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072 サランドラとの交渉はこんな感じです。

 68話直後の話です。


 ――時は少し遡る。


 アレクセイとサランドラはお互いに、交渉相手に相応ふさわしいと認め、商談が本格的に始まった。

 スージーとポーラは彼の後ろに立ち、黙って成り行きを見守る。


「いろいろとあるが、まずは本題から始めよう」


 アレクセイはポーラに目配せする。

 しっかりと聞いておけ――その意図を察して、彼女はうなずく。


「1本50万ゴル。月に30本だ」


 最初はアレクセイが軽く牽制する。


「リドホルム伯領でそれは無理ですよ」


 サランドラは常識的な答えを返しながらも、アレクセイの意図を推測する。

 それが不可能だと分からないほど、アレクセイはバカではない。


「まあね、その通りだ」

「では、なぜ?」

「王都なら可能でしょ?」


 軽い調子だが、その言葉は爆弾だった。

 アレクセイがどこまで把握しているのか――サランドラは必死に頭を働かせる。

 ひょっとして、彼はすべてを――。


「ジルコニア商会」

「…………」


 サランドラの眉がピクリと動いた。

 それだけで、アレクセイは自分の推測が正しかったと悟る。


「やっぱりね」

「どうしてそれを?」

「おかしいと思ったんだよね。君はこの土地の人間ではない。わざわざ辺境までやって来た。そして、この地で商売をする気なら、ブルゴス商会と張り合うのは得策ではない」


 当然の指摘だが、これくらいのことに気づけない貴族も多い。


「それが分からないほど、君はバカじゃない」


 アレクセイは続ける。


「では、君はなにを望むのか? この辺境は君の目的地ではなく出発点。そうとしか考えられない。君はもっと上を見ているよね」


 サランドラは胸の内を見透かされる思いだ。


「そう考えると、一番可能性が高いのはジルコニア商会。絶対という確信はなかったけど、君の反応を見ると当たりだったようだね」

「よくご存じでしたね」

「まあ、いっぱい勉強したからね」


 なんということはないという調子でアレクセイは告げるが、サランドラが受けた衝撃は言葉にできないほどだった。

 子爵は自分が思っていたよりも、はるかに優秀――その事実に身体が震え上がる。


 この辺境の地でジルコニア商会の名を知っている者はいないわけではない。

 だが、商会独自のルールまで知っている者が果たして存在するだろうか。


 サランドラもアレクセイの境遇は調べてある。

 伯爵の後を継ぐのはもちろん、まともな待遇を受けるのもほぼ不可能だ。

 だが、それでも、彼は腐ったりせず、本気で勉強を続けたのだ。

 膨大な努力と賢い頭脳、両方がないとサランドラとジルコニア商会との結びつきには気づけない。


「アレクセイ様は我が家のルールもご存じのようですね?」


 アレクセイはうなずいて、肯定の意を示す。


 ジルコニア商会――この国で一番大きな商会。

 上位貴族や王族とも強いつながりを持ち、内政にも影響力を持つほどだ。


 この商会には特別なルールがある。

 跡継ぎを決めるルールだ。


「ああ、子どもたちに競わせるんでしょ」

「やはり、知ってましたか」


 ジルコニア家は子どもたちに試練を与える。

 具体的には、それぞれの子どもに資金と人材を与え、小さな商会を営ませる。

 そして、ジルコニア家の名前を出さずに、どこまで商会を大きくできるか――それを競わせるのだ。


「こんな辺境に追いやられるくらいだ。君もあまりいい処遇は受けていないんでしょ?」

「おっしゃる通りです」


 アレクセイ同様、サランドラも家の中での立場は良くなかった。

 二人とも同じような立場。そして、目指すのも同じく、はるかな高みだ。


「では、質問しよう。トリートメントシャンプーで小銭を稼ぐか、それとも、胸を張って王都に返り咲くか。どっちを選ぶんだい?」


 質問のかたちをとってはいるが、答えは言うまでもない。

 これは最終確認だ。それだけの覚悟があるかという。


 決断を突きつけられ、それでも、サランドラは笑った。

 満面の笑みだ。


「言うまでもありません。全額ベットです。アレクセイ様の覇道にどこまでもおつき合いさせていただきます」

「それは君自身も含まれているのかい?」

「当然でございます」


 二人は固い握手を交わす。

 後になってから判明するのだが、この結束によって、この国の歴史は大きく変わることになった。


「質問してもよろしいでしょうか?」

「ああ、僕たちは一心同体だ。気兼ねすることはないよ」

「アレクセイ様の見る先――そこにはなにがあるのでしょうか?」


 アレクセイは権勢を求めるただの野心家ではない。

 では、なにを求めるのか、きっと、予想もつかないことだろう。

 サランドラは胸を震わせて、彼の答えを待った。


「そうだね。ひと言で表すなら――リドホルム家初代の悲願を果たすことだ」

「初代の悲願ですか? それはいったい?」

「民を幸せにすること。この国の、この世界の常識では、思いもつかない方法でね。それを実現させる」

「…………」

「口で説明するのは無理だ。だから、この村の今後を見て判断して欲しい」

「承知しました」


 どんな夢を見せてくれるのか。

 サランドラの興奮は収まらない。


「一ヶ月」

「うん」

「一ヶ月でトリートメントシャンプーの話をまとめてきます」

「うん」


 王都まで馬車で片道一ヶ月。

 だが、アレクセイは間に合うのか尋ねない。


「竜車ならば、一週間でつきます。二週間で話をつけ、一ヶ月後に戻って来ます」

「なら、ちょうどいい。一ヶ月後に収穫祭がある。楽しみに待っているよ」

「はい。必ずや」


 二人の話はそこで終わる。


「ポーラ、どうだった?」

「凄いやり取りだったのは分かりました。でも、まだ半分も理解できていません」


 ポーラは半分しか分からないと否定的だが、アレクセイの考えは正反対だ。


「どうだい、この歳で半分も理解できているんだよ」

「それはまた……信じられないですね」

「いずれ、僕の片腕になってくれる子だ。鍛えてあげてね」

「私の方が鍛えてもらえそうですが……」

「後は細々とした話だ。ポーラ、後は任せたよ」

「はい、頑張ります」

「スージーはできるだけ口を挟まないであげてね」

「分かっています」


 アレクセイは立ち上がる。


「ぼちぼち、ブルゴス商会がやって来る時間だ。あまり、楽しくないけど、これも領主の仕事だからね」


 そうぼやきながら、その場を後にした。


次回――『ベーシックインカムが始まります。』

1週お休みして1月27日更新です。


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