053 後退戦です。
次の波に現れたオーガは――三体。
「後退だッ!」
それを見たイッチの叫びが響く。
臆したわけでも、独断でもない。
――オーガが同時に三体以上出現したら後退する。
事前に取り決めていた通りの行動だ。
「殿はジロ、大将と姉御に任せる」
これも取り決めだ。
戦略を決定したのはアレクセイ。
だが、それをイッチが発令することにより――イッチの【戦闘指揮】が発動する。
イッチの指示に、一同は森の道へ退避する――。
この道は戦闘行動を取れるように、この一週間の突貫工事で作り上げたもの。
幅は狭く、ニメートル。
人間が武器を使うには問題がないが、巨体のオーガはギリギリ通れるサイズだ。
先頭はイッチ。
ニクス、サンカと続き、その後ろにマーロウとメルタ。
最後尾はアレクセイとスージー、そしてジロだ。
道の入口から数メートル下がったところで最後尾の三人は止まり、オーガに備える。
オーガは猪突猛進。森に入って回り込む知性はない。
この場所であれば、オーガが何体いたとしても、複数を相手取らずに済む。
道はオーガにとっては狭すぎたようだ。
先頭のオーガは両サイドの木々の枝をへし折りながらこっちに向かってくる。
硬い皮膚を持つオーガには大したダメージではないが、走る速度は若干落ちる。
迫りくるオーガに対し、ジロは丸太を脇に抱えて前に突き出した体勢で――。
「マッスルマッスルッ!」
――そのまま突進。
勢いのついた丸太がオーガの胴体を激しく突く。
ドォン。
さすがのオーガにもジロの突撃は通じたようで、オーガは上体を仰け反らす。
すぐさま、ジロの両脇をアレクセイとスージーが駆け抜け、オーガを斬りつける。
先手必勝――オーガを手玉に取った二人は、一方的に攻撃を続け、無傷でオーガを倒した。
だが、すぐに二体目が襲って来る――。
一体ずつ相手取れるのは大きな優位であるが、その反面、倒すのに時間がかかる。
波が進むにつれ、出現するオーガの数は増える。
戦いを続けるうちに、オーガは大渋滞を起こし一列に並び始める。
頃合いを見計らってイッチが合図を出す。
「よし、中間地点まで後退だ」
イッチらは走り出す。
メルタは走りながら、小袋に入った粉末を少しずつ撒いて行く。
モンスターを引き付け、興奮状態にさせる魔法の粉だ。
これでオーガは考えなしに後を追いかけてくる。
オーガと打ち合っていたアレクセイとスージーもつけ込まれないようにしながら、後退を開始する。
やがて、目的の中間地点に到着。
そこは土がむき出しの直径10メートルほどの開けた場所だ。
一同は中心を避け、端を通って反対側で待ち構える。
もし、オーガに知性があれば、地面が不自然に均されていることに気づいただろう。
だが、興奮状態のオーガはそのまま広場になだれ込み――。
ズドーン。
地面に大穴が空く。
落とし穴だ。
アントンの【罠作成】と村人たちの動員によって作られた、巨大な落とし穴だ。
その落とし穴はオーガの背丈の倍以上深く、底には斜めに切断された鋭利な魔硬竹が剣山のように設置されている。
ウギャァアアアァァァ。
勢いよく落下したオーガは自らの重さによって、串刺しになる。
次から次へと、後ろから押されるようにポッカリと口をあけた大穴に飛び込み、断末魔が響き渡る。
二十体以上のオーガが罠によって絶命した。
「うへえ、こりゃ凄い。大将の作戦通りですなあ」
「すげえ」
「すごい眺めだ」
穴を覗き込み、面々は笑顔を浮かべる。
強敵であるオーガがいとも簡単に死んだのだ。
「のんびりはしてれないよ。すぐ次が来る」
モンスターの死体はしばらくするとドロップアイテムを残して消える。
なので、この罠は繰り返し使える。
ただ、最初と違ってカモフラージュされていないので、上手くハメる必要がある。
「メルタ、頼んだよ」
「任せて、主様」
メルタは短く応じると、ダンジョンに向かって走り出した。
彼女の仕事は釣り役――ダンジョンから出てきたオーガをおびき寄せる役目だ。
危険度を最小限にするなら、スージーかアレクセイが適任だろう。
だが、全部が全部、二人でやってしまったら、村人たちが成長しない。
一番槍をジロに任せたように、安全マージンが確保される範囲内で、できるだけ村人自身にやらせる。
アレクセイはスタンピードを窮地と捉えるのではなく、成長の機会と考えていた。
ここ最近で急成長したメルタの敏捷性はスージーにも負けず劣らず。
期待通りに、彼女は無傷でオーガの一群を引き連れてきた。
作戦通り散々挑発したようで、オーガは怒り狂って全力で彼女を追いかけている。
この調子なら――。
ウギャァアアアァァァ。
オーガは大穴に気づかず、次々と落ちていく。
「大成功だね。さあ、もう一回だ」
その調子で、大した苦労もなくオーガを駆逐していった――。
「予想だと、そろそろ終わりになるはずなんだけど」
日が傾いてきた。
アレクセイは過去のスタンピード情報を分析した結果、ここらへんでスタンピードは終わるはずだと予想していた。
だが、どこか胸騒ぎがする。
「マーロウ、どうかな?」
尋ねられたマーロウは【集中】のスキルを発動する。
魔力を消費して、通常では気づき得ないものを感じ取るスキルだ。
「……嫌な予感がします」
「メルタ、釣りは中止だ」
「主様、承知」
起こりうるケースはいくつかある。
オーガが大量発生したり、より強いモンスターが出現したり。
この状況でメルタを向かわせるのは危険だと判断する。
嫌な沈黙が支配する中、一同はモンスターの出現を待ち構えた。
やがて――。
「キングオーガか……」
アレクセイの胸騒ぎは最悪のかたちで的中してしまった。
次回――『キングオーガ登場です。』
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