029 ゴブリンが出ました。大変です!
――翌日の午後。
アレクセイが【農夫】五人組と打ち合わせをしていたところ、【兵士】ニクスが血相を変えて、村に駆け込んで来た。
「たっ、大変だッ!」
息を切らし、その手には持っているはずの武器がなかった。急ぐために置いてきたと分かる。
ただならぬ様子に、近くにいた村人たちの間に緊張が走る。
アレクセイは平静を保ったまま、ニクスに声をかけだ。
「どうした?」
「兄貴ッ! ゴブリンに襲われたッ!」
「分かった。詳しい話は移動しながら聞く。ジロ、ついて来い」
「親方、任せるっす。おいらがぶん殴ってやるっす。マッスルマッスルッ!!」
アレクセイは即時に判断を下す。
【農夫】のひとりジロは【怪力】のギフトを授かると同時に戦闘欲求も獲得したようで、毎日、三人と一緒に訓練をし、ジャイアントワームを殴り倒している。
戦闘技術では三人の足元にも及ばないが、攻撃力だけならダントツだ。
森の木で作った大きく無骨な棍棒を持ち、早くもやる気をみなぎらせている。
「街道沿いだね?」
「はいっ」
「行くぞ」
アレクセイはニクスとジロを連れて走り出した――。
ニクスは、イッチとサンカと三人で街道の警戒にあたっていた。そこをゴブリンに襲われたのだ。
最悪のタイミングだった。
昨日から、スージーとマーロウは最寄りのザイツェンの街に馬車で買い出しに向かい、村から離れていた。
戦闘経験が豊富なマーロウ。
彼がいたら、【第六感】で襲撃を予測できただろう。
アレクセイに次いで、村で二番目の強さのスージー。
彼女がいれば、戦力に不安はない。
だが、ないものねだりをしても仕方がない。
アレクセイは走りながら、ニクスから聞き取る。
「現れたのはゴブリンだけ?」
「うん」
「ゴブリンは何体?」
「十体以上。二十はいない」
「ゴブリンと戦ったことは?」
「俺はないけど、父ちゃんとサンカはある。父ちゃんがゴブリンは強敵だって言ってた。俺は弱いから……」
ニクスは悔しそうに歯を食いしばる。
伝令の役目を与えられた――それは三人の中で一番弱いことを意味しているからだ。
ニクスは自分の弱さが、許せなかった。
「ニクス、伝令も大切な役割だよ。君は一生懸命走った。今はそれで十分だ」
「うん……」
「その悔しさを忘れちゃ駄目だよ。その思いは君を強くする」
「兄貴……」
「大丈夫。イッチもサンカもこの二週間で格段に強くなった。ゴブリンごときに遅れはとらないよ」
「うん……」
「強くなったのはニクスも同じだ」
初めて会ったときは頼りない身体つきだったが、ガッチリと筋肉がつき、身体がひと回り大きくなっている。ナニー料理のおかげだ。
鍛え上げた精鋭の騎士に比べたらまだまだが、この生活を続けていけば追いつくのも時間の問題だろう。
「ジャイアントワームも余裕で倒せるようになったろ?」
「うん」
三人の【兵士】はワーム養殖場で多くのジャイアントワームを倒してきた。
モンスターを倒すと、モンスターの魔素の一部――いわゆる『経験値』と呼ばれるもの――が身体に吸収され、強くなる。
三人とも実戦経験を積み、経験値を得たことで強くなった。
「スージーの厳しい修行にも耐えたんだ。その悔しさはゴブリンにぶつけてやろう」
「分かった。俺、やるよ」
アレクセイと話すうちに、ニクスは吹っ切れた。
「兄貴、そろそろだっ!」
「ああ、僕が先頭に出るよ。二人は後をついて来て」
「おうっ!」「マッスルッ!」
街道いっぱいに広がる十数体のゴブリン。
二人並んで戦うイッチとサンカ。
上手く立ち回って囲まれないようにしているが、身体にはいくつもの傷がつけられている。
アレクセイはいつもの穏やかな態度から、戦闘用に気持ちを入れ替える。
「助けに来たッ! もう、大丈夫だっ!」
低く、短く、力強い声。
「大将っ!」
「主殿っ!」
イッチとサンカの顔に安堵が浮かぶ。
「二人とも、一度下がれ。ニクスは二人にポーションを。ジロ、一緒に出るぞ」
「おうっ!」「マッスルッ!」
直剣を抜いたアレクセイが、素早い動きでゴブリンを斬り割く。
ジロは力任せに棍棒を振り回し、ゴブリンを叩き潰す。
「父ちゃん、サンカ。ポーションだ」
ジロは二人にヒールポーションを手渡す。
リシアが作った高品質ポーションだ。
ひと息で飲み干すと、二人の傷は見る見る間に癒えていく。
その間にニクスは地面に落ちている自分の大剣を拾う。
「大将、行けるぜ」
「イッチ、指揮は任せた。練習通りやるだけだ」
『我が軍に力を――』
イッチが叫ぶと、皆の身体は赤い光が包まれる。
イッチが授かったギフトは【戦闘指揮】。
集団戦闘の際に、率いる味方の能力に補正がかかるギフトだ。
全員、自分の身体に起こった変化をすぐに感じ取る。
「これは……」
今までも訓練中に試したことはあったが、今回の効果はそれよりも強かった。
――なるほど、実戦だとより効果を発揮するのか。
イッチ本人も驚いたようだが、手応えを感じてすぐに決断する。
「全員、突撃ッ!」
「「「応ッ!」」」「マッスルッ!」
イッチの直剣。
ニクスの大剣。
サンカの和刀。
三本の剣閃がゴブリンを斬り割く――。
三人が持つのは新しく手にした鉄製武器だ。
アレクセイが持ち込んだ鉄インゴットから、【鍛冶師】の男が作った武器だ。
三人にはこの二週間、徹底的に型を教え込んだ。スージー仕込みの正統派剣術だ。
型というのは先人の努力と研鑽の結晶である。
無駄を省き、より効率的に身体を使う。
一撃に体重を乗せ、最速の軌道で剣を振るう。
長い年月をかけて、たどり着いた頂点だ。
たった二週間ではあるが、彼らの剣技は見違えるほどに成長した。
その剣技でゴブリンを安々と葬っていく。
そこにアレクセイの剣舞とジロの「マッスルッ!」が加わり――。
すぐに結末が訪れた。
一方的な蹂躙だった。
「お疲れ様。三人とも強くなったね」
戦闘が終わり、いつものアレクセイに戻る。
「スゴいですぜ、大将。あれだけのゴブリン相手に楽勝でしたぜ」
「これが主殿が与えて下さった力……」
「俺、強くなった……」
三人とも自分の成長が信じられない様子だ。
「ちゃんとギフトも新しい武器も使いこなせてるみたいだね」
イッチの【戦闘指揮】。
ニクスの【大剣術】。
サンカの【刀術】。
そして、武器も――。
「新しくいただいた武器は凄いですな。この剣の切れ味には驚きましたぜ。大将のおかげで助かった」
「この刀も軽くて鋭い。主殿、感謝致します」
「俺の大剣もカッコイイだろ。兄貴、ありがとな」
三人はアレクセイに感謝を伝える。
もし、アレクセイが領主になっていなかったら、村は壊滅していたかもしれない。
戦いに勝利し、三人の忠誠はより深まった。
「ジロもいい筋肉だったよ」
「マッスルマッスルッ!」
ジロは誇らしげに筋肉アピールする。
「一難去ったけど、まだ、油断はできない。スージーたちが帰ってくるまで、この辺りの警戒を続けよう」
トラブルがなければ、街に向かった馬車がそろそろ帰ってくる時間だ。
アレクセイらは村に戻らず、この場で警戒にあたることにした。
次回――『馬車が街から帰ってきました。スージーは怒っています。』
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