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2章:社(やしろ)

 会議室の奥側の席に座っている人物の第一印象は、「どこにでもいそうな中年男性」だった。


 年齢は五十代前半くらい。身長は僕より少し小さいくらいだから、百六十後半くらいか。太ってはいないものの、黒いダウンジャケットを羽織っており恰幅があるように見える。もうすぐ本格的な夏だというのに、額には汗の一滴も浮かんでいない。


「改めまして、どうも。斑目社(まだらめやしろ)と言います。まだら模様の『斑』に感覚器の『目』、下の名前は神社の『社』です。珍しい名前でしょう? ぜひ名刺をお渡ししたいところですが、素性がバレるのはちょっと困っちゃうので、へへ」


 斑目と名乗った男は恥ずかしそうに、肌色が大部分を占める頭部を人差し指でぽりぽりと掻いた。


「記者さんは、コハラさん? オバラさん?」


 週刊リアリィの名刺をまじまじと眺めながら、斑目が質問する。


「オハラです」

「そっちかぁ。知り合いでオハラ読みはいなかったから考えもしなかったなぁ。名前を間違っちゃ失礼ですよね、へへ」

「よく間違われるので大丈夫ですよ」


 小原さんは目元を細めずに、ビジネス用のスマイルを作っている。この笑顔は、取材対象者の緊張を和らげるためと、犯罪者への警戒心を隠すためのものだ。


 一方で、斑目はえびす顔を崩さない。もともとの顔つきがこうなのか、自分の犯罪話をこれから披露することに気分が高揚しているのか。


 ひとつ確実に言えるのは、視覚情報や相手の言葉を鵜呑みにしてはいけないということだ。どこまで演技で、どこまで本心なのかを見抜かねばならない。


「あなたの隣にいる可愛らしい女性がアシスタントの向野さんで、隅っこに立っているのがカメラマンの観崎くんですね。よろしく」

「よろしくお願いします」


 僕は『経験の浅い駆け出しカメラマン』のペルソナを設定し、あえてぎこちなくお辞儀をした。対して向野さんの一礼は様になっており、場馴れを感じさせた。



 立ち振る舞いだけなら完璧なんだけどなぁ、この人。



「では早速、インタビューを始めます。後で記事にまとめるために、会話は録音させていただきますね」

「どうぞどうぞ」


 小原さんが、テーブルの中央に置いたボイスレコーダーのボタンを押す。ここまで来たらもう後戻りはできない。


「まず事件の概要を振り返る前に、確認しておきたいことがあります。なぜ今回、リアリィに取材の申し入れを?」


 それは僕も疑問に思っていた。きっと向野さんも同じことを考えている。単純に金がほしいのか、自己顕示欲か。それとも編集長が言っていたように若い子と話がしたいだけなのか。わけによって情報の信ぴょう性はまるで変わってくる。


 しかし斑目から返ってきたのは、いずれでもなかった。


「理由は……皆さんでお考えください」

「はい?」


 小原さんが目を眇める。


「いえ、むしろそれが理由というか。これはね、取材じゃなく戦なんですよ」

「……」


 いよいよ小原さんは返す言葉を失った。僕は沈黙を埋めるため、思い出したようにカメラのシャッターを切る。


「ボクがなぜ犯罪に手を染めたのか、それをあなたがたに解き明かしていただきたい」

「……わたしたちは心理学者ではないのですが」

「ええ、存じています」

「つまり、今日はゲーム感覚のつもりで?」


 小原さんの声に、若干の苛立ちが混じっている。


「とんでもない、大真面目ですよ。今からボクは自らの犯罪行為を、社会的影響力を持つ方々に話すんですから。これをきっかけにボクは警察に捕まるかもしれないし、そうでなくとも住所や氏名が特定されて仕事をクビになったり引っ越しを余儀なくされたりするかもしれない」

「だったら名乗らなければ良かったのでは」

「それでは意味がない」

「なんの意味ですか?」

「言えません。それを探るのもあなたがたのミッションだ」


 再び沈黙が訪れる。きっと小原さんにとっても初めての状況なのだろう。眉間に人差し指を当て、これからの会話の方向性を探っている。


「心中お察ししますよ。頭のおかしなやつが来たとお考えなんですよね。大丈夫ですよ。今さらお帰りくださいと言われても困るので、ひとつだけ先に教えましょう」




 内心、次の言葉を聞くまで僕は取材中止もありうるのではないかと思っていた。




「ぼくは二日後に、ある人間を殺害します」

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