3章:本気を見せて
名前なのか現象なのか読み取れない言葉を残し、通話は切れた。そしてビデオ通話への招待通知が届く。
間違いなく厄介ごとに招かれているという自覚はあるが、スルーするという選択肢はなさそうだ。意を決し、アドレスをタップする。
画面の四隅には、ワイプで僕以外にも三人の人物が映っている。左上には僕より少し年上と思われるスーツの男性。右上には三十歳くらいの女性、左下には眼鏡をかけた男性、そして右下に僕。中央の画面にはどこかの倉庫か工場のような、無機質な空間が広がっていた。
「全員揃いましたね! スピーディな集合で何よりです」
中央の画面に女性が現れる。顔には仮面舞踏会の参加者のようなベネチアンマスクを装着していた。顔の上半分は金色のフレームで覆われ、鼻から下は素肌が晒されている。真っ赤な唇と栗色のウェーブヘア、そして純黒のローブは魔女を連想させた。
「改めて自己紹介をしますね。あたしは渦といいます。よろしく!」
不気味な衣装とは対照的に、魔法少女のような軽やかな口調で語りかけてくる。
「あんたは誰だ? 俺は仕事が一段落ついたから、さっさと家に帰りたいんだ。親父はどこにいるんだよ!」
スーツの男は鬱陶しそうに首元のネクタイを緩めている。
「夫とはどういう関係ですか? 不倫なら裁判でも何でも受けて立ちますけど」
女性は大人しそうな外見に似合わない好戦的な態度だった。
「君は息子の友達か? それとも新手の振り込め詐欺かな。何度も言っているが、遊ぶお金が必要なら自分でバイトでもしなさい」
眼鏡の男は、息子が小遣い欲しさに仕組んだ悪戯と思っているらしい。
リアクションは三者三様、いずれも正しい反応だ。
どうやら必要とされているセリフを言うのは僕の役割らしい。
「無関係の四人を集めて何をしようっていうんですか。……いや、連絡の取れない四人は、どこにいるんですか?」
渦と名乗った女性は待ってましたと言わんばかりににこりと笑い、カメラの向きを変える。
「……っ!」
全員が、息をのんだ。
等間隔に並んだパイプ椅子に、四人の男が座っている。
ある者は苛立ちを隠さず、またある者は今にも泣き出しそうで、感情も表情も様々だ。共通しているのは、みなロープで両手両足を縛られているということ。
「もうご理解いただいたと思いますが、あなたがたのご家族を誘拐しました」
誘拐。
テレビドラマではありふれた事件が、目の前で起きている。これが撮影でないことは、被拘束者から放たれている緊張感からひしひしと伝わってきた。何より、マイペースで集団行動を嫌う収が、こんな茶番をする理由がない。
右端に映っているのは、間違いなく僕の弟だった。鋭い瞳に「へ」の字に曲がった口元は、初対面の相手には不満げな印象を与えるが、これは標準仕様なのだ。両手を組む時に親指を弄ぶのも昔からのクセだ。
「では、ルールを説明します。あなたがたに守っていただきたいのは大きく三点。ひとつ、警察に連絡してはいけない・させてはいけない。ふたつ、あたしが画面に映っている間は許可なく発言してはいけない。みっつ、その他あたしの言うことには従わなければいけない。以上を順守すれば、人質に危害を加えないことを約束しましょう」
両手を合わせ、渦は真っ赤な唇で三日月を作った。
それに食って掛かったのは、スーツの男だ。
「ふざけるな! こっちは緊急メンテナンスのせいで、会社に泊まり込みだったんだよ! お前の遊びなんかに付き合ってられるか! 身代金が欲しけりゃ金持ちでも狙え、クソが!」
会社に長時間拘束されていたストレスからか、あるいは寝不足や空腹からか、相当苛立っているようだった。正体不明の相手に対して怒りをストレートにぶつけている。
「ルール、早速破っちゃいましたね?」
「あ?」
「あたしの許可なく発言してはいけないと、たった今申し上げたはずです。違反につき、罰を執行します」
渦がローブの裾から取り出したのは、ギラリと光る折り畳み式のナイフだった。刃渡りこそ短いが、画面越しでもその鋭さがわかる。
スーツの男が親父と呼んだ熟年の男は、これから起こることを察したのだろう。「やめろ」と怯え、パイプ椅子をがたがたと揺らしている。
「ぐあああああっ!」
次の瞬間、渦の握ったナイフが熟年の男の右肩に突き刺さった。シャツにたちまち赤い染みが浮かび、横に座っている短髪の男が悲鳴を上げる。
「お……」
親父、と叫ぼうとしたのだろう。しかしここで声を出してしまえば同じことの繰り返しになると気づき、スーツの男はすんでのところで叫びを飲み込んだ。
「今のは初回ペナルティですので大目にみましたが、次は心臓を狙いますよ。わかった方は挙手~」
僕たち四人はおずおずと手を挙げる。従順な姿勢に満足げな渦は、説明を再開する。
「ちなみに先ほど身代金というワードが登場しましたが、あたしの目的はお金ではありあせん。でなければ無関係の四人を同時に攫うなんてリスクの高いことはしませんし。そしてあなたがた計八名に恨みがあるわけでもございません」
画面の左下、眼鏡の男が手を挙げる。
「はい、メガネさんどうぞ!」
「なら、息子たちの解放条件と、君の目的を教えてもらえるかな?」
シルバーフレームをくいっと指で持ち上げ、落ち着いた態度を崩さない。あるいはマウントをとられないよう虚勢を張っているのかもしれない。
「いい質問ですね。解放条件はいたってシンプルです。今から約二十四時間後、夜六時としましょう。皆さんにこうお尋ねします。『あなたの大切な人を助けたいですか?』と。イエスと答えれば釈放、ノーと答えればその場であたしが殺します。簡単でしょう?」
その場にいた全員が耳を疑ったことだろう。
「……つまり、我々が余計なことをしなければ、明日には全員助かると?」
「はい! 最低限の食事は支給しますし、トイレの利用も許可します。さすがにお風呂は我慢していただきますが……。でもエアコンは快適な二十八度に設定していますので、汗臭くなる心配はないかと~」
「ますます理解に苦しむな。身代金目的ではなく、我々への恨みでもないときた。だったらゲームとでも言うつもりか? まったく、これだから今どきの若者は」
眼鏡の男は冷静を通り越して尊大な振る舞いを見せ始める。
「なお二個目の質問、あたしの目的については口をつぐませていただきます~。ただ、決してゲームなんかではありませんよ! 現実と虚構の住み分けくらいできています、ぷんぷん!」
「ふん、どうだかな」
「しいて言うなら、あなたたちのため、ですかね~」
「……なんだと?」
僕たちのため?
意味がわからない。
「これ以上の追及は禁止でーす。あと、あたしへの暴言も今後はNGとします~。傷つくので~」
「まだ話は終わっていない。勝手に打ち切るな!」
ベネチアンマスクの奥の瞳が、すうっと冷え切っていく。
「はい、ワンペナ」
ローブから取り出したのは、先ほどと同じ型のナイフ。
「お、おい、待て……」
「待ちませーん」
右から二番目の、金髪の少年が首を左右に振る。懸命の拒絶を意に介す様子もなく、渦は右肩に刃物を突き立てる。
再び悲鳴が響き渡る。
少年の肩だけでなく、股間にも染みが生まれていた。
眼鏡の男は苦虫を噛み潰したような顔で、無理やり口を閉ざす。
「あたしは本気です。だからあなたがたも、本気を見せてくださいよ」
くるりとカメラに振り向いた渦は、静かに笑っていた。




