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2章:評価とか期待とか

 対談が終了し、僕らの顔つきは三者三様だった。


 僕は体内に蓄積した疲れが一気に吹き出し、椅子に背を預けて天を仰ぐ。向野さんは渾身の推理を「大外れ」と言われたことにショックを受けデスクに突っ伏し、小原さんは険しい顔でキーボードをダカダカ叩いていた。


 やっぱり、怒っているのだろうか。


 向野さんのポンコツぶりに、斑目は終盤労りの態度すら見せていた。犯罪者に気を遣われるなど、雑誌社としての威厳は地に堕ちたかもしれない。


 小原さんは向野さんを「優秀な探偵」と認識していた。きっと今回の独自取材も、向野さんの冴えた推理を材料に、見開き四ページの大スクープとして載せられることを期待していたに違いない。


 僕はドリンクサーバーでアイスコーヒーを取り出し、小原さんのデスクに持っていく。


「すみませんでした。ご期待に沿えなくて」

「そんなことはないわよ? 助かったわ」

「でも事件解決には程遠い結果で終わっちゃいましたし」

「わたしたちは警察じゃないんだから、別に構わないわよ。キミのおかげで動機もわかったし、二日後にまた事件を起こすっていうネタも貰えた。取れ高としては充分すぎるくらい」


 どうやら小原さんは本当に気にしていないらしい。


「そう言ってもらえるといくらか気が晴れます。向野さんのハートは今なお深海に沈んでいるみたいですが」

「落ち込んでる麗央も可愛いからオッケーよ。きっと緊張してから回っていたのね。巻き込んだのはこっちの事情だし、むしろわたしがどうかしていたわ。あの子に犯罪者を引き合わせるなんて。傷は消えても傷跡は残ったままなのに」

「傷跡?」

「……いえ、何でもないわ」


 ここで初めて小原さんは僕と目を合わせた。うっすらと笑みを浮かべているが、これは斑目と初めて顔を合わせた際に見せていた種類のものだ。完璧な愛想笑い。ならば僕も無理に訊き出そうとはすまい。


「……ところで最後の斑目の言葉、どういう意味なんでしょうね」


 対談が終了し、斑目を編集部の外まで見送る際、小原さんは尋ねた。




「結局あなたの指定……『インタビュアーは若手にやらせろ』とはどういう意味だったんですか?」




 編集長は斑目のことを「変態オヤジか社会不適合者」と蔑んでいたが、犯罪者という点を除けば悪い印象は一切なかった。僕らを不必要に挑発したり煙に巻いたりすることもなく、質問にはそれなりに真摯に答えてくれた。


 自動ドアの先に渡った斑目は、首だけ振り返った。


「マスコミという毒に完全に侵食されていない方に、見極めてほしいと思いましてね」

「見極め……ですか」

「ええ。真の悪は一体誰なのかを」

「あなたではない、と?」

「へへ、どうでしょうね」


 やはり彼には矜持がある。自分の行いに意味があると信じている。


「ボクにはまだまだやるべきことがある。ここで立ち止まるわけにはいかない」


 また逢いましょう、という一言とともに、自動ドアは僕らを隔てた。




「やられたわ」


 アイスコーヒーをあおり、小原さんは息を吐いた。


「どうしたんですか?」

「林野の過去を洗えば、芋づる式に全容が明らかになると踏んでたんだけどね。この男、とんでもない悪人よ。逮捕歴は少なくとも三回。脅迫、詐欺、暴行……。『ユーフォリア』の前にもピンクなお店を違法で運営していたらしいわ。指導が入るたびに店名や形態を変えて逃げおおせていたみたい。これじゃあ恨みを持っている人なんて万単位でいるんじゃないかしら」


 斑目が余裕の態度を見せていた謎が解けた。林野のバックボーンを探るだけでは自分にたどり着けない自信があったのだ。


「斑目の知人が『ユーフォリア』、あるいはその前の店で酷い目に遭わされたというのは間違いないわね。林野に心当たりを訊ければいいのだけれど、まだ入院中で話ができる状態とも思えないし、そこから明後日までに次のターゲットを絞り込むなんて現実的じゃない」


 そこまで見越していたのかしら、と小原さんは下唇を噛む。


「とりあえず、調べられる範囲で調べてみることにするわ。どこまで記事にするかは編集長が帰ってから相談してみる。そっちも落ち着いたら改めて推理してみてくれるとありがたいな……って麗央に伝えておいてくれる?」

「わかりました。僕もできる範囲で協力しますので」

「ありがと。麗央の言っていた通り、優秀なアシスタントさんね」

「僕は一般人ですよ」

「それ、あまり強調しすぎると嫌味に感じる人もいるかもよ?」

「事実ですから」


 きっぱりと告げる。僕が有象無象の一人でしかないことは、自分が一番よく知っているし、何なら両親のお墨付きだ。




『心底がっかりした。お前にはもう期待しない』




 第一志望の大学に落ちたことを報告した直後、父さんが絞り出した言葉を、僕は今なおしっかりと受け止め過ぎている。


「……そう」


 小原さんは目を伏せ、唇をそっと結んだ。


「向野さん、そろそろ帰りますよ」


 デスクに顔がめり込む勢いで落ち込んでいる向野さんの肩を軽く叩き、手首をつかんで出口まで引っ張っていく。


「それでは、お邪魔しました」

「ええ、またね」


 他人の期待なんて、僕は背負いたくない。あんなもの、もはや十字架だ。


 それなのに人はみな、他人に期待する。近しい相手ならなおさらだ。自分の期待に応えてくれると勝手に盲信し、応えられないとこっちが悪者扱いされる。



 評価とか、期待とか。



 うんざりだ。

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