056 キングオーガと最終決戦です。
モンスターには様々な強さがある。
素早い動きで撹乱するモンスター。
魔法や特殊攻撃を使うモンスター。
群れとなって襲い来るモンスター。
それに対し、キングオーガの強さは――強靭な肉体による物理特化だ。
分厚い皮膚と筋肉は頑堅な守り。
巨体の重量を乗せた重たい攻撃。
単純な力こそがキングオーガの強さだ。
キングオーガ相手に真正面からぶつかって勝つのは容易ではない。
しかも、今のアレクセイとスージーにとって、キングオーガは格上。
知恵を絞り、策を練り、裏を突いて、ようやく勝てる相手だ。
これまで長い戦いだった。
昼過ぎから始まった戦いだったが、太陽をもう地平線に接している。
アレクセイもスージーもポーションで回復したとは言え、精神的な疲労は蓄積されている。
一歩間違えれば、無事では済まない。
最後の戦い――二人は限界まで集中力を高める。
三メートルを超える巨体に二人は対峙する。
『――忠義挺身』
アレクセイを魔法障壁が覆う。
そして、スージーはアレクセイの前に立つ。
なにがあっても、アレクセイを守るという決意とともに。
戦い方は今まで通り。
スージーが守り、アレクセイが攻める。
キングオーガの戦い方はシンプル。
力任せに棍棒を振り回すのみ。
だがその威力はジロの丸太の数倍、十倍以上かもしれない。
直撃したら、致命傷だ。
う゛お゛おおおおぉぉぉ。
キングオーガが吠え、スージーに向けて棍棒を叩きつける。
スージーは十分に引きつけて躱し――。
『――操血術【血斬】』
血の刃でオーガの手首を斬りつける。
だが、キングオーガの皮膚は固く、うっすらと血が滲んだだけ。大したダメージは与えられなかった。
それと同時にアレクセイは――。
『――【氷刃】』
氷の刃を放つが、こちらも皮膚を切り裂いただけった。
キングオーガは痛みを感じず、再度、棍棒を振り下ろす。
二人はバックステップで距離を取る――。
そこに援護射撃が殺到する。
投石が、爆竹が、子どもたちの魔法が。
ノーダメージだが、キングオーガの気をそらせる。
この調子で戦いは進んでいった――。
二人とも深追いをせず、軽い攻撃を当てるだけ。
皮膚を傷つけるばかりで、キングオーガにロクなダメージを与えられない。
これまでは主導権を握りアグレッシブに戦っていた二人だったが、どうも積極性に欠ける戦いぶりだ。
攻め手に欠け、キングオーガに押されているようにも見える。
このまま続けばジリ貧。いずれ押し切られる未来しか見えない――。
だが、それでも慎重に戦いを進め、数十分が経過した頃――。
――ついに、日が沈みきり、夜の闇がやって来た。
ここまで二人とも攻められっぱなし。
一撃喰らえば終わりの猛攻を凌いできた。
だが、暗くなり視界が悪くなれば、躱すのはより困難になる。
いよいよ窮地かと思われるが――アレクセイは不敵に笑う。
この状況を望んでいたとばかり――。
「さあ、スージー、君の時間だ」
夜の時間――闇の眷属の時間が始まる。
スージーは残っていた三本の小瓶を立て続けに飲み干す。
そして――。
『――ヴァンパイア・フォーム』
紅い目。
鋭い牙。
一対の黒い翼。
そこに現れたのはセカンドギフト【レッサーヴァンパイア】によってヴァンパイア姿に変化したスージーだった。
夜間しか使えない上に、大量の血液を必要とするが――その強さは桁外れだ。
これが朝からではなく、昼過ぎから始めた理由だった。
なにもなければ、日が沈む前に終われる。
なにかあっても、日没まで粘れば勝てる。
最後の切り札が、スージーのヴァンパイア化だった。
『――操血術』
両手のひらから、ふたつの巨大な血の塊が出現する。
平常時の何倍もの大きさだ。
そのひとつ、右手をキングオーガに向け――。
『――操血術【血侵】』
血の噴流がキングオーガに襲いかかり、全身につけられた切り傷から侵入する。
『――操血術【混血】』
スージーの血液は侵入した体内でキングオーガの血液と混ざり合い――。
『――操血術【血縛】』
身体の支配権をキングオーガから奪い取った。
操血術にはふたつの使い道がある。
ひとつは、自分の血液を自由自在に操ること。
もうひとつは、血液を通じて相手を操ること。
大きな傷ひとつよりも、無数の小さな傷の方が侵入しやすい。
このために今まで小さな傷を積み上げてきたのだ。
「さあ、アレク様」
スージーは左手をアレクセイに向け、血流を伸ばす。
キングオーガに向けられた暴力的な流れとは対照的に優しく慈しむ流れだ。
『――操血術【同心同体】』
スージーの血液がアレクセイを包む。
アレクセイはスージーの血を受け入れる。
血は皮膚から浸透し、触れ合い、溶け合い、二人は一人に――。
「ああ、僕たちはひとつだ」
「ひとつです」
恍惚に浸るスージー。
みなぎるアレクセイ。
「これで終わりだ」
アレクセイは剣を両手で握る。
その剣身は根本から徐々に赤く染まっていく。
血色は剣先まで広がり、それでも伸び続ける。
敵を求め、血を求め――その長さは二メートルを超えた。
『『――【血結剣】』』
二人の声が重なり、アレクセイは飛び出す――。
スージーの血液で雁字搦めにされたキングオーガは指先ひとつ動かせない。
アレクセイは地を蹴って軽く飛ぶ、スージーの血により身体は羽毛のように軽い。
身体を捻って血結剣を後ろに引く。
キングオーガの顔の高さまで飛び上がり、全力を開放――血結剣を水平に薙ぎ払う。
アレクセイが軽やかに着地したすぐ後、キングオーガの頭部が地に転がる。
スージーが血の束縛を解除すると、キングオーガの巨体はドシンと音を立てて、後ろに倒れた。
一瞬の静寂の後――。
「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
村人たちが歓声を上げる。
「やりましたね、アレク様」
「ああ、やったね」
フラリと揺れるスージーに駆け寄り、アレクセイはその身体を支える。
ヴァンパイアだったスージーが、ゆっくりと人の姿を取り戻す。
「ちょっと、血を使い過ぎたようです」
「頑張ったね。いくらでもどうぞ」
「ありがとうございます」
スージーはアレクセイの首元に歯を立てる――。
満足するまで血を吸った後、笑みを浮かべて意識を失った。
「ごくろうさん」
スージーを抱え上げ、頭を軽く撫でた。
それから、村の方に振り返る。
「これでスタンピードは終わりだ。村を守るために命を落とした五人の弔いも達成できた。一人の犠牲も出さずにだ」
歓声が大きくなる。
「僕たちの完全勝利だよ。さあ、祝宴にしよう!」
割れんばかりの歓声で、スタンピードは無事に幕を閉じた――。
次回――『進むべき道が決まりました。』
第一部最終回です。
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