3章:犠牲者
突然の怒号に、全員の視線が引っ張られる。
叫んだのは画面の左上、スーツの男だ。
「テメーの横領が原因で仕事も妻も失ったくせに、貧乏なのはオレが援助しないせいだと? 父親の務めも果たせないクソ野郎が、身勝手なこと言うなよ!」
どうやら僕ら兄弟と同じように家庭の話をしているうちに、ヒートアップしたらしい。
「げ、原因の一端は響人、お前にもあるんだぞ……。小学校から私立で、部活に習い事に小遣い、育てるのにどれだけ金がかかったと思ってるんだ……。少しくらい親孝行してくれてもいいじゃないか……」
「オレのせいにするな、この犯罪者が。テメーは一度だってオレやおふくろに謝ったことなかったよな。それに親孝行ならとっくにしてるよ。おふくろが家を出ていく前の日、オレに頼んだんだよ。『パパのことは嫌いにならないであげて』って。周りの同い年が大学生活楽しんだり彼女作ったりしている中、高卒で就職して社宅に入って毎日夜中までプログラミングの勉強して、必死に会社にしがみついた俺の気持ちがわかるか? テメーと物理的に離れればおふくろのことも忘れられたし、テメーのこともギリギリ嫌いにならないでいられたんだ! オレがどんな気持ちで生きてきたか……!」
家族の数だけ異なる環境がある。中学くらいまで僕は世界でも有数の恵まれない人間だと思っていたが、不幸に優劣などないのだ。
「なのに、こんな形でオレの前に現れやがって。ふざけるなよ、あの渦とかいうクソ女。金持ちの道楽か知らねえが、人をおちょくるのもいい加減にしろ」
怒りは膨らんでいく一方だ。父親だけでなく渦にまで矛先を向けている。だがこれ以上はマズい。
「……落ち着いてください。今は喋らないほうがいい」
「部外者は黙ってろ。渦なんて名前、どうせアニメか漫画のキャラ名だろ。ダッセェ。ウチでリリースしてるゲームの客も、現実とフィクションの区別もつかないバカばかりだよ。キャラに恋人ができたくらいでクレーム入れてきやがって。おかげで一晩中シナリオの書き換えだ。テメエらみんな同類だ、クズだ!」
「やってしまいましたね、上坂響人さん」
氷のような冷たい声は、映像越しでもよく響いた。
画面の左端から、黒のローブをまとった女が入ってきた。渦だ。
「先ほど申し上げましたよね。あたしへの暴言はNGと。ツーペナにつき、罰を執行します」
渦が握りしめているのは、先ほどよりも刃渡りのあるナイフ。それこそ心臓を容易に貫通できそうな。響人さんも己の失態をすぐに察したようだ。
僕の身体にも、じわりと悪寒が広がっていく。
「い、いや、これは……。寝不足でイラついてて、つい……」
「これまで二度も人が刺されるところを目撃しておきながら、よく口を滑らす余裕がありますね」
「わ、悪い、許してくれ! 土下座するから!」
「響人さんのお父さん……伝馬さん、何か言い残すことは?」
伝馬さんは肩の傷の痛みも、息子からの暴言も、すべてを忘れ去ったかのように穏やかな笑みを浮かべていた。
「……すまなかったな、響人」
一度も家族に謝ったことのない父親が、謝罪した瞬間だった。
振り上げられたナイフがギラリと光る。
「待て、待ってくれって! 親父! 親父!」
悲鳴とともに、ついに犠牲者が生まれてしまった。




