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028 スージーのいない夜(下):勝者発表

「お兄ちゃんに添い寝してもらえないかな……って」

「ああ、いいよ」


 その程度であれば、断る理由はなにもない。

 アレクセイは快諾した。


 ――そして、夜になり、アレクセイは村長宅を訪れた。


「お兄ちゃん、こっちだよ」


 出迎えたのはリシアだった。アントンは今夜は別の家に泊まっている。

 案内されたのは――先日ディーナを治療した部屋だ。

 部屋の中に、ベッドはひとつ。


「あら、アレクセイ様、こんばんは」


 そのベッドにはディーナが腰掛けていた。


「ディーナも一緒?」

「うん。ママが元気になったから、一緒に寝てるんだ」


 ――ホントは二人っきりがいいけど、恥ずかしいもん……。


 リシアの小さなつぶやきはアレクセイには届かない。


「さあ、お兄ちゃん、一緒に寝よ」

「僕はどこに寝ればいいんだい?」

「お兄ちゃんは真ん中だよ」


 そうして三人並んで横になる。

 奥からディーナ、アレクセイ、リシアの順だ。


「さすがにちょっと狭いね」

「あはは」

「大丈夫? 落っこちない?」

「うん、ちょっと狭いかな」


 リシアはベッドからはみ出した足をプラプラさせている。

 アレクセイとくっつくのが恥ずかしいようで、少し、ほんの少しだが、身体を離していた。


「ほら、遠慮しないで、もっとこっちにおいでよ」

「きゃっ!」


 アレクセイはリシアの身体を引き寄せる。

 脇腹に触れられたリシアはくすぐったかったようだ。


 仰向けで寝るには狭すぎたので、アレクセイはリシアの方を向く。

 そうすると、小柄なリシアはアレクセイの腕の中にすっぽりと収まった。


「はうぅ、お兄ちゃんのいい匂い」


 リシアはアレクセイの胸に顔をうずめ、クンクンと嗅ぐ。その顔はすっかり安らいでいた。

 アレクセイは彼女のしたいようにさせ、その青い髪を撫でる。


「くぅん、気持ちいいよぉ~」


 トリートメントシャンプーのおかげで、サラサラになり、森の中にいるような優しい香りがアレクセイの鼻孔をくすぐった。

 リシアの高めの体温が伝わり、アレクセイの心と身体をポカポカと温める。


 お腹の辺りに押し付けられる、成長途中の胸の膨らみ――二週間前にはなかった膨らみだ。

 身体が小柄で、子どもっぽいところもあるが、リシアは十四歳。アレクセイとひとつしか変わらない。柔らかい胸がアレクセイに、そのことを思い出させた。


「あら、気持ちよさそうね」


 ディーナもアレクセイの背中に密着する。

 背後からも森の香りが漂い、背中に押し付けられたそれはリシアの倍以上のサイズだ。

 ふたつの柔らかいものがふにゃりと潰れ、アレクセイの背中を包み込む。


 前も、後ろも――アレクセイは幸せに挟まれる。


 ――僕はこの幸せを手に入れたんだ。


 初めて合ったときの二人の姿を思い出す――。


 小柄で痩せぎす、血色の悪かったリシア。

 病魔に侵され、やつれきっていたディーナ。


 その二人が健康を取り戻し、幸せな笑顔を浮かべている。

 領主として、これほど嬉しいことはなかった。


「狭いけど、これならなんとか寝れそうだね」


 小さいベッドの両脇に隙間ができるほど、三人は密着していた。


「うぅん」とリシアが身をよじる。

「苦しかった?」と尋ねれば――。

「ううん。お兄ちゃんの顔が見たくて」可愛いことを言う。


 見つめる瞳は大きく、無邪気だ。

 リシアはやっぱり添い寝がしたかっただけで、それ以上は望んでいない――少なくとも今の段階では。


 アレクセイの方も邪心はない。

 妹がいたら、こんな感じなのかな、と感慨に浸っていた。

 それと同時に、庇護欲が刺激される。


「お兄ちゃん、わたしのわがままにつきあってくれてありがとう」

「リシアは頑張ってくれてるからね。ご褒美だよ」

「じゃあ、わたし、もっと頑張るっ!」


 しばらく三人でとりとめもない話をしているうちに、リシアの瞳がとろんとしてくる。


「お兄ちゃん、お休みなさい」と瞳を閉じる。


 アレクセイが髪を撫でていると、リシアはすぐに寝息を立て始めた。


「寝ちゃったね」

「ずいぶんと緊張してましたから」

「リシアはちょっと無防備じゃない?」


 すやすやと無邪気な寝顔を晒している。

 アレクセイならともかく、年頃の男の子だったら、間違いを起こしかねない状況だ。


「私が背中を押したんです。アレクセイ様にはスージーさんもいますし、この子は引っ込み思案ですから」

「母親がそう言うのなら、僕は遠慮しないよ?」

「ええ、そうしてください。この子も喜ぶでしょう」


 アレクセイもリシアの恋心には気づいていた。

 ただそれは、生まれたての淡い思い。

 綺麗な純真さだけで作られた初恋だ。


「でも、リシアの初恋はもう少し長生きさせてあげたいな」


 この貴重な思いは一生にひとつだけ。

 一度失われたら、二度と手に入らない。


 アレクセイの言葉に、ディーナは驚く。

 アレクセイが与えてくれたものの大きさに。


「どうやら、私たちは生き急いでいたみたいですね。今日を生きるのに必死でしたから」

「これからは、のんびり生きていこう」

「ええ、そうですね。本当にありがとうございました」


 今日のような時間を持てるのも、アレクセイがこの村に来たからだ。

 食べ物や薬だけでなく、精神的なゆとり――それもアレクセイがもたらしたもの。


「僕たちもそろそろ寝ようか」

「そうですね」


 アレクセイは手を伸ばし、ベッド脇に置かれた燭台の火を吹き消す。

 蝋燭が消える臭いと一緒に闇が訪れた。


 アレクセイはリシアを起こさないように身体をねじって、ディーナと向き合う。

 同じ高さに顔があった。大人の顔だ。


「ずいぶん冷えているね」


 向き合ったことでアレクセイは気がついた。

 リシアの高い体温とは対照的に、ディーナの手足は驚くほど冷たい。


「おかげさまで身体は良くなったのですが、夜になると手足が冷えてしまうんです」

「それはよくないね」


 アレクセイはディーナの顔を見る。

 暗くてよく見えないが、息遣いと雰囲気でディーナの気持ちは確認できた。

 両方の足でリシアの足を挟み、優しくさする。

 成熟した女性の身体は、アレクセイには新鮮だった。


 ディーナは黙って受け入れる。

 伝わってくる暖かさは、彼女が忘れて久しいものだった。


「ずいぶんと慣れてますね」

「スージーとずっと一緒だからね」

「スージーさんは幸せ者ですね」

「僕の方が幸せにしてもらってるよ」

「ふふっ。アレクセイ様はみんなを幸せにしてくれます」

「それが領主の務めだからね」

「アレクセイ様の愛はどこまでも深いのですわ。誰かに愛を与えても、他の人の分がなくならないくらいに」

「みんなに幸せになってもらいたいからね」


 それを聞いたディーナは一瞬、手に力を入れ、そして、力を抜いた――なにかを断ち切るように。


「では、その愛を私にもわけていただけないでしょうか。一夜だけでもかまいませんから」


 アレクセイの胸元にディーナの唇が触れる。

 湿り気を帯びた長い口づけだった。


「君が望むのであれば」


 アレクセイはお返しにディーナのおでこに口づける。

 軽く啄むキスを二度、三度――。


「でも、スージーさんに悪くないかしら?」


 ディーナはアレクセイに両腕を回し、胸板に頬をくっつけて尋ねる。


「出かける前のスージーに釘を刺されたよ」


 ディーナの身体がビクッと跳ねる。

 離れようとした彼女の身体を、アレクセイはキツく抱いて離さない。


「『他の女の子の気持ちをちゃんと受け止めてあげてください』ってね。だから、僕は余計なことは考えない。自分の気持ちに正直に生きるだけ。スージーもそれを望んでいる」

「私も自分に正直に生きていいのかしら?」

「正直に生きるディーナの方が素敵だよ」

「リシアに恨まれないかしら?」

「僕はそんな愛し方はしないよ。君も、リシアも、他のみんなも、全員幸せにするよ」


 ディーナを守っていた最後の一枚。

 見えない衣がスルリと()()()()


 この瞬間、男と女の空気に――。


「アレクセイ様なら、あの人も許してくれますわ」


 ディーナの口はアレクセイの口を塞ぎ、胸はアレクセイの胸板に弾け、手足は愛を求めてうごめく。


 ――女の情念。


 スージーにはない深い陰りに、アレクセイは新鮮味を感じた。


「ああ、殿方に抱かれるなんて、ずいぶんと久しぶりですわ」


 アレクセイもディーナの思いに応えるべく、動き出す。

 両手でディーナの背中に隠された愛欲を探し、舌を絡ませてディーナの奥深さを解きほぐしていく。


 皮膚と皮膚。

 粘膜と粘膜。


 二人の境い目がおぼろになっていく。


 アレクセイの手は段々と下がっていき、ディーナの臀部でんぶに伸びたとき――。


「ママ……パパ……」


 リシアの寝言が二人の耳に届き、二人の動きが、二人の時間が止まる。


 そして、再度――。


「ママ……パパ……リシアを一人にしないでね」


 男女の間とは不思議なものである。

 二人がひとつになる瞬間があれば、ハッと我に返る瞬間もある。


 アレクセイはディーナから身体を離す。

 ディーナは()()()()いた服を整える。


 暗闇の中、お互いの目が合った――気がする。


 それが気のせいかどうか、どちらともなく笑いがこぼれる。


「寝ようか?」「寝ましょうか?」


 アレクセイは一度ベッドから降り、リシアを真ん中に寝かせ、自分も横になった。


「女を思い出してしまいました。責任取ってくださいね」


 先ほどまでの情念は感じられない、冗談めかした声だった。


「ああ、そのときは必ず最後まで君を愛するよ」


【補足】


「痩せぎす」は


からだがやせて骨ばっていること。また、そのさま。

(goo辞書)


という意味です。


「痩せすぎ」の誤字ではないか?

という指摘を度々受けるので、念のため。


   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ゴブリンが出ました。大変です!』



楽しんでいただけましたら、ブックマーク、評価★★★★★お願いしますm(_ _)m

一人でも多くの人に本作を読んでいただき、ベーシックインカムを広めたいです!


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