方が情けないから、わたくしが貴方として明日の夜会に出るのですわ。」
「きぃいいいいいいいっーーー。私が情けないですって?」
「だってそうでしょう?王太子殿下自ら、そう命令してきたのです。マリーアとして夜会に出ろと。」
マリーアは髪を振り乱して、部屋を出て行った。
もう一度、王太子に文句を言いに戻ったのであろう。
翌日、マリーアとしてリーディアは、ラウス王太子にエスコートされて夜会に出席した。
隣国の大使の方々と、挨拶をする。
マナーは公爵家で習ったマナーだが、間違いなく本物のマリーアよりはマシであろう。
大使が、ラウス王太子に向かって、
「噂とは違い、素晴らしい王太子妃殿下ですな。」
「ほほう。どのような噂?」
「王太子妃殿下はマナーも何もなっていない方だと。もっぱら噂ですぞ。知らぬものはいないでしょう。」
リーディアはにこやかに、
「噂は噂ですわ。」
「確かに…その品のある姿…マナー。何もかも一流ですな。」
ふと、視線を感じてみれば、元婚約者のディードがこちらを見ていた。
見知らぬ令嬢をエスコートしている。
彼は彼で家の為に結婚しなければならないのだろう。
胸が痛む。
あんなに好きだったディード。
でも、今は…
望む復讐も出来ず、ただただ憎い男に抱かれて、側妃にまでなってしまって。
そんな自分をディードはどう思っているのだろうか。
死んだ姉レティシアだって。泣いているに違いない。
早く復讐しなくては…
でもどうやって?
「ちょっと化粧室へ行ってまいりますわ。」
化粧室へ向かえば、ディードが後からついてきた。
柱の影へ引き込まれる。
「わたくしは側妃ですっ…王太子殿下の…」
「知っている。君の姉を殺した男だ。」
「証拠がありませんわ。」
「奴以外に、誰が殺す。」
「わたくしは復讐したいのです。でも…」
手に瓶を握らされた。
「毒が入っている。これで王太子殿下を。」
毒?この手の中に入っているのは毒?
これがあれば復讐することが出来る?
ディードはスっと離れて、歩いて行ってしまった。
震える手で瓶を握る。
これで復讐することが出来る…お姉様。お姉様…
急に胸がムカついて気分が悪くなった。
慌てて化粧室へ駆け込む。
吐き気でせき込んで、やっと吐き気が収まって、そして恐ろしいことに気が付いてしまった…
ああ…この胸のムカつきは…もしかして。
子がお腹にできてしまった?
憎き王太子殿下の子が…
リーディアは頭を抱えて座り込んだ。
復讐をするために渡された毒…
でも、この毒を使えば、間違いなく自分は処刑されるだろう。
でも、お腹の子は殺したくはない。
憎い男の子。でも…可愛いお腹の中のこの命…
リーディアは毒の瓶の中身を捨てて、瓶を粉々に砕き、庭に捨てたのであった。
それから一年後、リーディアは男の子を産んだ。
王太子妃のマリーアには子が出来ない。
憎い男の子供でも、リーディアにとってはとても可愛かった。
国王陛下も王妃もラウス王太子もそれはもう喜んでくれて、リーディアは小さな命を抱きしめて、母としての喜びに浸っていた。
そんなとある夜、ラウス王太子がリーディアの部屋に訪ねた。
赤ん坊とともにベッドに寝ているリーディア。
ラウス王太子はリーディアにそのままでいいと言い、書類の束を渡した。
そこには何やら文字がびっしり書かれている。
「レティシアを殺した連中を捕まえた。奴らの供述書。他にも調べた報告が書いてある。長い時がかかった。すまなかったな。」
「貴方様ではないのですか?」
「私ではない。レティシアを殺した連中。彼らを雇ったのはディード・ユティウス公爵令息。レティシアと恋仲だった男だ。」
「お姉様と恋仲?」
知らなかった。全く知らなかったのだ。姉が…ディード様と恋仲?
ラウス王太子は言葉を続ける。
「私も知らなかった事だが、ディードとレティシアは密会していた。不貞を重ねていた。」
「それならば、お姉様は婚約解消された時点で、ディード様に…」
「そうだ。お前と婚約解消して、自分と婚約しろと迫ったのかもしれんな。」
「でも、ディード様がお姉様を愛していたなら、殺す理由はないはず…おかしいわ。」
「レティシアとは遊びだったのかもしれん。ディードが愛していたのはお前ではないのか?」
毒薬を渡してきたのは…それだけわたくしに執着していたという事?
憎き王太子殿下を殺して、わたくしを破滅させるため?
他の男に渡したままにする位なら…
ぞっとする…
ラウス王太子は頭を下げて、
「マリーアは王太子妃から降ろすことにした。あまりにもマナーがなってはいない。父上母上がもう我慢ならないと。」
「真実の愛なのでしょう?」
「廃嫡されるのはごめんだ。真実の愛。そんなものより、実を取る。私は国王になりたい。」
ラウス王太子に対する復讐心が溶けていく。
この男に愛を感じているわけではない。でも…姉に裏切られていたのだ。
そしてディードにも…
自分が信じられるのはそう、この子だけ…隣に寝ている小さな命。
マリーアが王太子妃から降ろされるのならば、自分が王太子妃になれるだろう。
「確認致しますが、わたくしが王太子妃になれるのかしら。」
「そうだな。お前しかおるまい。」
「解りましたわ。」
今はまだ力がない。でも…いずれ王妃になった時に、しっかりと復讐することに致しましょう。
今度はラウス王太子にではない。
かつて自分が愛した男。ディードに。
のちに、王妃になったリーディアは王子をさらに2人産み、絶大な権力を握った。
ディード・ユリティウス公爵を集めておいたレティシア殺害の証拠を突き付けて、破滅に陥れ、彼は公開処刑されることになる。
彼は醜くわめきながら、
「私が愛しているのはリーディアだけだっーーー。リーディアっ。リーディア。助けてくれ。」
処刑にリーディアは立ち合い、
「お姉様と不貞を重ね、わたくしに毒を渡して国王陛下を殺そうとした大罪人をわたくしは許すつもりはありません。王妃リーディアの名において。」
ディードは民衆にヤジを飛ばされる中、処刑された。
復讐を終えたリーディアに残ったものは、悲しみだけだった。
大好きなお姉様レティシア。愛していたディードに裏切られて…
胸の傷が痛む。
ラウス国王を愛している訳ではない。ただ、3人の王子にはたまらない愛しさを感じている。
これからは王子たちの為に、そして国の為に生きましょう。
それでもリーディアの心にはたまらない寂しさが押し寄せるのであった。