031 さて、ここで大事なお話です。どちらか選んでください。
――宴会は盛況のうちに終了した。
片付けが済み、村人たちは広場に車座になって座っている。
その中心に立つアレクセイは、村人たちに話しかける。
「こうやって、お祝いできるのも、みんながよく頑張ってくれたからだ。僕がウーヌス村に来て二週間ちょっと。予想以上の早さで、村は豊かになった。ここまでは文句ない発展だ。それを踏まえて、みんなに話がある――」
アレクセイは一堂を見回し――。
「――これからの話をしよう」
お酒も入り、浮かれ調子だった村人たちだったが、アレクセイの声に真剣な顔になる。
「僕たちは大きな決断を下さなければならない――」
村人がザワつく。
アレクセイの意図を理解している村人はひとりもいなかった。
「――と言っても、今日、決めようというわけではない。じっくりと時間をかけ、みんなで話し合って決めていこう」
リドホルム伯領のような土地が広く、人口数万の地では、みんな話し合って決めるのは不可能だ。
物事を決定するのは権力を持つ貴族。そして、貴族は領地のことよりも、家の、自分の利益を優先させる。
それに対し、ここウーヌス村は人口五十人。
それも、共同体としてひとつにまとまっている。
村人たちが、自分たちで考え、自分たちで決めるべき――それがアレクセイの考えだった。
「これからは今までの半分の労働量で飢えることなく暮らしていける」
ナニー料理で健康になり村人の生産性は、以前の倍以上になった。
農地の開墾も終わり、村人たちを養うのにはこれで十分だ。
「今までは、ただひたすら働くこと――生き延びる方法はそれしかなかった。だけど、豊かさを手に入れた今の僕たちには、もうひとつの選択肢がある。どっちの道に進むのか、選ぶことができるんだ」
――豊かさとは選択肢だ。
逆に、貧困とは選択肢が奪われた状態。
自然の暴力の前に、なすすべもなく屈服するしかない状態。
人間の尊厳が奪われた状態。
飢えていても、食べ物がなければ、空腹に耐えるしかない。
火痘に苦しむ人がいても、貧しければ、なにもできない。
しかし、食べ物が、お金があれば、救うという選択肢が生まれる。
これこそが――豊かさの本質だ。
アレクセイは豊かさの遥か先を見据えている――。
アレクセイの望む、豊かで自由な社会――ベーシックインカムが実現した社会――を実現するためには、選択肢が与えられているだけではだけでは不十分。
アレクセイは異世界の先人から、自由を獲得するための『潜在能力』が必要だと学んだ。
ともあれ、まずは選択肢がないことには始まらない。
その先を考えるのは――将来の話だ。
「これからも一生懸命働いて、村をより豊かにしていくのか。それとも、働く時間を減らして、のんびり暮らしていくか。僕たちは選ぶことができるようになったんだ」
アレクセイ個人の意見としては、領地発展路線を望んでいる。
より豊かになれば、より多くの人を救えるからだ。
しかし、それは村人の労働の上に成り立っている。
どちらを選ぶにしろ、村人たちの意見が最優先だ。
「分からないこと、知りたいことがあれば、僕に訊いてくれ。できる限りのアドバイスはする。だけど、最終的に決めるのは君たちだ。僕は君たちの決定に従う」
領民に決定権を委ねる。
この国の常識に真っ向から対立する行為だ。
しかし、この決断こそ、アレクセイの覇道の第一歩である。
アレクセイの言葉、考え、思いは、村人たちの心に深く染み込む。
どうやら、とんでもないことになりそうだ――村人たちはそう予感した。
村人たちは今日から、自発的に考えるようになる。
自分の生き方を。
生きる目的を。
正しさを。
選択肢が与えられた以上、なにを選ぶか考えざるを得ない。
これは――正義だ。
アレクセイは村人に豊かさを与え、選択肢を与え、正義を与えた。
この時代の人にとっては、とてつもない贅沢だ。
だが、それでもアレクセイにとっては、まだまだ不十分だ。
ご先祖様のいた異世界では、誰もがそれ以上のものを持っていた。長い歴史をかけて手に入れた人類の遺産として、受け継がれていた。
空気と同じく、当たり前すぎて、その存在と価値に気がつかないくらい。
しかし、それだけ成熟した社会を持つ異世界でも、ベーシックインカムの実現は果たせなかった。
目指す社会は果てしなく遠い。
だが、アレクセイは確実に一歩ずつ前進している。
『潜在能力』はノーベル経済学賞受賞のアマルティア・センによる考えです。
次回――『満月の夜。スージーの様子が変です。』
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