姫な王子と王子な姫
「「はぁ……」」
この日も彼と彼女はため息をつく。
学校の使われていない教室、その中でも二階の一番奥に存在するこの教室にはめったに人が来ることはない。
そのため二人はよくこの教室に逃げてくる。それぞれのファンから逃げるために。
「やっぱり僕はダメなのかなぁ……」
「君のその言葉は私に対する嫌味かな?」
僕の言葉にテンションが低く、声のトーンも明らかに低くなっているが、いつも通りかっこいい声で僕に話しかけてくるのはこの学校の王子と呼ばれる人物の桜川新ちゃんだ。
「嫌味じゃないよぉ……」
「その言い方、やっぱり姫はかわいいなぁ……」
「かわいいとか言わないでよ……恥ずかしいじゃん……」
姫と呼ばれた人物、早乙女歩夢の返しの言葉に再びかわいいと感じ、表情には出さないが、心の中で新は悶絶していた。
「やっぱり君はずるいよね」
新は心を落ち着かせるために一呼吸おいてから話を続けた。
「何がずるいのさ」
「それは君の全部だよ」
この新ちゃんの言葉に僕は少し反論をしたくなってしまった。
「それを言うんだったら新ちゃんの方がずるいじゃん」
「そんなこと言わないでよ、ほら、クッキーでも食べて落ち着いて」
そう言われて新から渡されたクッキーを食べ始める歩夢の様子を見ながら、新の心は満たされていく。
歩夢がクッキーを食べ終えるのを少し悲しそうに見終えた新は言葉を話し始める。
「どうだい、落ち着いたかな?」
「落ち着いた……」
「それは良かった」
「そうじゃなくて、新ちゃんがずるいって話だよ」
「そうだったかな。いつも君からは私に対する嫌味しか出てこないけど。今日はなにかあったのかい?」
そう言われたからには今日起こったことを新ちゃんに話してみようかな。
「実はね、今日体育の授業があったんだけどね」
「うんうん」
「僕だけなぜか、女の子のグループと一緒にやることになったんだよ。信じられないでしょ」
この言葉を聞きながら新はいつものことかと少し安心する。
「そうだったのか、でもそれは仕方ないじゃないか。だって歩夢はこんなにもかわいいのだから」
「からかわないで」
この歩夢の言葉を無視して新は話を続ける。
「だってかわいいじゃないか。この小さい体、かわいい声、守ってあげたくなるような顔、ショートヘアーのつやつやした髪、どっからどう見てもかわいいじゃないか。ほら、その起こった時の膨れた顔もかわいいよ」
「もう、新ちゃんは知っているでしょ。僕が目指しているのは新ちゃんみたいなかっこいい存在なの」
このかわいい怒り方をしながら答えた歩夢の言葉に対して、新はいつも通りの言葉を返す。
「そのことは言わないでくれよ。だって私が目指しているのは歩夢みたいなかわいい存在だからね」
そして二人はお互いの言葉をいつものように深くかみしめ、またもや大きなため息をつくのであった。
「ひとまず、今日もいつも通り出かけないか?」
「そうだね」
二人がそれぞれ落ち着いたところで新が声をかけ、二人は学校を出ることにした。
二人が学校から出ようとすると、周りからは二人に向かっていろいろな声が飛んでくる。
「新様今日もかっこいい~」
「新様こっちみて~」
「姫様をエスコートする新様……最高だわ……」
新たに向かって学校のあらゆる女子生徒から声が飛んでくる。
その一方で歩夢の方はというと……。
「ヤバい、歩夢さんだ。今日もかわいすぎる」
「やっぱり歩夢さんはかわいい」
「歩夢さんを永遠に見ていたい」
といった男子生徒からの声が否が応でも耳に入ってくる。
それぞれの言葉は反発することなく、見事に合わさりながら今日も学校の王子と姫への尊さが言葉に出されていく。
周りの学生の言葉に新は手を振りながら、歩夢は少し恥ずかしそうに学校から離れていくのであった。
学校から離れ、同じ学校の生徒が周りからいなくなったころ、二人は再び話し始める
「もうヤダ……」
「いいじゃないか、今日もかわいいって言われていたじゃないか」
「僕はかっこいいって言われたいの。特に男らしくワイルドな男性になりたいの!」
歩夢は新に向かって胸を張りながら少しどや顔でこの言葉を言うのだが、身長が新より低く、その見た目も相まってかただただかわいい子が背伸びをした言葉を言っているようにしか見えないのであった。
「それなら、私だってかわいいって言われたいさ。女の子らしいフリフリの服を着たいんだ」
新の言葉は本人的にはかわいく言っているつもりなのだが、歩夢との身長差やその見た目からなのか、どこから見てもカッコよくなっているのであった。
言葉をそれぞれ交わした二人はお互いを見合うと、またもや一つため息をついて肩を落としてしまった。
落ち込んでいるのも束の間、新が一つ手をたたき、気持ちを切り替えたように言葉を話し始める。
「気を取り直して、今日はどこに行こうか」
「そうだね、いつまで落ち込んでいても仕方ないからね」
新の言葉によって気を持ち直した歩夢は右手を口に近づけ、どこに行こうか考え始めた。
「私に一ついい考えがあるんだけどいいかな」
どこに行くか考えていた歩夢であったが、新からの考えがあるという言葉を聞き、考えを話していいよとうなずいた。
このうなずきをみた新は自分の考えを話し始めた結果、二人はすぐにその考えを実行することを決めた。
二人が歩き始めて十分ぐらいが経ったところで、二人のお目当てである場所が見えてきた。その場所は彼らがいつも通学に利用している駅、ではなく、その駅に隣接している大型とはいかないが、このあたりで買うのならば必ず利用するデパートに来ていた。
二人がデパートに着くと、そこには学校帰りの学生が多く存在していたが、もちろん二人も学生であるため、さほど違和感はなく溶け込めているように見える。しかし、実際は二人とすれ違った人からは必ず二度見をされるくらい、二人の容姿は普通ではないのである。
「最初は四階だっけ?」
「あぁ」
歩夢の言葉に新は言葉を返すのだが、彼ら二人は全く気付いていない。自分たちがいつの間にか注目をされていることを。
二人は他の人のことは全く気にせずに自分たちがこのデパートでやりたいことをやり始める。
「先に僕の方からでよかったの?」
「大丈夫だよ、私は歩夢が喜んでいるのを見たいからね」
やっぱ何気ない一言がかっこいいんだよなぁ……。
新の言葉に歩夢は少し恥ずかしそうにしていたが、これが新の平常運転であることを知っている歩夢にとって気持ちを切り替えることはたやすいことであった。
「それじゃあ早速見て行こうか、歩夢の服を」
「うん」
こうして二人の服選びタイムが始まり、そこからの時間はあっという間であった。
二人はお互いのことを理想の存在だと思っているため、歩夢の服を選ぶ際には新が歩夢に似合いそうな男性ものであるが、かわいい系統の服を着せ替え人形のように試着をさせる。
その逆で、新の服を選ぶ際には歩夢がかっこいい系統の女性ものの服を着せ替え人形のように試着をさせるという。お互いがこんな自分だったらなぁと、自分の理想をぶつけ合うようなショッピングになった。
もちろん、この服選びはお互いが納得をしてやることを決めたのだが、これはお互いにとって半分天国、半分地獄の様な時間であったが、地獄の様な着せ替え人形のような時間もお互いのことを思うと、しょうがないかと耐えることができてしまう新と歩夢であった。
そして、二人は買い物を終えると、いつものように帰り道の電車に乗った。
「今日はありがとう」
「私の方こそありがとう、私の提案に歩夢が乗ってくれなかったらできなかったことだからね」
二人がお互いに対して感謝の言葉を言う中、歩夢はあることに気が付く。
「新ちゃん、僕に内緒で何か買った? 買い物袋が一つ多い気がするんだけど」
「おやおや、そういう歩夢だって買い物袋が一つ多い気がするのは気のせいかな?」
「それは……新ちゃんには秘密のことだから」
「へぇー、私には言えないようなものを買ったんだ」
新からの問い詰めに、最初は自分から話を振ったのも忘れて、歩夢は話をすぐに終わらせることだけを考えるようになっていった。
「とにかく、これはナイショなの!」
「そうかい、それなら私は聞かないでおくよ。まだ今はね」
その後の電車の中での会話はいつも通りの他愛のない会話が続き、二人はそれぞれの自宅へ帰って行く。
「それじゃあ、また明日」
「うん、新ちゃん」
こうして二人はそれぞれ同じマンションの隣接した二つの部屋に帰って行く。
歩夢が新と別れ、家の中に入りドアを閉めると、今日買ってきた荷物を置き、そのままベッドへダイブをした。
危なかったぁ、電車の中で新ちゃんにバレかけたけど、これだけは新ちゃんに見られたくなかったんだよね。だって見られたらサプライズにならないからね。
それにしても、新ちゃんとまさか隣の部屋だなんて最初は驚いたなぁ。お互いに自分たちの部屋は不可侵領域みたいな感じで入ったことも、新ちゃんが僕の部屋に来たこともないけど、やっぱり新ちゃんの部屋は気になる。
もうそろそろで僕が新ちゃんと出会ってから一年がたつ。
もちろん最初に僕が見かけたのは入学式の日、あの時新ちゃんは新入生代表として挨拶をしていたけど、あの時から新ちゃんはかっこよかったなぁ……。
歩夢は寝転がっていたベッドから少し体を起こし、今日買ってきた物が入っている袋の方を見つめる。
これを着て会いに行ったら新ちゃん驚くかなぁ。でも、突然家に行ったら邪魔だよなぁ……。
………………行ってみようかな。
歩夢の中で今日買ってきた物の袋をみつめながらいろいろな葛藤があったのだが、新ちゃんと出会って一年。もうそろそろ新との関係性を進展させるべく、歩夢は袋に入っていたものを取り出し、そして準備をして新の部屋に向かった。
新の部屋の前に着いた歩夢は一つ深呼吸をしてから、部屋のドアチャイムを鳴らした。
………………あれ?
ドアチャイムを鳴らして数秒待ってみたが、新は部屋から出てこない。
もう一度鳴らしてみようかな。
歩夢がドアチャイムを再び鳴らす。しかし、またもや新は部屋から出てこない。
お風呂でも入っているのかな? それにしてもまだ帰ってきてから時間もあまり経っていないし……。
さすがにお風呂に入っていたら、ドアのカギは閉めているよね……。
歩夢が恐る恐るドアノブに手をかけて回してみたところ、ドアのカギが開いていることが判明した。
嘘でしょ……!?
これには歩夢もドアノブを二度見ならぬ、二度回しで確認してみたが、何回回してもドアの鍵が開いている事実が変わるわけではない。
歩夢は意を決して新の部屋の中に入ろうとする。もちろん、何かあった時のためにすぐに土下座の体制がとれるように構えながら部屋の中に入った。
「新ちゃん、チャイム鳴らしても出てこないから中に入っちゃったけど大丈夫だったかな……」
歩夢は部屋の中に入り、玄関の所で声を出しながら気づいてしまう。今日が初めて新ちゃんの部屋の中に入ることを。そして、女性の部屋の中に入ることを。
この重大さに途中から気づいたのか、歩夢の声量はどんどん尻すぼみに小さくなっていく。
しかし、尻すぼみになっていった声だが、もちろん最初は少し大きな声で言葉を発していたため、玄関正面奥にあるドアの向こうからドタバタと音を立てながら、玄関の方へ向かってくる音が聞こえてくる。
そして、玄関正面奥のドアが開かれ、新が姿を見せる。
「歩夢、突然どうしたの? 勝手に家の……中に……入ってきちゃ……」
新がドアを開けて歩夢の方を見ると、そこにはいつもパーカーなどのかわいい系統の服ではなく、少しフォーマルな服装をした歩夢がいた。
「どうしたんだいその恰好は……?」
「こういうカッコイイ系統の服を着てみたかったから、今日新ちゃんに内緒で買ってきた。でも、この服を新ちゃんに見せたくて……」
歩夢は新と面と向かって話すのが少し恥ずかしいのか、視線を少し下の方にそらしてしまう。
「似合っていると、思うよ……」
歩夢が恥ずかしがっているのを見たせいなのか、新も恥ずかしがって目線をそらしてしまう。
そして、数秒の沈黙の後、歩夢が言葉を話し始める。
「新ちゃんも、似合っているよ。とてもかわいい……」
「あっ……」
新は気づくのが遅かった。なぜ自分がドアチャイムの音に気付かなかったのか、それをよく考えればこの出来事は回避できたかもしれない。
そう、新が着ている服装はいつもの様なボーイッシュな服装ではなく、ゆるふわ系統の服装だったからである。
「その、これは……」
「新ちゃん、好きだよ」
歩夢の服装やこのシンプルな言葉選び、今まで二人で過ごしてきた時間は新の心を射止めることは容易いことであった。
「私も好きだよ……」
姫な王子と王子な姫を読んでいただきありがとうございます。
久しぶりの投稿なので、拙い部分があるかもしれませんが、楽しんでいただけたら幸いです。
今後も不定期ですが、小説を投稿していきたいと考えているので、他の作品もぜひ読んでみてください。よろしくお願いします。