002 初めての臣下はスージーです。【名君】になにか反応が……。
エグムントの執務室を辞した二人は、アレクセイの私室へと戻った。
狭く質素な部屋で、使用人の部屋と見まがうほどだ。それでも、スージーの手入れによって、清潔に保たれている。
部屋に入るやいなや、スージーはアレクセイの背中にギュッと抱きついた。
ふわっと柔らかく包まれ、甘い香りが強張っていたアレクセイの心をそっと溶かす。
「アレク様には、お姉ちゃんがいるから大丈夫です」
「巻き込んじゃったね」
スージーは首を横に振る。
細い銀髪がさらりと揺れ、アレクセイの首元をくすぐった。
二人は乳姉弟だ。
アレクセイを産むと同時に亡くなった母に代わり、スージーの母が二人を育て上げた。
スージーの方が三ヶ月早い生まれだ。
人前では使用人としての態度を崩さないが、二人きりのときはこうやって姉のように振る舞う。
アレクセイもそれを望んでいた。
「アレク様のいる場所がお姉ちゃんのいる場所ですからね」
「うん、ありがとう」
アレクセイの隣にはいつもスージーがいた。
スージーの隣にはいつもアレクセイがいた。
三年前にスージーの母が流行り病で亡くなってからは、本当に二人きりになった。
味方のいないこの館で、お互いだけが唯一心を許せる相手だった。
アレクセイを抱くスージーの手に力が入り、二人はより一層、密着する。
落ち込んだとき。
悲しいとき。
寂しいとき。
彼女はいつもこうやってアレクセイを慰める。
そして、そんなときは決まって――。
スージーはアレクセイの肩に頭をあずけた。
アレクセイは慣れた手つきで銀髪を梳く。
「今日も綺麗だ」
「アレク様だけですからね。お姉ちゃんの髪を褒めてくれるのは」
銀の髪はこの国で特別な意味を持つ――悪い意味で。
――銀髪は魔族の血が混じっている証。
両親の髪がありふれた色であっても、銀髪の子どもが生まれることがある。
それは先祖に魔族の血が混じっているから――と言われている。
銀髪は混じり物――忌み嫌われる存在だ。
差別されるほどではないが、人に好かれることもない。
だが、アレクセイは気にしなかった。それどころか、いつまでも撫でていたいと思うほどだ。
今も、黙って撫で続ける――。
アレクセイが顔を傾けると、二人の視線が絡まる。
それ以上の言葉は必要なかった。
十五年間かけて築き上げてきた二人の絆があった。
客観的に見たら絶望的な状況だ。
家を追われ、辺境の開拓を命じられた。
待ち受けるのは過酷な生活。
命の保証すらない。
だが、それでも――。
スージーがいれば。
アレクセイがいれば。
二人とも、前を向いて歩いていける。
言葉のない会話の後で、スージーは真剣な表情に切り替えると、アレクセイの足元にひざまずく。
頭を垂れるスージーの姿を見て、懐かしい思いが湧き上がり、それとともに胸が温かくなる。
スージーが行おうとしているのは、この国に伝わる「臣下の礼」――臣下が主に忠誠を示す儀式だ。
平民を騎士に取り立てる場合や、上位貴族の代替わりの際には今でも行われる。だが、なかば形骸化しており、昨今では省略されることも多い。実際、今回アレクセイは男爵に叙されたわけだが、「臣下の礼」は行われなかった。
古めかしい慣習ではあるが、「臣下の礼」は由緒正しい儀式だ。自らそれを行おうとするスージーの姿に、アレクセイは彼女の決意を悟る。
小さく頷いたアレクセイは、立てかけてある剣に手を伸ばす。
貴族が持つにしては粗末な鉄剣だ。本来なら装飾された儀礼剣を用いるのだが、アレクセイが所持しているのはこの一本のみ。
アレクセイはスージーの前に立つ。
そして、手に持った剣を鞘から抜き、剣先でスージーの右肩、左肩と順にポンと軽く叩く。
それから、剣先をスージーの胸元に差し出した。
スージーは剣先をうやうやしく両手でつかみ、自らの心臓の位置に押し当て、忠誠の言葉を述べる。
「我が身も心もアレクセイ閣下に捧げます。生涯の忠誠をここに誓います」
「そなたの忠誠、ここに受け入れよう。これより我が剣、我が盾、我が腕となり、忠義に励むがよい」
アレクセイは受け入れの言葉を述べ、剣を鞘にしまう。
「はっ」
スージーが再度、深く頭を垂れる。
以上が「臣下の礼」だ。
アレクセイが懐かしく思ったのは、今回が初めてではないからだ。
【名君】が役立たずのジョブであると広まり、人々の関心がアレクセイから離れた頃――「それでもお姉ちゃんはずっと隣にいる」とスージーが励ましてくれたのだ。
あのとき、アレクセイがどれだけ救われたことか。
感慨深い思いに浸っていると、突如、アレクセイの脳内に不思議な声が流れる。
〈臣下登用に必要な条件が満たされました。スージーを臣下に加えますか?〉
「えっ、うん……」
脳内の声に思わず反応すると、声はさらに続いた。
〈スージーを臣下に加えました〉
〈現在、臣下は1名です〉
〈初回臣下獲得により、【名君】がアクティベートされました〉
〈詳細をご確認しますか?〉
そして、スージーの身体が輝きに包まれる。
「こっ、これは……」
「…………」
次回――『【名君】はハズレジョブじゃないです。むしろ、夢が広がります。』
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