027 スージーのいない夜(上):添い寝権をゲットするのは?
『スージーの出発』
――教会でのキリエ学級参観を終えた後。
村の入口前、出発準備を整えた馬車の横で、アレクセイとスージーが会話をしている。
「じゃあ、頼んだよ。アレが上手くいくかはスージー次第だからね」
「任せてくださいっ!」
馬車はこれから、隣領にある最寄りの街ザイツェンに向かう。
向こうで一泊して、帰りは明日の午後になる予定だ。
目的はふたつ。
食料品など、物資の買い付け。
そして、もうひとつ――『トリートメントシャンプー』の売却だ。
大金が動く仕事で、スージーにしか任せられない。
「お姉ちゃんが守れないんですから、気をつけてくださいね」
「大丈夫だって、僕だってそれなりに強いんだから」
「それと――」
スージーは顔を寄せ、アレクセイの耳元でささやく。
「――――――――」
彼女のささやき声が、アレクセイの耳をゾクリと震わせた。
「それは、つまり――」
「お姉ちゃんの心は宙よりも深いってことです」
スージーは顔を離し、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「その代わり、帰ってきたら、ちゃんとご褒美くださいね」
「ああ、たっぷりとね」
そこで会話が途切れ、スージーはアレクセイにチュッと軽く口づける。
「では、行ってまいります」
スージーは御者台に飛び乗る。
その隣では、マーロウが手綱を握っていた。
「ドゥランテもしっかり働いてくれよ」
アレクセイがたてがみを撫でると、荷馬のドゥランテがヒヒンと高く鳴き、歩き始めた。
村人たちに見送られながら、馬車は街道を南へと進んで行く――。
この後、アレクセイとの添い寝を賭けての女の子の戦いが起こるのだが――当の本人はまったく想像してもいなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
『サンカの覚悟』
「主殿――」
アレクセイに声をかけたのはサンカだった。
サンカは緑髪をポニーテールにした十七歳の少女【兵士】だ。
彼女は東方の地にいるサムライに憧れ、独特の振る舞いと喋り方をする。
サムライは主君に忠誠を誓い、主君のために生き、主君のために死ぬ。
幼い頃に話で聞いて以来、サンカは自分もサムライのように生きたいと願っていた。
それまでは主君と仰ぐべき者と出会えずくすぶっていた思いが、アレクセイと出会ったことで爆発した。
サンカはアレクセイを主君として仰ぐと決めたのだ。
「どうしたの?」
サンカがアレクセイの足元に片膝をつく。
思い詰めたような真剣な表情だ。
この機会を逃すまいと、決死の覚悟だった。
「今宵はスージー殿がご不在と聞きました」
「ああ、ザイツェンまで買い出しにね」
「主殿が望まれるのであれば、拙女がごっ、ご寝所をともに――」
「おーい、サンカ」
顔を真っ赤にしたサンカの言葉を遮ったのはニクスの声だった。
「模擬戦しようぜ」
二本の木剣を持って現れたニクスは、空気を読まずに軽い調子で告げる。
「あれっ? サンカどうしたんだ? 兄貴の前でそんな格好して」
ニクスの能天気な態度に、サンカの中で怒りが込み上がる。
さっきとは別の意味で赤くなった顔で――。
「このバカッ!」
「痛ッ!」
サンカはニクスの頭に拳骨を落とす。
八つ当たりだとは分かっていても、そうせずにはいられなかった。
「なんだよッ! いきなりッ!」
「うるさいっ! お前のせいで台無しだ」
「俺がなにしたってんだよ」
「模擬戦がしたいんだったな。いいだろう、ギッタンギッタンに叩きのめしてやろう。ほら、行くぞッ!」
そう言って、サンカはニクスから木剣を奪い取る。
「あれ? 話の途中だったけど、いいの?」
「あっ、主殿っ。そっ、その話は、また後日ということで」
さっきは意を決して、勢いに任せてしゃべった。
中断されて冷静になった今、あのセリフをもう一度口にすることは、恥ずかしすぎてできなかった。
サンカの怒りをぶつけられたニクスは災難だ。
彼には一切の悪気がなかった。
ただ、間が悪かっただけだ。
◇◆◇◆◇◆◇
『ナニーの誘惑』
――午後のおやつどき。
カゴいっぱいにビスケットを詰めたナニーがアレクセイに声をかける。
「領主さま~。おやつですよ~」
「おっ、もうそんな時間か」
「はいです~」
「ありがと」
毎日、この時間になると、ナニーは村人たちにおやつを配っている。
アレクセイはナニーから二人分のビスケットを受け取った。
もう一人分はポーラのだ。
言い方はあれだが、この二週間アレクセイはナニーのおやつでポーラを餌付けしているのだ。
その成果もあって、最初は目が合うだけで逃げ出したポーラも、今では近くでおやつを食べてくれるようになった。
「今日のは自信作です~。残っていた材料をふんだんに使っちゃいました~」
「それは楽しみだね」
受け取ったビスケットからはほんのりと甘い果実の香りが感じられる。
明日になればスージーが街から食材を買い付けてくるので、今日は奮発したようだ。
「ありがとう。じゃあ、お菓子配りよろしくね」
礼を述べて、アレクセイが立ち去ろうとすると――。
「ねえ、領主さま」
「ん?」
ナニーは背後からアレクセイの腕に抱きつき、甘い声を出す。
「今夜はスージーちゃんがいないから一人ですよね~? それとも、もうお相手がいたりするんですか~?」
「いや、一人だよ」
「だったら、今夜ご一緒してもいいですか?」
ナニーは瞳を潤ませ、上目遣いで懇願する。
百人中九十九人が陥落しそうなあざとさだ。
しかし、アレクセイは残りの一人だった。
「からかっているだけでしょ?」
とまったく動じない。
「表情ひとつ変えませんね~。さすがです~」
ナニーはペロッと舌を出す。
でも、そこで終わりではなかった。
ナニーは「でも――」と流し目を送る。
「からかっているだけ、ってわけでもないんですよ?」
二人の視線が絡まる。
急に静かになったかのように、ナニーは自分の心臓が立てる音が聞こえた。
止まった時間――最初に動いたのはアレクセイだった。
「そう? だったら――」
アレクセイは目つきを変える。
いつもと違う艷やかな目つき。
耳元に顔を寄せられ、ナニーの乙女な部分が静かな悲鳴をあげる。
アレクセイの吐息を感じる。
その距離から低い声で告げられた。
「――――――――」
途端にナニーは顔を真っ赤にし、あたふたと手をバタバタさせる。
「はうぅ。じょ、冗談ですよ~。ナニーはまだっ、そのっ、こっ、心構えがっ――」
「あははは。冗談だよ」
ナニーの慌てる様子を見て、アレクセイは笑う。
いつもの表情に戻っていた。
一方の、ナニーは脱力して、その場にへたり込んでしまう。
「むぅ~、からかったんですね~」
「お返しだよ」
どうやら、アレクセイの方が一枚上手だったようだ。
◇◆◇◆◇◆◇
『リシアへのご褒美』
――夕食前の時間だった。
リシアとアレクセイが話している。
トリートメントシャンプー売上金の取り分についてだ。
「ママとも相談したけど、やっぱりお金は受け取れないよ。村のために使って欲しいな」
「分かった。そうしよう」
「そのかわり……ご褒美が……欲しいな」
「いいよ。なにが欲しいの?」
「今日はスージーさんがいないでしょ?」
「ああ、返ってくるのは明日の午後だね」
「だから、お兄ちゃんと一緒に寝たい」
「それは……」
子どもっぽいリシアが発した言葉にドキリとしたが、リシアは言葉通りの意味で言っただけだった。
「お兄ちゃんに添い寝してもらえないかな……って」
次回――『スージーのいない夜(下):勝者発表』
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